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グレイソウル  作者:
30/148

襲撃・3

 建設現場の入り口の脇に立てられた掲示板を読む。(7階建ての、集合住宅・・・か)

 シバは感心したように建物を見上げた。彼がペイジ国に住んでいた頃は、建物の高さはせいぜい3〜4階どまりだった。大国のペイジ国でさえそうなのだから、他国は推して知るべしだ。それが今では、7階建ての集合住宅が建つのだ。

 それだけ技術が進歩し、人の数も増えたということだ。曲がりなりにも30年近く、戦争がなかったことの結果のひとつだろう。

 改めて周囲を見渡すと、目の前の集合住宅だけが、特別に大きいというわけではないことに、シバは今更のように気付いた。

 たくさんの商店が集まっているらしい、色鮮やかな看板や垂れ幕で彩られた建物。

 逆に、何の飾りもなく、ただ壁に窓だけが並んでいるような・・・しかし、品のある建物。

 そして、シバの目の前にあるような集合住宅で、既に完成しているもの。

 どれも、6〜8階建てだ。しかもあちこちに建っている。

(何故、今頃になって気付いたのだ・・・?)シバは少し考えて、苦笑した。


 昨日は昼過ぎにペイジ国に入国した。勿論、身分証明書などはないが、この世界では国家に属さない者が大勢いるので、危険物や武器を所持せず、純粋に商売だけが目的であれば、入国は簡単だ。

 そして、懐かしいはずの故郷で・・・シバは、ずっと俯いていたのだ。

 地上に近い看板を頼りに商店を探し、夕方近くまで商談をした。持参した品物を現金に換えて店を出ると、すぐに目当ての生活用品を買いに回った。買い物が済むと、もう夜になっていて・・・また、地上に近い看板を頼りに、宿屋を探した。

 その間、一度も顔を上げなかった。ましてや空を見上げたりなどしなかった。

 ・・・誰かに見咎められるのが、恐かったからだ。

 誰に?

 ・・・誰でもいいし、誰でもない。

 自分は、ここにいてはいけない・・・そんな思いに、ずっと縛られていたのだ。

 だから、街の風景を観察する余裕などなかったのだ。

(ワシは、こんなにも小さな人間になっていたのか・・・いや、これが老いるということなのか・・・)

 だが、故国で一夜を明かしたことで、シバの心にも多少の余裕ができた。

 だからこうして、街を眺めている。自分が・・・自分や仲間達が、命を賭けて守ったものが、ここにある。


「おい爺さん、邪魔だよ!でかい図体で、そんな所にボケッと突っ立ってんじゃねえよ!」

 いきなり背後から投げつけられた声に、シバは面倒臭そうに振り返った。

 そこには、この建設現場の作業員らしい若い男達が5人、落ち着きのないグラグラした姿勢で立っていた。

「ああ・・・すまんな」シバは、怒鳴り声を上げた若者の視線から目をそらし、入り口の脇へ移動した。

 そんなシバの態度と、年老いた外見を見て、若者達は(カモだ)と判断した。


「なあ爺さん、『すまない』で済ませる気か?急いで仕事に行こうとしてる人達に、迷惑かけたんだぜ?」先頭の、長身で痩せた男が早口でまくし立てる。

「うむ・・・そうか」

「そうかじゃねえよ。・・・爺さんよう、お前、この国の人間じゃあねえだろ?山のモンか森のモンか知らねえが、商売しに出てきたんだろうが?だったら、この国に助けてもらってるようなもんだろ?じゃ、この国の人間に、ちょっと寄付でもしていけや」太った男が凄みを効かせる。


 若者達・・・というか、チンピラ達の狙いは的を得ていた。彼らはシバの身なりや雰囲気から、シバが商売を目的として一時入国した「無国籍民」だと見抜いたのだ。

 そんな「無国籍民」が、こんな朝早くに街をうろついているということは、宿屋に泊まれるほど儲けたか、商売前で金目の物を持っているかのどちらかだ。

 つまり、彼らはシバから金か品物を巻き上げるつもりなのだ。


 シバは気持ちが萎えていくのを感じていた。(なるほど、平和な世というのは、こういうだらけた人間も作るということか・・・物取りにしても、もう少し締まりがあってもよさそうなものだが・・・)

