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グレイソウル  作者:
24/148

朝練・8

 シュウは立ち上がって腰に手を当て、2〜3回首を振ってから、トントンと軽くジャンプしてリズムを整えた。

「あーっ、やっぱり酒が残ってるのかな・・・」

「お酒のせいにしちゃいけません。・・・でも、そんなに飲んだんですか?」

「いや、本当に大した量じゃないんだが、きつい酒でなあ。そのくせ喉越しが良くて・・・やっぱり結構飲んだか。普段、いい酒なんて飲み慣れてねえから」

「珍しいですね。シュウが高いお酒に手を出すなんて」

「いやあ、昨日はサント部長のお宅に招待されて、ご馳走になったんだよ・・・しかしあれだな、ガキの成長ってのは速いな。いや、部長の息子さんがな。俺が入隊した頃に見た時は、フラフラしながら歩いてたくせに、昨日久し振りに見たら、もう学校に行ってんだぜ」

「あなたが入隊して以来なら、もう4年も経ってるでしょうが・・・でも、部長さんのお宅に招待されたってのは、結婚祝いみたいなもんですか?」

「ああ、そうだ。部長んちの奥さんも働いてるからな。俺とユエと、部長のお宅と・・・全員の休みが揃ったのが昨日でな」

「・・・じゃ、ユエも招待されたんですか?」

「おう」

「それじゃ、その強いお酒をユエにも飲ませたんですか?」

「んっ?ああ、少しな・・・おいおい、ユエだってもう大人だぜ」

「それはそうですが・・・」

「ハハッ。そう心配するなよ、お兄さん」シュウが笑いながらフェイの肩を叩く。

「その『お兄さん』というのはやめてください。・・・大体、シュウのほうが僕より半年早く生まれてるでしょう」

 

 シュウは、ユエに「兄さんより強く見える」と言われたその日から、ユエに恋をした。

 シュウはこういうことにかけては、非常に分かり易い性格をしていたので、実に分かり易くユエに告白をした。ユエもまんざらではなかったので、二人はこれまた分かり易い交際を続けた。

 そしてとうとうこの春・・・一ヶ月ほど前に、二人は結婚してしまったのだ。

 だから、フェイとシュウは今では兄弟でもある。



 シュウはフェイの肩から手を離すと、大股で退いて間合いを取り直した。

 左足を前にして構えて気力を溜め、床を蹴って跳び出す。ほぼ同時にフェイも突進した。

 シュウはカウンターで左の前蹴りを合わせる。

 しかし、フェイは余裕でこの蹴りの外に滑り込む。

 ここからフェイがシュウの左側面に滑り込むのがパターンだ。

 ところがシュウは左足を下ろすと、すぐに右回りに回転しながら右の手刀でフェイの首筋を狙った。

 フェイはこの手刀に右掌を粘らせて、勁力に逆らわないように、やや回り込むような歩法でシュウの右側面を取ろうとする。

 しかし、シュウは軽く浮身をかけて左右の足を入れ替え、右方向への旋回を続けつつ、左の掌打をフェイの右肘に打ち下ろす。

 シュウらしい豪快な崩しだ。

 だがフェイは圧力に逆らわず、左掌で頭をかばいながら、右手を捻り下ろして掌打を逸らすと、そのまま左向きに旋回した。

 一瞬、フェイがシュウに背中を向ける形になる。すかさずシュウは左掌に木氣の雷、右掌に火氣の炎を発現させ、上下に揃えてフェイの背中を狙う。


 2種類以上の属性の氣で同時に攻められると、無難で安全な対応パターンが無くなるので、大変に面倒だ。

 ましてやシュウは黒仙、フェイは白仙だから、この雷と炎の同時攻撃に対して、フェイが五行のどの属性で対応しても・・・最終的にはシュウに押し切られる可能性が高い。

 ここは一度退いて、仕切り直すのもひとつの選択肢だ。


 だが、フェイは旋回を続けてシュウの方を向くと、頭上に掲げていた左掌を振り下ろして・・・雷と炎を、同時に消してしまった。

 勿論シュウの両掌も、叩き落されている。

 すかさずフェイは右足を半歩進めて、シュウの左上腕に右掌を粘らせ、そのまま勁を徹す。

 またシュウは吹っ飛ばされて、今度は横回りで床を転がった。

 フェイの左掌からは、光のような、霧のような、炎のような・・・木火土金水のいずれでもない氣が溢れ出していた。

 これが、シュウの雷と炎を同時にかき消した・・・「無極之氣」だ。


 無極とは、渾沌のことだ。

 そして無極之氣とは、意念によって木火土金水の全ての属性を内包した氣のことだ。

 無極之氣の中には、拡散と収縮、熱性と冷性、活動と停滞といった相反する要素が、矛盾なく納められている。

 このような氣を安定した状態で練り上げるには、非常に高度な技術と意念が要求される。事実、無極之氣はごく限られた者にしか扱えない。



 フェイはこの無極之氣を、白仙の養成学校の在学中に・・・17歳の若さで発現させることに成功していた。この時フェイは中級の白仙だったが、無極之氣を発動させたことで、上級を飛ばして特級の白仙に認定された。

 

 無極之氣は、人間が意念によって練り上げる・・・いわば「人工的な氣」の完成形のひとつだ。

 原則として無極之氣には、

 1、運動機能の向上。

 2、治癒力の向上。

 3、呪術的効果の発現。

 4、五行のどの属性に対しても、相生の関係を作れる。

 5、五行のどの属性に対しても、相剋の関係を作れる。

 ・・・という特性がある。

 4,5の特性は、無極之氣ならではのものだ。

 1〜3の特性は、無極之氣だけでなく、自然に存在する・・・天然の氣にもあるのだが、無極之氣の方が、その効果は格段に高い。

 また、無極之氣は術者の性格や嗜好、元々の氣の性質などによって大きな影響を受けるので、原則どおりの特性を持っているとは限らないし、それ以外の力が付加されることも多い。

 いうなれば、「無を極めた氣」ではなく、「極めることが無い氣」というのが正しいか。


 ちなみにフェイの練る無極之氣には、

 ●フェイ自身の運動機能の大幅な向上。

 ●治療に使用した場合、患者の治癒力の飛躍的な向上。

 ●五行の全ての属性について、それが攻撃的なものなら無力化できる。

 ・・・という特性がある。



「ち・・・やっぱり無極之氣ってなあ便利だな」シュウが立ち上がりながら呟く。

「シュウにも素質はありますよ。雷と炎、二つの属性を同時に発現できるんですから」

「ハハハッ・・・まあ、俺は不器用だからな。気長にやるさ」

 自分で不器用と言ってはいるが、シュウも既に特級の黒仙だった。

 

 シュウは警備隊の訓練学校を卒業後、ペイジ国の警備隊本部に配属された。

 フェイは白仙の養成学校を卒業後、警備隊本部と同じ市内の病院に就職した。

 そして、警備隊本部の格技室に場所を移して・・・さすがに頻度は週2回に減ったが・・・フェイとシュウの朝練は続いていた。


 だが、この初夏の日を最後に・・・朝練は、終わってしまった。



 朝練・了

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