希望・2
「それだ・・・その余裕が、偽善だと言うんだ!」
「そう・・・ですか。しかしね、今は・・・本当に、あなたを助けるつもりはありませんでした」
「何だと?」
「発動した呪術が、術者に返ってくるというのは・・・よくある話です。しかし、あなたは・・・あの龍を、最初からあなたを襲わせるために作ったような・・・気がするんです。これは推測ですが、ひょっとしたらあの龍は、まだ不完全なのではありませんか?」
「・・・その通りだ。あの『滅龍』は・・・私の体を喰らって、初めて完全体となる。今のままでは・・・まだその存在自体が不安定なのだ。何しろ三万人分もの氣を寄せ集めて作った龍だからな。力こそ巨大だが、常に崩壊と隣り合わせだ。だから・・・私の血肉をもって、その存在を確かにする必要があるのさ」
「やはりね・・・しかし、そんなことをすれば、あなたも死んでしまいますよ?」
「構わんさ。滅びるのは肉体だけだ。私の魂は、滅龍の中に生き続けるのだ。分かるか?私はこの体を滅龍に捧げる。その代わりに滅龍の体を手に入れるのだよ。私は、地上最強になるのだ!」
「・・・それで、どうしようと?」
「知れたことよ。この世を破壊するのだ。破壊し、滅びゆくさま・・・それこそが美だ。それこそが真理だ!その手始めとして・・・シバ殿を倒したお前達を、真っ先に血祭りに上げるのだ!」
「そのために・・・私達に招待状を寄こしたんですか」
「そうさ・・・分かったら、そこをどけ!私が滅龍として生まれ変わるのを、邪魔するな!何よりも・・・美の追求を邪魔するな!」ユスィの体を、紫鱗氣が陽炎のように覆っていた。
彼は極度の興奮状態にあったが、意外にもその目に狂気は宿っていなかった。
ユスィは・・・あくまでも理性的なままで、世界を滅ぼそうとしていた。
「どけと言われて、どけるような状態じゃありませんよ」
「ふん、やはりな・・・お前は偽善者だ。芸術家でありながら、美の追求よりも、救世主気取りで皆からちやほやされることを望んでいるんだ!」
「ま、正直それもありますがね・・・それ以上に、こんな『美しくない』行為は見過ごせないんですよ」
「何だと?戯言を・・・絶対強者による破滅だぞ。究極の美ではないか?」
「だから、そんなのは美じゃありません・・・ウォンさんも言ってたでしょう?誕生と滅亡。その循環の中に『美』があるんです。どちらか片方だけでは、駄目なんです・・・あなたのやろうとしていることは、ただ破壊するだけでしょう?その中に一筋の希望がなければ、それは美ではない・・・そもそも、あなたの行為は・・・ただ捨て鉢なだけです」
「黙れ!お前に何が分かる!お前などよりもずっと、美を理解している者が、いくらでもいるというのに・・・」
「それは、サイシャンやホンシンのような連中のことですか?」
「!何故それを・・・?」
「いやね。彼らの姿が招待席に見当たらなかったので、ピンと来たんですよ。彼らはあなたの熱心な後援者だというのに・・・気の毒ですが、恐らく彼らは・・・あなたの理解者ではありません」
「何故っ・・・そんなことが言える?」
「あなたの術には、この劇場にあるような巨大な投影玉が必要です・・・だがあなたの実績では、正直言ってまだ、この規模の会場での独演は少々荷が重い筈です。観客は何とか集まりましたが・・・あのまま普通に続けていたら、観客を失望させていた可能性が高い」
「何だとっ・・・」
「興行に関わる者なら、誰でもそう思う筈です・・・だがあなたは、豪商のサイシャンや役人のホンシンのような連中の後ろ盾を得て、公演を成立させた。恐らくあなたは、『滅龍』を作り出す計画を、彼らに話したのでしょう・・・その上で彼らは、あなたに協力してくれた。だからあなたは彼らのことを、よき理解者だと思い込んだ。違いますか?」
「・・・その通りだ」
「残念ながら、それは誤解です。私もあの連中に会ったことがありますが、美の本質がどうとか、そんなことを考えるような輩じゃありません。・・・彼らの一番の興味は、金です」
「金?何故そこで、金が出てくる?」
「考えてもみて下さい。軍隊が無くなってからこっち、もう何十年も・・・国家単位での大きな争いはありませんでした。そんな中で、文化や文明は高度に成長し、成熟しつつあります。経済もそのひとつです・・・が、成熟し切った経済というのは、極端な儲け話が出にくいんですよ。サイシャンやホンシンの親は、軍需産業や戦後復興などでのし上がった人達です。その二世である彼らが、今の世でぼろ儲けしたいと思ったら、何をしますか?」
「まさか・・・それじゃ・・・」
「そう。破壊の後の再生・・・そこには必ず儲け話があります。かと言って、今更軍隊を再編成したり、戦争を仕掛けたりするのは色々な意味で経済効率が悪い。そこへあなたの計画が舞い込んできた・・・彼らが求めているのは、究極の美なんかじゃありません。復興事業による特需です」
「そんな・・・あいつらは・・・」ユスィはがっくりと肩を落とした。
だがすぐに顔を上げて、ギリギリと歯噛みをすると、ラウの背中に叩きつけるように怒鳴り始めた。
「ならば、あいつらは・・・私が滅龍となっても、自分達だけは助かると思っていたのか?私は、全てを滅ぼすつもりでいたのに・・・いや、それ以前に、全てを滅ぼすより前に、私は倒されるとでも・・・再び復興が叶う程度の破壊しかできないと・・・私は、そこまで見くびられていたのか?そしてラウ、お前もまた、そう思っているのか?」
「そうです。その点については、私もサイシャンやホンシンと同じ考えです・・・例え滅龍が、あなたの体を得て完全体になったとしても、全てを滅ぼすのは無理です。ましてや、今の滅龍なら・・・私と、レン君と、フェイさんとウォンさんだけでも倒せます」
「舐めるなっ・・・この私が命を賭けて編み出した、この術を、滅龍を・・・倒すだと?最強の龍を?」
「だから、最強じゃないんですよ。強いのは確かですけどね・・・フェイさん、あの、投影玉を制御する作業員・・・投影玉の側で転がっている人達を、動けるようにしてもらえませんか?」
「えっ?あ・・・はい」フェイはすぐに舞台のそでへ走り、虚ろな目をした作業員の背中を摩ると、神道穴・至陽穴・命門穴に点穴して氣を補う。
「う・・・」体が動くようになった作業員は、頭を押さえてのろのろと立ち上がると、空中の龍を見上げて「わっ」と叫び、逃げようとした。
それを見たラウが慌てて叫ぶ。
「ちょっと待ってください!私を・・・私の舞を、映してください!」
「えっ?・・・しかし、私一人では・・・」
作業員がしどろもどろになっている間に、フェイは立て続けに三人の作業員を動けるように回復させていた。
「一人じゃありませんよ。できますね?」
「あ、う・・・はい」ラウの気迫に圧されて、作業員達が機材を再起動させる。
「よしっ・・・じゃ、ウォンさん、レン君。一分でいいですから、私が舞っている間、滅龍を引き付けておいて下さい」