 シバが黙ったままで、怯える様子もないのを見て、チンピラ達はカッとなった。

「おいちょっと、その外套を取れ・・・」

 5人の中で、一番筋肉質の男が、無遠慮にシバに歩み寄って手を伸ばした。

 だが、その手がシバの外套を掴んだと思ったその時、既にそこにシバはいなかった。

「何をしてる。ワシはここだ」

 背後からの声に、筋肉男が慌てて振り返ると、そこにシバが立っていた。

 かなりの速度で移動した筈なのに、伸ばしっ放しの白髭も、外套も揺れていない。まるで、最初からそこにいたかのようだ。

 だが、これでシバは筋肉男と他の4人に挟まれる形になった。

 勿論ワザとだ。

(ちょっとだけ、遊んでやろう)シバは悠々と一個目の饅頭を平らげ、示指をペロリと舐めると、二個目の饅頭を食べ始めた。


「このジジイ、ふざけやがって・・・」筋肉男がシバを殴ろうと踏み込む。

 シバは適当に退きながら、顔面を無防備に晒して、突きを誘う。

 筋肉男がシバに釣られて、前進しながら突きを出す。

 シバがそれをギリギリで見切って横にかわすと、筋肉男の突きは長身の痩せ男の顔面に命中した。

 痩せ男が「あっ」と叫び、鼻血を流してうずくまる。


「くそがっ!」太った男が、身を低くして突進し、シバの腰に抱きつこうとした。

(やれやれ。せっかく背後から攻めるのなら、黙っておればよいものを。わざわざ大声を上げて、タイミングを教えるとは・・・)シバは呆れながら、太った男に背中を向けたままで、右足を半歩引いた。

 シバの臀部と太った男の顔が、カウンターで衝突する。

 太った男は軽い脳震盪を起こし、その場で四つん這いになった。前歯が2本折れていた。


「おい、ニュアル?」筋肉男は何が起こったのか分からないまま、太った男の名を叫んだ。

「う・・・」ニュアルは呻きながら、頭を押さえて首を左右に振った。その口から血が飛び散る。

「おいこら・・・」怒りに我を忘れつつある筋肉男が、再びシバを殴ろうと構えた時、またもやシバの姿は消えていた。

(ちっ、また後ろか?)慌てて振り向く筋肉男だったが、そこにもシバはいない。

 筋肉男の背中を冷たいものが走った、その時。

 パン!と何かが破裂する音が響いた。

 筋肉男は「わっ」と声を裏返して悲鳴を上げ、音のしたほうを向く。

 そこに、半分ほどの大きさになった饅頭を口にくわえたシバがいた。破裂音は、饅頭を入れていた紙袋を膨らませ、叩き割った音だった。

 シバは饅頭を掴むと、まだポカンとだらしなく開いたままの、筋肉男の口に押し込んだ。一気に喉の奥まで捻じ込む。

「何か欲しいのか?こんな物でよければ、恵んでやるぞ」シバは、眼を白黒させてむせ返っている筋肉男を、掌打で軽く推した。

 ・・・軽くではあったが、それでも筋肉男は派手に吹っ飛び、建設現場の壁に叩きつけられた。


 シバの心の中に、久し振りに「人間と戦っている」高揚感が湧き上がってきた。・・・だが、それも長くは続かなかった。

 痩せ男とニュアルが立ち上がり、残りの二人も身構えた。

 壁に叩きつけられた筋肉男も、腰を押さえながら、よろよろと立ち上がる。

 5人のチンピラの目的は、もはやシバから何かを奪うことよりも、シバを痛めつけることにすり替わっていた。

 ・・・にも関わらず、シバの心に危機感は湧いてこない。

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