襲撃・4
(こ奴ら・・・弱過ぎる)
シバは落胆していた。
チンピラ達の威勢のよさを見て、少しは楽しく遊べるかと思ったのだが・・・元々が白兵戦の専門家で、しかも半世紀にわたって功を積み、練り上げてきたシバから見れば、たかだか「街の喧嘩自慢」など、退屈しのぎにもならない。
(これなら、山で虎か熊とでも戦ったほうが、まだマシだ)
だがチンピラ達のほうは、やる気充分だ。
まずはニュアルが、今度こそは声を上げずに、背後からシバに掴みかかろうとした。
シバは饅頭を入れていた紙袋を素早く丸めると、振り返りもせずに肩越しに・・・文字通り、紙屑を捨てるかのようにニュアルに投げつけた。
たかが紙袋だと、意に介さずに突進を続けたニュアルは、それを胸に受けた途端、ウッと呻いて再び四つん這いになった。
肋骨の何本かが折れていた。まるで、鉄球でもぶつけられたような衝撃だった。
シバは、紙屑に土氣を込め、その引力で5キロ近い重量を持たせていたのだ。
突然、シバは背後と左側で、攻撃的な氣が膨らむのを感じた。
「おい爺さん、ちょっとやり過ぎたな」10メートルほど離れて、シバの左方に立っている男が、ひどい鼻声で怒鳴りながら、突き出した右掌に氣を込める。
「紙屑に土氣なんぞ仕込みやがって・・・そっちがそう来るんなら、こっちもそういうやり方にしてやるよ」背後からの声にシバが振り返ると、丸坊主の男が、やはり10メートルほど離れて氣を練っていた。
どうやら残りの二人は、氣弾を撃てるようだ。しかも、側方と後方からの同時攻撃だから、非常に避けにくい。
「安心しな。死なない程度に手加減はしてやるよ」鼻声が響くと同時に、左方と後方から、雷の氣弾が発射された。
(小賢しいのう。まあ、確かに避けにくいが・・・並の者ならな。だが、氣弾の速度が遅い。戦場をくぐり抜けてきた者なら、簡単にかわせる。それ以前に・・・)と、ここで二つの氣弾が見事にシバに命中した。
鋭い雷鳴と共に、シバの外套が焦げ、その姿が白煙に包まれた。
「よっしゃ!」
「おう!」
チンピラ達が歓声を上げた。
・・・しかし、白煙が消えていくのに合わせるかのように、その歓声も沈んでいった。
シバは、何事もなかったかのように立っていた。
雷を相剋の理で無力化したとか、そういうことではない。ただまともに受けて、その上で平気なのだ。
シバにとっては、この程度の威力の氣弾なら、避けるまでもない。
これには、さすがにチンピラ達も驚いた。
手加減したとはいえ、充分に悪意を込めて放った氣弾が通じない。
「くそっ、こうなりゃ」鼻声の男が、今度は本気で撃とうと身構えた時、シバは疾風のように踏み込んで間合いを詰め、その目の前に立った。
「うわっ?」思わず仰け反った鼻声の男の鼻を、シバは無造作に掴んで引っ張る。
「ひどい鼻声だな。こんなに詰まった鼻では、ロクな氣が練れんだろう」
「がっ、離せ」
「ふん」シバは手を離すと、そのままその手で鼻を擦り上げるように掌打を叩き込んだ。
男は鼻血を撒き散らしながら空中で一回転すると、腹這いになって地面に落下した。
「これで少しは鼻の通りもよくなるじゃろ」カラカラと笑いながら、シバは鼻声男の頭を踏みつける。
「うわあああ!」丸坊主の男が、掛け値なしの本気で氣弾を連射した。
だが、冷静さを失っている上に乱れ撃ちなので、シバには2発しか命中しなかった。そしてそれも、ダメージは与えられなかった。
それどころか、シバから外れた5発の氣弾が、通りがかった隊商の貨物氣車を直撃していた。
この隊商は、5台の貨物氣車で編成されていたのだが、氣弾が命中したのは先頭の氣車で、荷台には穴が開き、あわや横倒しになるかと思うほど傾いて・・・何とか持ち直しはしたが、駆動機関が停止してしまった。
