序章・2
この世界でも、それぞれの国にはそれなりに独自の文化や生活様式があったが、警備隊、特にその本部の建築構造については、これが近代になって再編されたということもあって、どの国もほぼ同じだった。
大体、200〜300メートル四方の敷地を、3メートル前後の高さの壁でグルリと囲んであって、入り口は正門と通用門。あとは敷地の真ん中に、3〜4階建ての本館と、別館が一つか二つ。
建物が無い部分の地面には、芝生や砂利道、簡単な花壇や植え込みがあったりもするが、基本的には見通しのよい平地に石畳が敷かれた形となっている。
つまり、何者かが警備隊本部を襲撃しようとして、門なり壁を乗り越えるなりして侵入したとしても、建物に辿り着くまでには100メートル前後はロクに隠れることのできないスペースを突破する必要があるのだ。
シバは説明を続けた。
「実行委員は、正門から本館を目指して前進する。諸君らは、それを力で止めればよい。もし実行委員の一人でも本館の中に入ったなら、こちらの勝ちだ。その前に5人とも制圧されたなら、君達の勝ちだ。繰り返すが、この『前進』や『制圧』のためなら、相手を殺しても構わない。これはそういう戦いだ」
つまりシバは、この突破困難なルートを「たった5人で通過してやるから、止めてみろ」と言っているのだ。しかも、警備隊側に充分な準備期間を与えて。
「そちらにとっては錬武祭に参加するだけで、得るものは計り知れないだろう。何しろ、滅多に無い『本物の実戦』を経験できるのだからな。だから、こちらが勝った場合には、それなりの『開催費』を頂戴する。こちらから死を覚悟して5名を送るのだから、そちらからも適当に5名の命をもらおう。ついでに相応の金品も頂こう。まあこれについては、警備隊に請求するつもりはない。適当な商店なり銀行なりを訪問して、勝手に頂戴させてもらう。その間、せいぜい諸君らは錬武祭で負傷した者の治療でもしていればよろしい」
ここでシバは、ニヤリと笑った。
「ちなみに、こちらは少数精鋭でな。実行委員はワシも含めて10名しかおらん。今後、実行委員の数が増えるかどうかは未定だが、あまりそちらに連勝されると錬武祭が続けられん。まあ、諸君らはそれを目指すべきだろうな。・・・では、記念すべき第1回の錬武祭は、来月の20日に、ティエン国にて開催する。せいぜい準備を怠らないようにしたまえ」シバのメッセージは、以上だった。
この馬鹿馬鹿しい提案を、各国の警備隊及び首脳が一応は信じたのは、シバは実際、5年前に自分の故郷であるペイジ国の警備隊本部をたった一人で襲撃して、甚大な被害を出すという前歴を持っていたからだ。
当然各国は錬武祭を待つまでもなく、シバ本人を捕らえようと動いた。しかし、シバは見つからなかった。
この世界の大地は、全てが人間の「領土」というわけではなかった。
人々は住み易い平地に国を作り、深い森や険しい山岳地帯、砂漠や極地などは、誰の土地でもなかった。しかし、それは裏を返せば「誰が住んでも構わない」ということでもある。
特に森や山などは、技を極めようとする武術家や、仙人といった隠者達の格好の棲家となり、あるいは社会に適応できない者達が、半ば自給自足のコミュニティを形成したりもした。
かつてはこういうコミュニティの中には、国家間を移動する隊商を襲うような盗賊の類もいたのだが、その絶対数があまりにも少ないため、商人達が武術家などを雇って警護を固めると、さんざんな返り討ちに合っていた。
次第に国家に属さない者達は、少数なら少数なりに秩序をつくり、衣服や金属製品、宝石などの手の込んだ加工品が必要な時は、森や山で採取した珍しい木の実や果物や薬草、茸類や獣、或いは宝石の原石や貴金属などを持って、人里で交換するようになった。
平地での暮らしに慣れた者にとっては、森や山の恵みを運んでもらえるのはありがたいことだったし、中には仙人が作る秘薬などもあったから、充分に商売として成立したのだ。
もしシバが、どこかのコミュニティに属していれば、まだ発見の可能性はあったのだが・・・どうやら彼は基本的には一人で、人付き合いは最小限に抑えて森か山の中に隠れているようだった。
仕方なく、錬武祭の開催国に指定されたティエン国は、実行委員を迎え撃つ準備を始めた。何しろシバは、たった一人でペイジ国の警備隊本部を襲撃して甚大な被害を与えたのだから、そのシバが送り込んでくる者達も、相当の遣い手に間違いはない。
しかしシバの襲撃と錬武祭では、状況が大きく違う。シバは人数こそ自分一人だけだったが、全くの不意打ちだったのに対し、錬武祭は襲撃の日時、人数、場所まで指定されていて、なおかつその場所は、警備隊側が大人数で雪崩式に襲い掛かることもできる、見通しのよい平地なのだ。
だが、それでもティエン国は油断をしなかった。
本部だけでなくティエン国全土の警備隊から、特に格闘戦に優れた者を50名と、氣弾を撃つのに長けた者を20名ずつ選抜。
更に国内外を問わず、腕に覚えのある民間の武術家の応援が30名。
布陣は、本館から正門寄り30メートル程に、武術家を配置。その前方に警備隊員20名、更にその前に警備隊員30名を、長さ2メートルの鉄棍を持たせて扇形に配置。
更にその両翼に、氣弾を撃つのが得意な者を10名ずつ(この中にパイもいる)配置した。
ちなみに氣弾を撃つのが得意な者は、総じて格闘が不得手なため、全員が盾を装備した。(逆に格闘が得意な者は、氣弾を撃てないか、撃ててもあまり巧くはない)
戦闘の手順は、まずパイ達遠隔攻撃組が、一斉に氣弾を浴びせる。(正直、これで錬武祭は終了するだろうというのが、大方の本音だった)
この氣弾の雨を潜り抜けてくる者がいたら、鉄棍組が一斉に攻撃して、動きを封じる。そこへ後方で待機していた警備隊員や武術家が飛び出して制圧する、という手筈になっていた。
たった5名の実行委員に対して総勢100名という、これほどの布陣で臨んだのは、相手が相当な実力者だと理解していたからだが、だからといって皆殺しにするつもりではなく、むしろ敵・味方双方になるべく怪我人を出さないようにとの配慮からだった。
準備は勿論戦闘だけではない。
民間からの応援も含めて、救護班も30名用意した。(この中にフェイもいた)
ただ、救護班が相手をするのは、まず実行委員の5名だろうという本音はあった。
応援の武術家や白仙については、身元を充分に確認。
出入国の管理もより厳しくして、いち早く実行委員の正体をつかむ努力もした。しかし、森や山の暮らしに慣れた者にとっては、密入国はそれほど難しくはないため、この努力は実らなかった。
それでも錬武祭当日のギリギリまで、水や食料への毒物混入や、爆発呪が設置されていないか等にも気を配り続けた。実行委員が正門以外の方向から不意打ちしてくることも視野に入れて、即座に陣形を移動させる訓練も積んだ。