希望・3
「おいおいラウの旦那、簡単に言ってくれるじゃねえか!こんな化物・・・」
「『風刃脚』のウォンなら簡単でしょう?」
「うっ、そりゃ、まあ・・・」
「じゃあ行きましょう、ウォンさん!」レンが叫びながら、背中の翼を伸ばす。
「あーっ、分かったよ!じゃあレン、お前は上から撃ちまくれ!俺は下からだ!」
「了解!」
空高く舞い上がったレンは、滅龍の頭上に氣弾の雨を降らせる。
滅龍がレンを追おうとして顔を上げると、ウォンが地上から風刃脚を連射する。
また滅龍が地上に意識を向けている間に、レンは移動して氣弾を放つ。
その間に作業員は機材の調整を終え、空中にはラウの立体映像が浮かび上がっていた。
「よし・・・ではっ」ラウは九節鞭をしまって扇を取り出すと、胸の高さで真っ直ぐに腕を伸ばした。
(何事だ・・・?)
ユスィの術で氣を抜き取られて、身動きできない観衆の注目が、ラウの立体映像に集まる。
ラウは観衆の意識が自分の映像に集まったと見るや、伸ばした手に持った扇をサッ!と開いた。
その動きひとつで、観衆の呼吸の拍子が揃う。
ラウは続けて、ゆっくりと扇を高く掲げ、滑るように旋回し、伸び、屈み・・・ゆったりとした暖かい拍子を刻んだ。
その舞を観ていた観衆の呼吸は、ゆったりと深く、静かに紡がれ、心は暖かな意念で満たされていく。
そして・・・観衆の丹田で、新しい氣が練られ始めた。
「すごい・・・!」フェイは、舞ひとつで観衆の呼吸が制御され、氣が練り上げられ、体力が回復していくさまを見て、目を丸くしていた。
「う・・・声が・・・出るぞ」
「体が・・・動く・・・立てるか・・・」
次第に客席にざわめきが広がり始める。
「よしっ・・・そろそろいいでしょう。レン君!ちょっとこっちに来て、手伝ってください!」
「あ・・・はい!」
「おいっ!じゃ、俺一人でこいつの相手をするのか?」
「そうです。あなたにしかできない仕事でしょう?」
「そりゃまあ、そうだが・・・」ウォンは釈然としない表情をしながらも、小刻みに移動して滅龍に的を絞らせず、風刃脚を連射して注意を自分に向け続けた。
「しかしまあ・・・殆んど全弾当たってるのに、あの化物ときたらダメージがあるんだか、無いんだか・・・自信無くすぜ」
「さて・・・レン君。今、観衆の氣はかなりの勢いで回復してます。それらを・・・ここから避難できる程度の体力を残して、回収してください」
「え?・・・こんな大勢の氣を?」
「はい。あなたの力なら、できる筈です」
「分かりました。・・・それじゃ」
レンは客席に向かって両掌を突き出すと、意念を集中させて観衆の氣と同調した。
「んっ・・・」静かだが重い気合いを発し、両掌を空に向けて伸ばす。
すると、客席から・・・おびただしい数の橙色の光が、空に向かって放たれた。
「そう、その調子で・・・じゃあ次は、その氣をひとつにまとめて、私の立体映像にぶつけてください。この氣は・・・『希望』という意念で統一されていますから、君の力ならまとめられます」
「はいっ・・・」レンは静かに目を閉じると、頭上で何か柔らかいものを捏ねるように、両掌を旋回させた。
すると空中に浮かぶ橙色の光の大群が、渦を巻きながらひとつにまとまり始めた。
「そう・・・上出来です・・・」ラウは呟きながら華炎を操り、扇に凝縮させ始めた。
「ラウさん、そろそろ・・・」レンが目を開けて、ラウを見る。
「ええ、お願いします」ラウが扇を構える。
「ええーいっ!」レンは気合い一閃、くるりと振り返って背後のラウの映像に向かい、両腕を振り下ろした。その動きに合わせるように、橙色の光がひとつになってラウの映像めがけて飛ぶ。
「哈あ・・・っ!」ラウも気合いを発し、華炎を込めた扇を自分の映像に投げつけた。
空中でラウの映像と、観衆の氣と、扇がひとつになって・・・燃え上がる。
その、橙色の炎の中から・・・鳳凰が現れた。
「馬鹿なっ・・・私が、命を賭けて編み出した術を・・・たった一度見ただけで、真似たというのか・・・?」ユスィは空を見上げ、呆然としていた。
「真似と言えば真似ですが、それ以上に『便乗』と言ったほうが正確ですね。観衆には、あなたの術の影響が残ってましたから・・・舞によって、呼吸と意念を制御されやすい状態だったんですよ。しかし、これで分かったでしょう?世の中は広いんです。技術的なことに関しては、あなたにできることは、他の誰かにもできるんです。そして、上には上がいて、相性の問題ということも含めて考えれば・・・唯一絶対の最強など、あり得ないんです。例えあなたが滅龍の完全体となっても・・・必ず、あなたを倒せる力を持った誰かが現れます。・・・シバが倒されたようにね」
ラウは淡々と語りながら、舞台に両手を着き、肩で息をしていた。彼もユスィ同様に、術で体力の殆んどを失っていたのだ。
「ラウさん、あの鳳凰は・・・」レンが片膝を着きながら、ラウに訊ねる。彼もかなりの体力を消耗したが、地力が桁違いなのでラウほどの疲労は感じていなかった。
「大丈夫です。あの鳳凰は・・・いや、鳳凰と呼ぶには少々力不足ですね。『炎雀』とでも名付けましょうか。・・・炎雀は、私を食べて完全体になろうなどとは考えません。滅龍と戦って、倒す・・・そのためだけに、動く。そういう風に調整しましたから。それよりもレン君、すぐにフェイさんの所へ行って・・・作業員に頼んで、観衆の避難誘導をしてもらってください。それからあなたも、少しでも体力を回復してもらいなさい」
「分かりました。ラウさんは・・・?」
「私は大丈夫です。暫くは炎雀が頑張ってくれる筈ですから」
ラウの言葉通り、炎雀は滅龍の周囲を疾風の如く旋回し、隙を見るや死角からの体当たりを繰り返した。スピードでは、炎雀に分があるようだった。
レンはフェイのもとへ飛び、すぐに作業員が拡声器で避難の誘導を始める。
その指示を仰ぐまでもなく、観衆は滅龍と炎雀の戦いに肝を潰し、逃げ出し始めていた。
ただ、体力がギリギリしか回復していないので、出口に人が殺到して事故になるようなことはなかった。
そこへ避難誘導の指示がタイミングよく降って来たので、あっという間に客席は空になってしまった。
その間にも、炎雀と滅龍の戦闘は続いていた。炎雀は手数では圧倒していたが、残念ながら滅龍と比べると地力が低かった。
ラウとレンの術がユスィの見様見真似で不完全だということもあるが、何よりも炎雀を構成している氣は、一度は滅龍を作るために氣を根こそぎ奪われた観衆から、いわば無理矢理に絞り出したものだというのが大きかった。
炎雀の体当たりを受け続けて、滅龍は確実にダメージを蓄積していたが、炎雀もまた滅龍と同等か、或いはそれ以上のダメージを負っていた。
だが、そんなことはラウも承知していた。
「ラウさん、これって・・・炎雀じゃ勝てませんよ。どうしますか?」レンがラウの側に飛んできて訊ねる。もう体力は殆んど回復したようだ。
「いい所へ来ました。レン君・・・そろそろ頃合です。フェイさんを抱えて、滅龍の側まで飛んでください」
「え?」