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グレイソウル  作者:
27/148

口論・3

「おう、どうした?ラン」

 ランと呼ばれた女性は、身長こそユエと同じぐらいだったが、顔つきも身体つきも、ユエよりかなり引き締まっていた。というより、絞り込んでいるようだ。

 だが、目に愛嬌があるので、硬いとか鋭いとかいった印象はない。背中まで届く髪は、赤茶けていて少し癖毛だ。

「イーシェ街、辰の25番地区の建設現場で、作業員と隊商が入り乱れての喧嘩です。ちょっと派手にやり合ってるらしくて・・・氣弾まで撃ち合ってるらしいわ」

「被害は?」シュウが立ち上がりながら尋ねる。

「暴れているのは、中級の黒仙が中心だから、今のところは大した被害はないみたいね。ただ、人数が多くて・・・50人近いって。第五と第六部隊が出る準備をしているけど、怪我人を出さないように制圧するなら、もう少し人手が欲しいって」

「分かった。うちの部隊は何人いる?」

「私と隊長を入れても、まだ4人です。交代まで、まだ間があるから・・・」

「仕方ないな。とにかく行こう・・・フェイ、ユエ、悪い。勘定頼む」

「御免ね、奥さん。ご主人をお借りするわ」

「あ、いえ・・・気をつけて。ね」ユエも慌てて立ち上がり、軽く頭を下げる。

 フェイは座ったままで、のんびりゆったりと会釈をした。

「おう。じゃ、また後で」

「うん」


 シュウとランが店を出てから、ユエは座りなおして軽く溜め息をついた。

「どうしました?卵の決着がつかなかったのが残念とか?」

「それもあるけど・・・ランさんて、綺麗な人ね」

「・・・そうですね」フェイは生返事をして、お茶を口に含んだ。

「ランさんて、シュウのことが好きでしょ」

 妹の唐突な発言に、フェイはお茶を噴き出しそうになった。

「・・・やれやれ、ユエもそういうことが分かるようになりましたか」

「あのね・・・言っとくけど、白仙の能力以前の問題よ。兄さんはそうかもしれないけど・・・私のは、女の勘」

「根本は同じだと思いますよ」

「違うわよ。天然無印の氣と、無極之氣ぐらい違うわ」分かってないなあ、という目で、ユエはフェイを睨んだ。

「そういうもんですか・・・しかしまあ、ランさんの気持ちを知ってしまうと、心配でしょう?」

「ちょっと、ね」

「それで溜め息、ですか?」


「んーっ、そうじゃなくて・・・心配は、そんなにしてないのよ。シュウはランさんの気持ちに気付いてないし・・・フリだけかもしれないけど」

「フリじゃありません。シュウはまだ、ランさんの気持ちに気付いてません」

「はあ・・・さすが兄さんね。でもまあどっちにしろ、シュウがランさんの想いに応えることは、まずないと思う。それはほぼ信じてる」

「ほぼ、ですか」

「シュウも男だしね。・・・でもランさんも、無理してまでシュウに気持ちを伝えようとは思ってないみたいだし。だから、そんなに心配してないのよ」

「立派なものです」

「でもね、それだけじゃなくて・・・私の中にはね、ランさんが邪魔だっていう気持ちと・・・反対に、シュウはもう私と結婚してるから、ランさんと深い関係にはなれないって・・・だからランさんが気の毒だなって。そういう気持ちもあるのよ。そういう自分が鬱陶しいの。さっきのは、そういう溜め息」


「・・・そういった相反する感情が、心の中で両立してしまうケースは、それほど珍しくはありません。あまり気にしないことです」

「うん。あまり気にしてないわ。だから小さな溜め息だったでしょ?・・・大体、可笑しいよね。ランさんって確か、まだ20歳でしょ?それに、あんな美人だし。シュウでなくても・・・他にいい出会いが、これから幾らでもある筈じゃない。それを私ごときが『シュウは私の夫だから、渡せません。お気の毒ー』だなんて、余計なお世話ってもんでしょ」

