口論・2
(あーっ、兄さんもシュウも、早く来ないかな)少しイライラしてきたユエは、手荷物を膝の高さで振り回しながら、眉間に皺を寄せた。
・・・そこへちょうど、フェイとシュウが現れた。
シュウが(参ったなあ)という顔をする。
ユエはユエで(参ったなあ)だ。
(あーもう、何でこんな仏頂面してる時に・・・)と思いつつも、「お腹が空いて機嫌が悪かっただけ」などといちいち説明するのも馬鹿馬鹿しい。
かといって、昨日のイライラをまだ引きずっていると思われるのも・・・まあ、多少は引きずっているが・・・シャクに障る。
フェイのほうはといえば、「おはよう、ユエ。・・・まだ半袖は涼しいでしょう」と、相変わらず淡々としている。
「ちょっとね」ユエは返事をしながら、シュウの視線から顔を背けるようにして食堂の扉を開けた。
途端に油や香辛料の匂いが鼻を刺激する。
空腹で心がはやっていたユエは、足早に店内へ滑り込み、それを見ていたシュウは、置いてきぼりをくらった飼い犬のような顔をした。
フェイは何も言わずに、ユエの後に続いて・・・さり気なく、ユエとシュウの間で妙な具合にからまっている氣をほどいた。
・・・すると、まるで金縛りが解けたかのように、シュウの動きが回復した。
三人はテーブルに着くと、フェイとユエは饅頭とスープ、シュウは御飯と魚の餡かけ、それに青梗菜と人参の炒め物と、茄子と挽肉の煮物を注文した。炒め物と煮物は三人で適当に分ける。・・・このメンバーでの朝食は、大体いつもこんな感じだ。
料理が運ばれてくると、三人はとりあえず食事に集中した。とにかく全員空腹だったのだ。
食事が済み、お茶を飲んで一息ついたところで、最初に口を開いたのはフェイだった。
「さて・・・そろそろ話してもらいましょうか」
「んっ?俺か?」
「はい。・・・ユエと何があったんですか?」
「いや、まあ・・・」
「練習している時から、薄々感じてはいたんです。今日のシュウは少しおかしいと。・・・それが、ユエに関することだと。でも、それをユエのいない所で聞くのは不公平だと思ったので、今まで黙っていました。・・・それとも、ユエに聞いたほうがいいですか?」
唐突に振られて、ユエは少し慌てた。
「えっ?うん・・・」
「何かあったんでしょう?」
「ちょっとしたことよ」ユエが口ごもる。
「大したことじゃない」シュウが割って入る。
フェイは軽く頷いた。
「そうですか。・・・しかしまあ、人間というのは勝手なもので」
ここでフェイは一度口を閉じ、天井に目をやって言葉を選んだ。
「秘密を持っているほうは、『ちょっとしたこと』なのだから、黙っていても構わないと思い、秘密を聞きたいほうは、逆に『大したことじゃない』のなら、言ってくれればいいと思うものです」
「そうかもね」ユエがクスッと笑う。
「こういう場合、両者の関係が、それほど親密でないのなら、聞かない、言わないほうが良いかもしれません。しかし、それなりに気心の知れた間柄であれば、多少の厄介ごとについては・・・いっそ情報を共有してしまうほうが、お互いに楽なものです。少なくとも僕達は、そういう信頼関係を作ってきたと思うし・・・シュウもユエも、本心では喋ってしまいたいような・・・僕には、そう見えます」
「・・・なあ、フェイ」テーブルに両肘をついたシュウが、フェイを僅かに見上げる。
「はい?」
「お前、やっぱり白仙は辞めて、警備隊員にならねえか?お前ほど武術ができりゃ、すぐに機動部隊で活躍できるし、捜査官になったら、容疑者の取り調べも上手くやるだろう」
「・・・そういう冗談は、無しにしましょう」
