終章・2
娘のフォンは、今年で7歳になる。
成長するに従って、ユエの面影が濃くなるような、そうでないような・・・フェイには判断がつきかねた。
(僕は・・・フォンを冷静に見ることができていない・・・それは僕の心が、まだまだ不安定だからだ)フェイはそう思ったが、もうそんな自分を否定する気にはならなかった。
「おう、フェイ。早速で悪いんだが、この足をサクサクッと治してくれねえか?」
「ひょっとして、リンさんの結婚式のためですか?」
「そうだよ」
「別に、車椅子で出席すればいいんじゃないですか?」フェイの後ろから、レンが顔を出して割り込む。
「こらこら。その辺がお前は、まだまだ子供なんだな・・・考えてもみろ、車椅子じゃ他の連中よりずーっと身長が低くなっちまうだろ?それじゃせっかく出席しても、すぐ近くの人間の背中ばっかりで、肝心のリンが見えないかもしれんだろ?」
「全く、あんたはリン、リンって・・・結婚てのは二人でするんだよ?ちょっとは形だけでも、新郎のことを気にかけたらどうよ」パイがまた拳でウォンの頭を小突く。
「いいんだよ、新郎はどうでも・・・何たって、リンと結婚するんだぞ?もうそれだけで、美味しい所を総取りじゃねえか。何でそんな奴を気にかける必要があるんだよ。第一あいつは、あのユスィの滅龍をだな・・・」
不機嫌というよりは、不機嫌ぶっているウォンの言葉が途切れたタイミングで、今度はシュウが顔を出した。
「おうフェイ、ランさんも、フォンちゃんも。久し振り・・・あれ、ウォンさん、起きてたんですか?」
寝台の上で体を起こしたウォンを見て、シュウがほっとしたような声を上げる。
「『起きてたんですか?』だと?ほれっ、こいつはこーいうとぼけまくった奴なんだよ。その癖肝心な時には、しっかり美味しい所を持ってくんだからな。滅龍にしたって、最後の仕上げを甲圏功でしやがって・・・」
「いや、あれは本当に駄目押しというか、・・・それ以前にウォンさんを守っただけですよ。実質はウォンさんの響牙で、滅龍は死んでたんだし」
「その通りだ。でもな、あれじゃ周りで見てた連中は、俺だけが『すごい』とは思わねえ。『ウォンもすごいが、シュウもすごい』となるわけだ。最後にちょこっと出るだけで、俺と同等の扱いだぞ?」
「いや、そんなこと言われても・・・」
「御免ね・・・シュウ。こいつ、リンちゃんが結婚するのが、嬉しいのと悔しいのとでおかしくなってんのよ。まあ、こいつの台詞じゃないけど、そのリンちゃんと一緒になろうってんだから、八つ当たりを喰らうぐらいのリスクは我慢してね」
そう。リンの結婚相手というのは、実はシュウだったのだ。
ウォンの紹介でシュウとリンが初めて会った時は、シュウはただ拍子抜けしただけだったし、リンもシュウを年の離れたお兄さん程度にしか思っていなかった。
だが、何かと理由をつけてリンに会いに行くウォンに、オマケのように付いて来るシュウのことを、まずはリンのほうが好きになってしまった。
リンは年相応の好意の表現を続け、シュウもリンが成長するに従って、女性として見るようになっていった。
そして二人は結婚することになった。
(やれやれ・・・スーチャオとチェンフーもそうだが、どうもあの母娘は、素朴で誠実なタイプに弱いのかねえ)ウォンはシュウとリンの仲睦まじい様子を見ながら、小さな溜め息を何度も吐いた。
いや、それは笑いから洩れた吐息だったかもしれない。
「いや、八つ当たりだなんて、そんな・・・」
「だから、それが気に入らんのだ」
「え?」
「俺の言ってるこたあ、誰がどう聞いても八つ当たりだ。なのに何故お前は、
『怪我人が八つ当たりで余計な体力使ってんじゃねえ』とか、そのぐらいの返しができねえんだよ」
「いや、それはちょっと・・・普通は『八つ当たりはよせ』程度じゃないですか?」レンが首を傾げながら割り込む。
「うむ。ま、それでも構わんが、そもそも、未だにお前は俺を『ウォンさん』と呼ぶだろうが。お前、俺と組んでから、何年になるんだ?」
「その・・・9年です」
「だろ?その間、俺はお前を随分助けたが、俺もお前に随分助けられた・・・その上お前は、リンと一緒になるんだ。もう充分に、俺と同等なんだよ。それが一々、『さん』付けなんかしてんじゃねえ・・・いいか、リンとの結婚はいい機会だから、今後俺と話す時は、フェイと同じノリで話せ。・・・でないとこっちも肩が凝ってしょうがないんだよ」
ウォンは一気に喋ると、窓の外を見て「へへっ」と照れ笑いをした。
「ねえ、あんたさ」パイがウォンの肩に手を置く。
「・・・何だよ」ウォンが不自然な角度で窓に顔を向ける。
「・・・いつから肩が凝るようになったの?年取ったわねえ」
「そっちかよ。・・・そりゃ年だって取らあな。リンが結婚するような年になったんだからな」
「そうだよね」
「そうだよ・・・だからフェイ、この足を治してくれ。いや、辛うじてでも歩ける程度に治りゃ、御の字だ」
「えっ?・・・いや、しかし・・・その手の怪我を、白仙の氣で強引に治してしまうと、ウォンさん自身の治癒力を下げてしまいます。特にウォンさんは、前にもシバとの戦いの直前に、同じように響牙で痛めた足を、突貫治療で治してますから・・・」
「あ、いいのいいの!どうせ響牙なんて滅多に使う技じゃねえし。怪我を一気に治さなきゃならん事態なんざ、今後はそうそう無いだろうし」
「やれやれ・・・分かりました。本当に今回だけですよ。レン君、ランも、ちょっと手伝ってください。なるべくウォンさんの自己治癒力を低下させないようにしたいので・・・」
「はい」
「分かったわ」
フェイとレンとランが、腕まくりをしながらウォンの寝台に歩み寄る。
「あの・・・それで、ここの病院の人に、相談しなくていいんですか?」ジンがおずおずと口を挟む。
「・・・そうでした」フェイが自分で自分の頭を小突く。
「駄目じゃない、お父さん。うっかりした大人ばっかりだと、苦労するよねえ、ジン君」フォンがお増せな表情全開で、首をゆらゆらと振った。
しかしやはりフェイとしては、無理に怪我を早く治すことで、ウォンの自己治癒力を低下させたくなかったので、ギリギリまで腰を据えて治療することにした。
勿論、その間ずっとペイジ国にいたのでは、サントン国で行われる結婚式に出席できないので、フェイはウォンの帰国に同行して治療を続けた。(どの道フェイも、結婚式には出席する予定だった)
結局ウォンは、シュウとリンの結婚式前日までフェイの治療を受けて、何とか自力で歩ける程度にまで回復した。
だが、歩けるようになったらなったで、心なしか足が重い。
(いや、重いのは・・・俺の心だ)
結婚式当日。
式場へ向かう車の中で、ウォンは珍しく黙って考え込んでいた。
「ちょっとあんた、いつまでもグズグズしてると、みっともないわよ?折角のお祝いなんだから、喜ばなきゃ」パイが車を運転しながら、沈みがちなウォンにハッパをかける。