「・・・そうですね」また生返事をしながら、フェイはお茶をすすった。

「そうよ。ねえ兄さん、ランさんみたいな女性って、どう?この際、兄さんとランさんがくっついちゃえば、丸く納まるじゃない」

 フェイは今度はお茶が胸につかえて、むせそうになり・・・ようやく堪えた。

「いきなり何てことを言うんです。ランさんに失礼ですよ」

「そうかなあ。あのね、私、基本的にはランさんみたいな人、好きなのよ。ああいうお姉さんがいたらいいなって思うし」

「人のことより自分の心配をしたらどうです。・・・まあ、見たところではシュウもユエも、お互いを責める気はないようですが・・・」

「そうよ。兄さんの言った通り。『情報を共有』したら、・・・喋っちゃったら、楽になったわ」


「結構です。じゃ、どうやって仲直りしますか?」

「うーん・・・兄さんって、その辺が形式的過ぎるっていうか、固過ぎるのよね。こういうことは、もうちょっと時間を置いたら、『どうでもいいこと』になるの。それでお終い」

「言ってくれますね。・・・ま、そこまで分かっていれば問題ないでしょう」

「そうそう。・・・でもあれね、もう、シュウの方から頼んでこない限り、意地でも卵料理は一度に一品しか出さないから」

「どうぞご勝手に。・・・さて、そろそろ僕達も出ますか」フェイが腰を浮かす。

「いってらっしゃ〜い」ユエがお茶を飲みながら、軽く手を振る。

「んっ?ユエもそろそろ・・・ああ、そうか」

「うん。私は今日は、警備隊のほうに行くから・・・もうちょっとゆっくりしてくわ」


 フェイとユエが勤めている病院は、かなり規模が大きく、公的な性格が強い。

 そのため、この病院からは、毎日交代制で新人の白仙を一人ずつ、警備隊本部の医務室に派遣している。

 警備隊の医務室には、専属の白仙が一人は常駐しているが、何だかんだで怪我人がよく来るので、それなりに忙しい。だから、新人の研修も兼ねて、手伝わせようというわけだ。

 

「シュウは大きな喧嘩を鎮圧しに行ってましたね。怪我して戻って来たら、包帯でも巻いてあげればいいでしょう」

「うん・・・あーでも、そういえば・・・私とシュウが結婚するちょっと前に、シュウの部隊が、今日みたいに喧嘩の鎮圧に行ってね。そんなに大きな喧嘩じゃなかったから、出動したのはシュウの部隊だけだったけど」

「今朝みたいに、部隊が三つも出るなんて、滅多にありませんよ」

「そうよねえ。でね、5人怪我して戻って来たの。みんな軽傷で済んだけど・・・まあ、だから病院に搬送しなくても、医務室で充分ってことね。・・・それでその時、シュウも怪我してたんだけど、『俺は最後でいい』って、他の隊員の治療を先にさせたのよ」

「まあ、そういうものでしょう」

「うん。私もそう思ったから、シュウには待ってもらってたのよ。そしたらランさんが来て、さっさとシュウの怪我に薬を塗って、包帯巻いちゃって」

「へえ・・・ランさんには、白仙的な能力がありましたっけ?」

「中級の白仙と同じくらいの力があるみたい。あの時だって、シュウの怪我を氣で治そうと思えば、治せたって言ってたし」


 怪我の程度が軽い場合には、白仙の氣ですぐに治したりせずに、自然に回復するのを待つことも多い。あまり何でもかんでも白仙の力で簡単に治してしまうと、本人の自己治癒力が落ちてしまうからだ。


「それは助かりますね」

「うん・・・でもさ、それ見てて、何かこう・・・ランさんって、私よりもシュウの近くにいるのかなあ、なんて思って」ユエはコップを揺らしながら、少し肩をすくめた。

 フェイは、笑いのような溜め息のような吐息に続けて、「何ですか、やっぱりランさんとシュウのことが心配ですか?」と訊ねた。

「そうだね。ちょっとだけ・・・言ったでしょ、シュウも男なんだから」

「シュウだけを悪者にするつもりですか?」

「あー、それいいかも。シュウがもし浮気したら、一生チクチクいじめてやろうかな」そう言って、ユエは笑った。

 フェイはその笑顔を見ながら、(でもユエは、結局のところ・・・シュウを信じている)と感じていた。

「じゃ、僕はもう行くから」

「うん」

 フェイとユエは、お互いに軽く手を上げて別れた。

 フェイは店を出て勤め先の病院へ。

 ユエは、残りのお茶を味わってから、警備隊の本部へ。・・・医務室を手伝いに。 



 口論・了

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