フェイには冗談にされてしまったが、シュウは半分以上本気だった。そもそも、シュウがフェイを警備隊に誘うのは、これが初めてではない。それほどシュウはフェイを買っているのだ。
「・・・卵よ」ク、ク、という笑い声に続けて、ユエが呟いた。
「卵?ですか?」フェイはユエを見て、「卵」の意味をつかもうとした。
「昨日の朝飯だよ」シュウも乗り始めた。
「昨日は・・・ユエが朝飯を作ったんだ。飯を炊いて、スープと、おかずと。・・・で、スープは卵スープで、おかずが卵焼きだった」
「うん・・・それで?」フェイが続きを聞こうと、身を乗り出す。
「それだけよ」ユエがまたクスクスと笑った。
「そうだ」シュウも釣られて笑う。
「どうも、話が見えないんですが・・・。どこに問題が?」
「問題だろ?スープもおかずも卵だぞ。卵焼きが食いたけりゃ、スープは海草か野菜のにするとか、卵スープが良けりゃ、おかずは野菜炒めにするとか、魚を焼くとか・・・味にしろ栄養にしろ、その方がバランスが取れるだろ」
シュウは一人暮らしをしていた頃、かなりマメに自炊をする男だったのだ。
「・・・しかし、たまに卵をたくさん食べたからといって、すぐに栄養のバランスが崩れたりはしませんよ」
「でしょ?それにね、昨日は何かこう、卵をたくさん食べたい気分だったのよ」
「料理するのが面倒だったんじゃないのか?」
「ま、それもあるわよ。でもね、それも含めて卵を食べたい気分だったの」
「ああ、それは昨日聞いた。だから、これからはなるべく気をつけてくれ、と言ったろう?」
「だから、そういうのが嫌なの。別に毎日卵ばっかり食べたいってわけじゃないのよ。何だか気分で卵が食べたくなったの。そういう時のそういう気分って、結構大事でしょう?それにいちいち文句を言われたくないわ」
「おいおい、気分が大事ってんなら、一度に卵ばっかり食べたくないっていう俺の気分はどうなる?」
「だから、シュウはシュウで自分が料理する時は、自分が食べたいものを作ればいいでしょ?」
「そうしてるさ。で、今までの俺の料理に、何か不満があったか?」
「・・・ないわよ。でも、それと昨日、私が卵料理でまとめたってことは、直接関係ないでしょ」
「んっ・・・そうだな」
「それに、気分が卵にばっかり傾くわけじゃないのよ。野菜スープと野菜炒めってこともあったじゃない。あの時シュウは、何も言わなかったよ?」
「あの時は、スープと炒め物には別々の野菜を使ってたろう」
「あ、そうだっけ・・・」
「つまり」フェイがうんざりした顔で割って入る。
「その、卵がきっかけで、シュウとユエの気分と気分がぶつかって、話がこんがらがったと。そういうことですか?」
「そうよ」
「そうだ」二人が同時に答える。
「・・・で、どうすれば決着が付くというか・・・二人の気が済むんですか?」
「それが分かりゃあ苦労しないさ」
「お互いに、形だけでも謝ったらどうです?」
「それは嫌。私もシュウも悪くはないもの」
「そうだ。悪いと思ってないのに謝るのも、悪いと思ってない奴に謝られるのも不愉快なだけだ」
「しかし、気分を押し付けあうことで、お互いが嫌な思いをしたんでしょう?その、結果的に嫌な思いをさせた、ということについて謝るのは、アリじゃないですか?」
「うーん・・・やっぱりちょっと違う。私はシュウのせいで嫌な思いをしたんじゃないもの」
「俺もだ。ユエは別に俺を否定したわけじゃないし、言葉に悪意もない」
「そうですか、じゃあ・・・」フェイは他の方法を考えつつ、(余計なことを聞いてしまったかな)と、少し後悔していた。
と、その時。
「食事中に悪いわね、隊長。・・・まだ勤務時間前だけど、本部に戻ってくれない?」いつの間にか、警備隊員が一人、フェイ達のテーブルの側に立っていた。