序章・3
そして錬武祭当日。
これから始まる荒事には似つかわしくない、爽やかな秋晴れだった。
錬武祭のことは既に世界中の人に知られていたので、報道関係者から野次馬まで、警備隊本部を覗こうとする者は少なくなかったが、市内は概ね落ち着いていた。
そもそも警備隊の圧勝だろうというのが大方の予想だったし、錬武祭の様子は本部のあちこちに設置された撮影鏡で実況中継されることになっていたから、わざわざ危ない思いをして現場に見物に行くよりも、自宅や街角の投影玉を観る方が楽だし安全だったのだ。
そして実行委員の五人は、本当に正午きっかりに正門前に集合した。
この日の午前中に、本部の半径1キロ以内は道路封鎖されていたので、人気の無い道を歩く実行委員達は、かなり早い段階で確認できていた。しかし五人が三手に分かれて行動しているのと、警備隊の戦力が本部に集中しているということで、この際手筈通りに本部で迎え撃とう、となったのだ。
まず正午より10分前に、三日月刀を腰に下げた男と、槍を担いだ男が到着した。三日月刀の男は小柄で小太りの丸顔で、槍の男は対照的に長身で痩せていて、体までが槍のようだった。
次に正午より5分前に、薙刀を担いだ男と、長剣を背負った男が到着した。こちらは二人とも中肉中背だったが、薙刀のほうはエラが張っていて角刈りなのに対し、長剣のほうは細い顎で、長髪を頭の天辺で括っていた。
最後に、顔のどこからが髭だか髪だか分からないような、身の丈2メートルはある筋骨隆々の大男が、正午きっかりに到着した。この男だけは丸腰だった。
五人とも、30代後半から40代前半といったところか。加えて目と髪が・・・吸い込まれるような黒だった。・・・シバのように。
「さて」髭面の大男が口を開いた。
「まあ、分かってるとは思うが、我々が『錬武祭』の実行委員だ。一応、名前ぐらいは名乗っておこう。そこの丸っこいのがホイ。ノッポがサク。顔の四角いのがカウ。剣を背負ってるのがヨウ。で、ワシはムイ。一応、今回の錬武祭の実行委員長ということになっとる」
委員長と言ったところで、他の4人からガハハ、ヒャハハと笑いが起こった。
「大将、一体誰が委員長なんてお上品なガラです?」三日月刀のホイが首を振る。
「ふん、これだけの舞台なんだ。少しはかしこまっても良かろうが」ムイがじろりとホイを睨んだ。
迎え撃つ警備隊のほうは、少々苛立ち始めていた。
実行委員は時間も場所も、指定したとおりに現れたのだ。しかも5人とも、まったく緊張感がない。
(こいつら、舐めてるのか)・・・警備隊側に、そんな空気が漂った。
そんな心の虚を見透かしたかのように、ムイが気負いも無く「じゃ、始めるか」と、他の4人に顎をしゃくって、錬武祭の開始を告げた。
ムイの一言で、四人は弾かれたように飛び出した。
警備隊員達はすかさず迎撃態勢に入り、パイを始めとする遠隔攻撃組が氣弾を撃ちまくる。
だが、当たらない。四人は素晴らしい体捌きで氣弾をかわし、時には刀や剣や槍で打ち消しつつ、間合いを詰めてきた。
一瞬、弾幕が途切れた所を、長剣のヨウが一息にすり抜ける。あっと思った時には、ヨウはパイの目の前にいた。
ハッとしたパイは、咄嗟に盾を掲げて身を隠す。が。
キシャッ、という鋭い金属音と共に、盾は真っ二つに斬られてしまった。
いや、盾だけではない。パイの左腕までが、前腕の中ほどから切断されていた。
これを見た遠隔攻撃組は、慌てて後方に下がった。氣弾を撃つのが上手い者は、総じて格闘は苦手なので、実はこれは打ち合わせ通りの行動だ。
後は鉄棍組や武術家の出番だ。
しかし、まず鉄棍組がうろたえていた。確かに氣弾をくぐり抜けてきた者は、鉄棍で攻めて動きを封じることになっている。とはいえ、あれだけの氣弾の中を、誰一人として一発ももらわずに通過してくるとは思っていなかった。
