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グレイソウル  作者:
21/148

朝練・5

 つまりフェイは、「力の抜けた突きがシュウに決まったのは、その動きが日常のそれに近かったので氣配を読めなかったからだ」と考えたのだ。

 動きを追求するために、体そのものの構造にも興味が湧いてきて・・・武術書だけでなく、医術書や解剖学の本も読むようになった。フェイの白仙としての才能が、開花し始めていた。


 フェイは思索と練習の積み重ねの中で、次第に「自然な動き」というのは、ただ氣配が読めないだけではなく、「強さ」や「速さ」にも通じるのだと気付いた。

 そして、フェイの武術に対する考え方が少し変わった。

「いかにして不意打ちに近い状況を作り出すか」という考え方自体は変わらない。ただ、それを遂行するためには、相手をよく観るのは勿論、それと同じくらい・・・ひょっとしたらそれ以上に、まずは「自分自身の動きを支配すること」が大切だと考えるようになった。

 それが相手に気配を読ませず、反応させずに制圧することにつながる。

 簡単に整理すると、「自分は常に自身の動きを理解・把握・維持する。それが相手の本来の動きを妨げる」ということだ。

 そのためには・・・心身共に均衡を保ち、偏りをなくすことだと、フェイは悟った。


 それ以来、フェイは時々ユエに頼み込んで練習相手になってもらうようになった。「自分の動きが理に適ったものならば、相手がユエのような少女でも、シュウのような屈強な男でも、同じように対応できる筈だ。ユエには使えて、シュウには使えないようなら、その動きは理に適っていない・・・」フェイはそう考えたのだ。


 練習相手といっても、ユエは武術などやったことがないから単純なものだ。

 ユエの好きなように、突きでも打ちでも蹴りでも出してもらう。時には変化をつけるために、ユエに棍や木刀を持たせて攻めてもらう。

 フェイはそれを捌いて死角に入る。フェイからは攻めない。それだけだ。

 ユエの攻めは鋭くも強くもないから、捌けるのは当然だ。ただ、ユエの手足を封じる際に、全く手ごたえを感じないように・・・柔らかく粘り付くようにするのだ。力ずくで無理に受け止めたり、叩きつけるように払うような動きだと、ユエが痛がるのですぐに分かる。

 この練習は、「相手の力と正面からぶつからない」ということを深く理解するのに役立った。コツが分かると、シュウの攻めを捌くのも格段に楽になった。


 ユエは初めのうちは、少々痛い思いをすることもあって、渋々フェイの相手をしていたのだが、兄は後で報酬としてお菓子をくれたので、ついつい乗せられていた。

 そのうちフェイの捌きの柔らかさが増すと、ユエはまるで自分の手足が兄の体をすり抜けていくような錯覚を感じるまでになっていた。

 ユエは最初は一発打って当たらなければ、二発、三発と続けて打てばいいと思っていたのだが、フェイの相手を続けていくうちに、兄に対して連打は意味がない(少なくともユエの技術では)と気付いた。

 フェイはユエの一発目を捌くと、すぐにユエの側面に滑り込んでしまうので、二発目を出したくても出せない(無理に出しても届かない)からだ。

 そういうことが分かってくると、フェイの練習相手をするのも、ちょっとした手品か雑技を見ているようで面白くなってくる。


 しかしユエは相変わらず、フェイに練習相手を頼まれると、ちょっと渋い表情をしてから引き受けていた。そのほうが、後で兄がくれるお菓子を受け取り易かったからだ。

 いや、フェイの相手がちょっと面倒だとか、お菓子も欲しかったという本音は確かにあったのだが、そんな素振りも見せず、お菓子も受け取らずに練習に付き合おうと思えば、できなくはなかった。

 だがユエは、兄の洞察力の鋭さを知っていた。練習相手になるのが面倒だという気持ちがあれば、それがどんなに小さくても、兄には見抜かれてしまう。それを隠してお菓子も受け取らずにいれば、かえってフェイの良心を痛めることになる。

 だからユエは面倒だという気持ちを素直に顔に出したし、フェイのくれるお菓子を喜んで受け取った。そのほうが兄も、自分に練習の相手を頼みやすい・・・まだユエは十歳前後だったから、ここまで順序だてて考えていたわけではない。

 だが漠然とだったが、ユエはこのようなことを感覚的に理解していた。

 ユエには、そういう優しさがあったのだ。


 フェイが15歳になった頃、彼の動きは全身を使うものに関しては、「速さ」でも「力強さ」でも、シュウに見劣りしなくなっていた。

 フェイは元々筋肉が付きにくい体質だったらしく、個々の筋肉の力を比べると、まだまだシュウのほうが圧倒的に強かった。だがフェイにとっては、全身の効率的な動きや勁力によって、そのことはハンデではなくなっていた。



 そして、フェイとシュウは別々の進路を選んだ。

 この世界では国家に属している子供は、7歳から15歳までの9年間は全員が同様に読み書き、計算、自然科学、地理、歴史などの基礎的な教育を受ける。(国家に属していないコミュニティの子供の場合は、そういった教育は基本的には親任せだが、どの国家もそういう子供達の受け入れ体制は整っていて、手続きさえすれば国民でなくても教育だけは受けられる)

 その後、16歳から18歳までの3年間は、個々の希望に応じて専門的な教育を受ける。この3年間は、殆んど職業訓練といっていい。

 18歳になれば、この世界では成人として認められ、卒業したら訓練を受けた職業に就く。

 ただ、15歳の時点での職業選択は絶対ではない。転職する者はいくらでもいた。

 当然、職業訓練の学校には、十代の若者だけではなく、幅広い年齢層が集い、学んでいる。


 さて、フェイとシュウだが・・・

 フェイは白仙を養成する学校に、シュウは警備隊の訓練学校へ進学した。

 シュウは正義感が強く、武術の腕も既に師範代クラスだったので、将来は機動部隊のエースを目指していた。

 フェイはシュウと一緒に学びたい気持ちもあったのだが、それよりもまずは自分の適性を優先した。フェイの場合、性格が優し過ぎて荒事にはあまり向かないというのもあるが、それ以上に「氣の質」が警備隊員よりも白仙に向いていたのだ。


 この世界の人間は、意念によって氣を練り、五行の属性を発現させて、日常生活の中で使用している。

 勿論その能力には個人差があり、その違いを整理するのに最も一般的なのが、「白仙」と「黒仙」というカテゴリーでの分類だ。

 白仙は、病気や怪我を治すための、治癒力を高める氣を練るのを得意とする。

 それに対して黒仙は、物を壊したり加工したりするような、攻撃的もしくは破壊的な氣を練るのが得意だ。

 だからといって黒仙の能力を持つ人間が、やたらと乱暴な性格をしているかというと、そんなことはない。そもそも殆んどの人間が黒仙的な能力の持ち主なのだ。

 ただ、白仙は確かに人並み以上に穏やかな性格の者が多い。


 白仙は氣の出力の微調整が上手く、五行の属性全てを発現させられる者がかなり多い。

 だが黒仙は、あまり細かく氣を制御するのは苦手で、五行の属性の内の三つも発現できればいいほうだ。

 火氣を例に取ると、白仙が練る火氣は、血行が悪いなどの理由で冷えた体を温めるのには丁度いい。しかし威力に関しては、どう頑張ってもせいぜい焚き火に火を点ける程度にしかならない。

 逆に黒仙が練る火氣で、直接冷えた体を温めようものなら、術者がちょっと気を抜いた途端に火傷を負ってしまう。その代わり、燃焼力は白仙の比ではない。

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