交渉・8
「ねえ、フェイ・・・あなたがもし人を殺したら、銀衛氣は使えなくなるのよね」
「そうです」
「でも、その銀衛氣って、そもそもシバへの復讐のためにあるのよね」
「はい」
「じゃ・・・シバだけは、殺すつもりなの?・・・そんなの・・・」
『やめたほうがいい』『やめて欲しい』『虚しいだけよ』『きっと後悔するよ』いくつもの言葉が浮かんだが、声にならなかった。
フェイの顔に、静かな怒りが浮かぶ。それはシバだけでなく、フェイ自身にも向けられているように、パイには思えた。
「分かりません。実際にシバと会うまでは・・・本当に、分かりません。今はただ、この拳で・・・シバに痛い思いをさせたいだけなんです」
パイは大きく息を吸い、フンと一気に吐き出しつつ、目をカッと開いた。
「よーっし!・・・仕方ないっ!とにかく部隊長に相談しよう。フェイも一緒にね。錬武祭に行くかどうかは、それから考えるわ」
「・・・ありがとうございます」フェイは石畳に手をついて、深く頭を下げた。
パイは複雑な気分だ。(そりゃ・・・私がいなけりゃ、フェイの力は引き出せないけど・・・だから私を持ち上げてくれてるけど・・・結局、戦っているのはフェイだし。実際、誰がどう見たって私のほうが・・・ていうか、ここにいる全員がフェイに助けられたんだし。道義的には、もしも警備隊が私に『次の錬武祭には行くな』って命令したとしても・・・その時は、警備隊を辞めてでもついて行くってのが、スジなのかな・・・)
ここでパイは(何て私らしくないことを考えてるんだ)と自分に呆れ、慌てて頭を振りながら先刻の発想を頭から追い出そうとした。(まだ、行くと決まったわけじゃない。何か抜け道があるかもしれない・・・)
だが、この天性の逃げ腰根性こそが、銀衛氣を発動させるための「契約者」としての最大の長所だということに、当のパイは気付いていなかった。
「あ・・・すみません、大事なことを言い忘れてました」突然、フェイが真顔になる。
「え?ちょっと、今度は何よ?」パイの体が固まる。
「いや、その・・・契約金のことです」
「契約金?・・・お金?」
「はい。僕と契約するということは、命に関わることですから・・・本来は、お金に換えられるものではないと、分かってはいます。でも一応は、こちらの誠意を形にするべきかと思って・・・順序としては、契約前に話すべきことだったんですが」
「あの、その契約金って、私が貰えるの?守ってもらうのは、私なのに?」
「はい。・・・僕がパイさんを『守っている』という表現は、正直言って形だけですから。実際には、僕が銀衛氣を発動させるために、パイさんの力を借りている、というのが正解です。それなら当然、パイさんには契約金を受け取る権利があります。・・・僕は、魂との交渉を成立させてから三年間、このためにできる限りのお金を貯めました。もし、パイさんに協力して頂けるのなら・・・命に換えられるものでないのは承知していますが、受け取ってもらえますか」
フェイがいよいよ申し訳なさそうな表情をするのに反比例して、パイの顔色は俄然輝き始めた。
(フェイほどの腕の、特級の、白仙が、仇を取るために三年間、貯め続けたお金・・・一体、どれくらいの金額に・・・)無意識に笑みがこぼれる。
「さあ、フェイ!すぐに部隊長に話しに行こう!」パイは勢いよく立ち上がってフェイの腕を掴むと、そのまま引き摺らんばかりの迫力で歩き出した。
「え?今ですか?・・・あの、実行委員の体には、まだ黒鎧氣が残ってますから、それを取り除いておきたいんですが・・・ヨウさんとムイさんの治療も・・・」
「あ、そう?じゃ、早く済ませてきて。グズグズしてる暇はないわよ!世界は私達の力を必要としてるんだから!」
交渉・了