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グレイソウル  作者:
23/148

朝練・7

 実は、シュウの狙いはこれだった。

 フェイは子供の頃の喧嘩を除けば、打ち合いはシュウとしかしていない。

 それでも高い実力を身につけたフェイの才能は並ではない。この才能を、このまま埋もれさせるのは惜しい。

 もっとシュウ以外の、色々なタイプの実力者と経験を積めば、まだまだフェイは伸びる・・・シュウはそう考えたのだ。



 後方回転をして立ち上がったシュウは、バネがはずむようにフェイに向かって突進し、火氣を込めたままの右拳を振りかぶる・・・のはフェイントで、左拳を突き出して牽制しながら、左足をフェイの左肩近くまでハネ上げ、外へ振り回す。擺脚(外回し蹴り)だ。

 フェイは軽く退いてこの蹴りを見切る。

(フェイはここからすぐに踏み込んでくる)シュウはそう判断して、振り回した左足を床に下ろさず、空中で切り返して里合腿(内回し蹴り)に変化させた。

(これがフェイに当たればよし。フェイが踏み込んでこなければ、左の踹脚(横蹴り)か、一回転して右の裏拳に繋いで追い打ちを・・・)

 シュウがここまで考えたところで、フェイの右足刀がシュウの軸足を蹴り抜いた。

 シュウの里合腿はフェイの手前で止まり、シュウはまた尻餅をついた。

「擺脚への繋ぎはよかったんですが、里合腿への切り返しに無理がありましたね」



 シュウの読み通り、フェイの武術の実力は、講師を務めることで更に伸びていった。

 色々なタイプの人間との散手は、即ち色々な人間の観察でもあるので、白仙の修行にもなっていた。警備隊の訓練は荒っぽいので、怪我人も多い。その治療もいい勉強になった。

 ただこの頃から、フェイとシュウの実力差が開き始めた。フェイとシュウが散手をすると、フェイが三本取る間に、シュウはやっと一本取れるかどうかだった。


 二人は休日には、よくお互いの家を行き来していたが、話題は大抵武術のことで、興が乗るとすぐに練習が始まった。

 ある夏の日、シュウがフェイの家を訪ねて、いつも通りに武術の話から、庭に出て散手が始まった。

 ユエはそれを二階の部屋の窓から、半ば感心し、半ば呆れつつ見ていた。

 白仙の学校に通っている兄のフェイはともかく、シュウは警備隊の学校で毎日訓練を受け、更にフェイと朝練までしている。(その上、たまに遊びに来たかと思ったら、また練習してるんだから・・・)

 そんな想いが、つい口から出た。「ねえシュウ、そんなに頑張っちゃって、疲れない?」万事において淡々とした態度のフェイと違い、ユエは気持ちが表に出るタイプなのだ。


「うん?いや、そんなことはないな。俺は元々頑丈だし、こうして練習するのが楽しいし・・・それに、フェイには随分差をつけられちまったからな。頑張らなきゃ追いつけねえよ」そう言ってシュウが笑う。

「いや、差なんて・・・そんなにないよ」フェイが否定する。フェイにとっては武術の腕とは関係なく、まだまだシュウは頼れる兄貴なのだ。

「頑張って追いつくって、武術のことだよね」窓枠に肘をついて、ユエが尋ねる。

「そうだよ」

「武術って、強くなるためにやってるんだよね」

「そりゃそうだ」何を今更、という顔でシュウがまた笑う。

「でもさ、強いって一体何なの?」

「・・・んーっ・・・?」シュウの笑顔が固まる。

 実はユエは本音では、強いだの弱いだのといったことには、あまり興味はなかった。

 ただ、武術を通して「強さ」にこだわる兄とシュウを見て、(この二人にとって『強い』ってどういうことなんだろう)という素朴な疑問が湧いたのだ。

 

 ところが、フェイもシュウも絶句してしまった。

 武術とは、敵を倒すための技術だ。それが「強さ」の形のひとつなのは間違いない。しかし、それが「強い」ということの全てではない・・・フェイにもシュウにも、そのぐらいは分かる。

 かといって、それなら「強い」ということを、どう定義づければいいのか?

 ユエの単純かつ根本的な問いに、二人は軽い放心状態に陥ってしまった。


「・・・ごめーん。何かややこしいこと聞いちゃった?」謝るというより、二人の狼狽が可笑しくてたまらないような口調だ。

「ハハ・・・面目ないな」シュウが頭をかく。

「ねえ、シュウは兄さんに追いつきたいの?」

「ああ、そうだ」

「あのさ、私にも『強い』って、どういうことなのかよく分かんないけど・・・そうだなあ、正直言って『ただ打つ』ってことだけなら?兄さんのほうが上手いかもしれない。でもね、『強い』ってことなら、私にはシュウのほうが、兄さんより強く見えるよ」

「・・・へえ?」シュウは意外そうな顔をした。

「そうなんだ、シュウ。僕も上手くは言えないけど、周りから見れば、君のほうが強く見えるんだよ」フェイもユエの言葉に同調する。


 実際、ユエの見方は間違っていない。

 シュウは武術の腕で、かつては自分よりはるかに劣っていたフェイに追い抜かれ、逆に大きく差をつけられても、決して卑屈にはならなかった。

 それどころか、親友の成長を自分のことのように喜び、謙虚にもフェイから学べるところは学ぼうとしている。

 これは、シュウが自分を信じているからできることだ。そしてこの自信は、シュウの優しさと不可分の関係にある。

 自分を信じているから、卑屈にならず、人を妬まずにいられる。だから分け隔てなく人と接していられる。自分も他人も同じように大事にできる。

 これがシュウの「優しさ」だ。そしてこの優しさこそが、シュウの強さ・・・「人を惹きつける力」の源になっている。


 そもそも、人が一人でできることなど高が知れている。集団の力というのは、間違いなく「人間という生き物」が持つ「強さ」のひとつだ。

 そういう意味では、シュウの「人を惹きつける力」は、確かに強さだといえる。

 これがフェイの場合、彼の才能は、時には卑屈に、時には人を羨むことで伸びてきた部分がある。これはこれで技術の向上には役立つが、「人を惹きつける力」にはなりにくい。

 ・・・優しさにも色々な形があるが、往々にして優しさを発揮するのは容易ではない。他人に優しくするには、まず自分にそれだけの余裕が必要なことが多いからだ。これがいわゆる「強さの裏付けがなければ、優しくなれない」という考えを生む。

 だが、シュウは別に何かの根拠があって自分を信じているわけではない。

 ただ、信じたいから信じているだけだ。それがシュウの優しさになり、ひいては強さになっている。

 いわば、シュウの強さは「優しさの裏付けがある強さ」なのだ。

 この強さを感じているのは、ユエやフェイだけではない。

 訓練学校の教官も学生も、シュウとフェイの散手を見て、「フェイのほうが技術は高い」と思っても・・・それでも、「シュウがフェイより弱い」などと思う者は、殆んどいなかった。


 もっとも、当のシュウにはピンと来ない。シュウの強さを一番理解していないのは、実はシュウ自身なのだ。

 ただ、この日のこの瞬間から、シュウのユエを見る目が変わった。

 以前から見慣れている筈の丸顔や、少し茶色がかった髪や、大きな瞳などなどが・・・急に可愛らしく感じられてきた。

 早い話が、シュウはユエに恋をしたのだ。

 シュウとフェイが18歳、ユエが14歳の夏だった。

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