交渉・7
「それって、どういう風に厳しくなるの?」
「僕の場合・・・もしも、氣の波長が殆んど合わない人と契約すれば、その契約者とピッタリくっついた状態でしか、銀衛氣は発動しないでしょう。そもそも、契約者を危険から守るのが、銀衛氣の発動の条件ですから。でも現実問題として、それでは戦えません。・・・つまり、僕の魂は本音としては、僕が戦うことを望んではいないんです」
「そうよね。あなた、白仙だもんね。・・・でも、フェイと氣の波長が似てる人って、そんなに少ないの?」
「少ないです。僕に限った話ではありません。氣の波長や性質というのは、ひとりひとりが全く違うものです。『ちょっと似ている』というレベルならともかく、少し細かく見ると・・・本当に波長が似ている人というのは、滅多にいません。・・・僕と魂の『交渉』が成立したのが、三年前です。それからずっと、契約者を探していました。街中ですれ違う人から患者まで、日々接する全ての人の氣を探りました。・・・でも、理想的な人は見つかりませんでした。・・・今日までは」フェイは一息ついて、改めてパイを見る。
「今日までは、ね」パイが無感情に繰り返してみせる。
「はい。・・・パイさんが腕を斬られて、助けに走って・・・そこでパイさんの氣を感じて・・・内心、歓喜していました。こんな所に、僕とそっくりの氣を持つ人がいたと。・・・腕を治療している間、その思いはますます強くなりました。・・・普通は、切断された腕をあんなに速くは繋げません。いかに僕とパイさんの氣の相性がいいかという証拠です」
「痛い所を突くわね・・・確かに、フェイには腕をくっつけてもらった恩があるのよね」
「あ、いやそれは、白仙の仕事ですから。・・・いや・・・でも、それをパイさんに『気にするな』という方が無理ですね」
「まあ・・・そうね」
フェイが俯く。「パイさんには、申し訳ないと思っています。ろくに説明もせずに、契約したりして・・・本当は、もっとギリギリまで・・・シバ本人と戦う直前まで、じっくりと契約者を探すつもりだったんです。氣の波長だけでなく、シバの暴挙を止めたいという気持ちがあるかとか、そういうことも含めて・・・それで候補者が見つかったら、きちんと話し合いをして、納得してもらってから契約しようと」
「それはまた、公平で正直で誠実な心掛けだわね・・・でも結局、こんな詐欺まがいの契約をしちゃって」
「面目ありません。・・・でも、やむを得なかったんです。そもそも僕が、今日の錬武祭に参加したのは、シバに繋がる手掛かりが欲しかったからで、戦うつもりはなかったんです。でも、予想より実行委員が強くて、戦わざるを得なくなって・・・銀衛氣を発動させなければ、勝てないような遣い手まで現れて・・・」
「・・・分かってるわよ。・・・ごめん。言い過ぎた。あそこで契約してなきゃ、どれだけの被害が出たか分からないもんね。・・・それにフェイにだって、もっと優秀な契約者を探す機会を失くしちゃったんだから」
「いえ、それについては・・・パイさんは、充分に優れた契約者です。パイさんだからこそ、あれだけ・・・15メートル近く離れても、銀衛氣の発動を維持できたんです。それだけじゃありません。パイさんは上級の黒仙で、警備隊員としての訓練も受けています。つまり、ギリギリまで自分で自分の身を守れる。・・・これは重要です。いくら僕と氣の相性が良くても、何の戦闘能力もない人を『錬武祭』やシバとの戦いの場に連れて行くのは、問題があり過ぎますから」
パイは、次第に追い詰められていることに気が付いた。
「あ・・・でも、確かにパイさんはこの国の警備隊員ですから・・・まずは上司に相談しなければなりませんね」
「えっ?ああ、そうね。・・・いや、フェイだって色々聞かれるわよ。だって、一人で実行委員を倒しちゃったんだから」
「ええ、まあ・・・そういうことも含めて、状況を把握してもらって・・・その上で、パイさんが次の錬武祭に参加できるかどうか、上の指示を仰ぎましょう」
「そうね・・・そうね」パイは一筋の光が差したような気がした。(ひょっとしたら、警備隊は私が他国の錬武祭に参加するのを許可しないかもしれない)
だが、すぐにそれが余りにも淡い希望だと気が付いた。
今、世界各国は概ね友好関係を維持している。そして、錬武祭の実行委員の強さは桁違いだ。対抗できる人間は限られている。
その、限られた内の一人がフェイだ。次の錬武祭がどこで開催されようと、その国はフェイの参加を望むだろう。
(・・・となるとティエン国が、私をフェイとセットにして送り出す可能性は・・・高いわよね・・・)
急に虚脱感に見舞われて、パイはユラユラと天を仰いだ。(ああ・・・青空が・・・綺麗・・・)もはや精神はすっかり現実逃避モードだ。
「・・・ねえ、フェイ」空を見上げたままで尋ねる。
「はい?」
「もし、次の錬武祭・・・私がフェイについて行かなかったら・・・仮に、警備隊も『行け』って命令を出したとして・・・それでもどうしても、警備隊を辞めてでも行かないって言ったら?どうする?」
「・・・一人で行きます」
パイは顔を前に向け、フェイを見つめた。「頑張るわねえ」
「・・・いえ・・・」
「やっぱり、シバをやっつけなきゃ、気が済まないよね」
「やっつけたいというか、・・・とにかく、僕自身の拳でぶん殴ってやりたいんです」フェイが右拳を握り直す。
パイは、ちぎれた袖から伸びた、フェイの色白で細い腕をボンヤリと眺めた。
「あなたの拳で殴られたら、大抵の人はやっつけられちゃうわよ・・・そんな細い腕して」
「・・・それはまあ、腕力はあった方が有利ですが・・・もっと大切なのは・・・」フェイの予想外のうろたえぶりが、パイは可笑しかった。
「均衡を保つこと、だったっけ?」
「・・・そうです」
「何よ。あんなに強いくせに、痩せっぽちなのを気にしてるの?」
「・・・多少は」フェイは少し照れたように、パイから目を逸らした。その視線の先々で、人々がバタバタと動いている。
ホイ・サク・カウらは枷をはめられ、ヨウとムイは白仙の治療を受けていた。
まだ興奮が冷めず、肩を叩き合ったり、抱き合ったりしている警備隊員や武術家も大勢いる。
「みんな、フェイが助けたんだよ」パイにしては珍しく、優しい言葉が出た。
しかし、フェイの顔は浮かない。「そんなつもりで、銀衛氣を身につけたんじゃありません。・・・ムイさんの言った通りなんです。僕は、白仙でありながら・・・シバを殴りたい一心で、人を傷付けるための氣を編み出したんです」
「ややこしい人ねえ・・・現実に大勢の人が助けられてるんだから、それでいいと思うけど。第一、あなたの力は『殺しちゃいけない』って条件付き・・・」そこでパイの中に、暗い疑問が湧いた。
(まだ知りあって間もないのに、こんな質問しちゃ失礼よね・・・でも、この先親しくなったら、それはそれで聞きづらいかもしれない・・・)