「うわあっ」
「何だ?」
運転手や人夫が口々に叫び、氣弾の命中した氣車は勿論、後の4台からも人が降りてきた。
幸い怪我人は出なかったようだが、荷の一部が被害を被ったらしく、隊商の一団は怒り心頭で犯人を捜し始めた。
この隊商は護衛のための武術家を3人雇っていて、その内の一人が、特に攻撃的な氣の質を読むのが上手く、すぐに丸坊主の男の氣と、氣車に撃ち込まれた氣弾が同質だと突き止めてしまった。
「おい、そこのハゲ。何のつもりだ?」武術家を先頭にして、隊商の一団が丸坊主の男に詰め寄り、そこにニュアルと痩せ男が割り込む。
それだけではない。氣車が撃たれた時の派手な音を聞きつけて、建設現場から作業員達が集まってきた。
「おい、どうした?」作業員の親分格らしい男が、まだ少しへっぴり腰の筋肉男に訊ねた。
「あっ・・・その、あいつらと、揉め事になっちまって・・・」5人がかりで、老人のシバ一人に遊ばれたとは言い辛く、筋肉男はつい隊商の一団を指差してしまった。
隊商の一団は20人以上いる。しかもニュアルと痩せ男は怪我をしていて、鼻声男に至っては倒れたままだ。
親分から見れば、多勢が無勢に因縁をつけているように見えた。
「おい、あんた達。うちの若い者に何をしてる?」と、親分は、冷静だが充分に押しの効いた声を隊商にぶつけた。
「何っておい、あの氣車が見えねえのか?このハゲがやりやがったんだ」
「そりゃ、お前らがちょっかいを出したからじゃねえのか?」
隊商も建設作業も荒仕事だ。こういう職場の連帯感は強い。
たちまち双方の闘氣が燃え上がり、火花を散らし始めた。
隊商側は20数名で、作業員側は30名弱か。隊商側がやや少数だが、こちらには武術家が3人いるし、作業員側のチンピラ5人の内、4人までが既に怪我人だ。
戦力がほぼ互角な上に双方とも多人数とあれば、まずは気迫で遅れを取るわけにはいかない。気持ちで負ければ押し込まれる。それは、多人数での喧嘩では命の危険を意味する。
その緊張感が、更に両者の闘氣をかきたてていた。
その上、これだけの騒ぎになれば、いくら早朝でも野次馬が集まってくる。見物人に囲まれることによる高揚感もまた、両者の興奮を後押ししていた。
だが、そんな熱気のなかにあって、シバは一人冷め切っていた。
荒仕事を生業とする者共、総勢50数名。これだけの数がいながら・・・その中に、シバと対等に戦える者がいなかったからだ。
シバは、彼らの立ち居振る舞いをみただけで、それが分かってしまった。
(大体、あの武術家どもは何だ。あれでよく護衛が務まるものだ。あいつも、こいつも・・・ワシが相手をした、チンピラ5人と互角がいいところではないか)
たとえ相手がチンピラでも、5対1で互角の戦いができれば、普通の感覚なら立派なものなのだが、シバの基準では、その程度では武術家失格なのだ。
すっかりやる気を失くしたシバは、呼吸を整えると、殺氣ばかりか通常の氣配すらも消して、その場から離れた。背後では喧嘩が続いている。
「おお、おい、あのジジイは?」ニュアルの声だ。
「ジジイ?それが何だ?」武術家の一人が怒鳴る。
「いや、俺ら、元々あいつとやり合ってて・・・」痩せ男の声だ。
「ふざけるな。そんなジジイ、どこにもいねえぞ」
「いでっ」痩せ男の悲鳴だ。どうやら武術家に殴られたらしい。
それを合図に、熱をおびて膨らみきった闘気が弾けた。
あとは・・・怒号と、悲鳴と、拳足がぶつかり合うばかりだ。
シバはそれらの音を背にして、特に何を感ずるでもなく歩き続けた。