鉄棍を構える誰もが、「ここまで来るのは一人か二人、それもそこそこ氣弾を食らった状態で・・・」と、思い込んでいた。果たして、こんな連中に棍が当たるのだろうか・・・。そんな迷いが、いっそう隊員達の動きを鈍くした。
実行委員のほうは、そんな迷いにつけこむかのように、ますます動きが冴える。
ホイとサクは組んで動いていた。サクが鉄棍に槍を貼り付かせて軽く巻き込むと、それだけで隊員は崩された。すかさずホイが、棍を両断する。
カウは、薙刀を豪快に振り回していた。薙刀を鉄棍で受けると、そのまま棍を斬られるか、斬られないまでも体勢を大きく崩されるかで、結局は返す刃で棍を両断された。
ヨウの動きは4人の中でもズバ抜けていた。棍に対して、剣では間合いで圧倒的に不利なはずなのに、それを全く感じさせない。ヨウの渦巻くような剣さばきに、隊員達の棍は吸い込まれるように封じられた。
一度ヨウの剣が棍に貼り付くと、隊員は身動きが出来ず、そのまま剣は棍の表面を滑るように進み、断ち切られた棍が地に落ちた時には、既にヨウはその隊員の背後にすり抜けていた。
ちなみに実行委員達が鉄棍を斬っている間に、フェイはパイを連れ出して治療を済ませていた。
実行委員が鉄棍を斬るのを、後方の警備隊員や武術家達は呆然と・・・見とれていた。それほど彼らの動きは見事だった。
フェイがパイの腕の治療を終えた頃、鉄棍は全て杖ほどの長さにされていた。これは、いわばパフォーマンスだと誰もが理解していた。
実行委員の実力なら、殺そうと思えばいつでも殺せる。その実力差を見せ付けるためのパフォーマンスだ。
斬るのが棍ではなく、人でも同じだ。それをパイの腕を斬って示した。これ以上戦闘を続ける気なら・・・その気のある者は、斬る。そういうことだ。
この実行委員の強さと警備隊のやられっぷりは、各地に中継されていたので、最初の内こそ気楽に投影玉を見ていた市民達も、次第に動揺し始めた。
何しろ警備隊が負けてしまったら、実行委員は自分達の所へ略奪に来るのだ。当然その場合、警備隊に実行委員を止める余力などあろうはずがない。
「さあ、どうする?」ホイが、刀の峰で自分の肩をトントンと叩いた。「降伏するんなら、それはそれで、こっちは面倒が無くていいしな」
余裕たっぷりの実行委員を見ながら、パイは次の行動を考えていた。
元々彼女は、それほど勇敢でもなければ、正義感も強くはない。
ただ、ちょっと攻撃的な氣を練るのが得意で、少し真面目に訓練したら、上級の黒仙に認定されて、それを活かせて食いっぱぐれのない仕事といったら、警備隊員あたりかなあとか、その程度の志で入隊したのだ。
まだ19歳になったばかりだというのに、こんな所で敵と刺し違えてまで職務を全うしようなどとは、サラサラ思っていない。何とか隙を見て逃げ出したかった。
しかし、一人で逃げるのは少々良心が痛む。警備隊の同僚はまあいいとして、問題はフェイだ。彼は戦闘員でもないのに、パイを危険地帯から連れ出して、腕を治してくれたのだ。
(逃げるのなら、せめて彼を連れ出してあげよう。それなら早いほうがいい)
降伏したならしたで、警備隊側の誰かが五人殺されるのだ。その役が自分に回ってこないという保証はない。パイはフェイを振り返り、その旨を伝えようとした・・・が、そこにフェイはいなかった。
慌てて周りを見渡すと、あろうことか、フェイがノコノコと実行委員達に歩み寄っているではないか。
パイは思わず、「フェイー!何してんのよ、危ないから戻ってきなさーい!」と叫んでしまった。
フェイは振り返ると、「大丈夫ですよ」と手を振って、ニッコリと笑った。
(やっぱり一人で逃げよう。ごめんね、フェイ)パイは心の中で手を合わせた。
序章・了