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グレイソウル  作者:
140/148

希望・1

 フェイ達は控え室から観客席に移動し、開演を待った。

 ウォンが「怪演」などと揶揄したものの、秋晴れの空には爽やかな風がそよぎ、怪しさには程遠い風情だった。


 間もなく開演時間になり、ユスィが剣を持って舞台に現れると、観客席から津波のような歓声と拍手が起こった。

 ユスィは一礼をすると、さっと剣を頭上に掲げる。

 それを合図に、二胡が物悲しい旋律を奏で始める。

 ユスィはゆったりとした動きの中に、変則的な拍子を忍ばせながら舞った。

 ユスィの剣が空を切る度に、ある者は怒りを、ある者は焦りを、またある者は無力感を感じていた。

 ユスィは観客のそんな感情を、掻き混ぜるように剣を旋回させた。

 もしくは観客を見下ろすように高く跳び、或いは混乱させるかのように目まぐるしく移動した。


 その圧倒的な動きに、観客の心は次第に「諦め」へと収束されていった。

 このままでは、観客は何かを「感じる」ことさえ諦めてしまう・・・そんな時に、けたたましい銅鑼の音と共に、ユスィの動きが変わった。

 先刻までの緻密で理性的な動きに比べて、ずっと荒々しく、より感情に訴えるような動きだ。

 ユスィは激しく脚を踏み鳴らし、爆ぜるように突きを繰り返して宙を刺し続けた。


 観客はユスィの動きに同調して、呼吸が激しくなり、チクチクと棘のある氣を練り始めた。

 その氣は「諦め」に染まりかけていた心を、向けるべき対象のはっきりしない、漠然とした「怒り」へと変化させていく。

 観客の「怒り」が高まったと見たユスィは、舞台の中央に立ち、剣を天高く掲げながら、歌うように何かの呪文を唱え始めた。


「・・・いけない!フェイさん、ウォンさん、レン君・・・目を閉じて、耳を塞いで!」ラウが叫ぶ。

「え?」ユスィの動きに見とれていたウォンが、夢から覚めたような顔でラウを見る。

「あの、今からでも術を止めることは・・・」レンが叫ぶ。

「無理です。殆んどの人は、もう八割がたユスィの術に掛かってますから・・・ここでユスィを止めて術を中止させたら、精神にどんな影響が出るか分かりません」フェイが両手で耳を塞ぎながら返す。

「そうです。だから・・・せめて私達だけでも、正気を保っておかないと」そう叫ぶラウは、もう目も閉じていた。


 ユスィの声は一段と激しさを増し、それと反比例するように客席の生氣が失われていくようだった。

 突然、客席のあちこちが、紫色に光ったかと思うと・・・その光は氣弾の如く空を飛び、ユスィに・・・いや、投影玉によって空中に結ばれた、身長20メートル近い・・・掲げた剣も加えると、30メートル近い高さの、ユスィの立体映像に降り注いだ。

 光は映像に当たると、平らに広がって鱗のようにへばり付く。

 それは・・・ユスィの舞によって、観客が「練らされた」紫鱗氣だった。


 フェイ、ラウ、ウォン、レンの四人を除く、観客や作業員、それに劇場の外から映像を見ていた者達、その数三万と少しの人間の全てが・・・持てる氣の大部分を紫鱗氣に変換され、抜き取られていた。

 客席からは続々と氣弾の一斉射撃のように、おびただしい数の紫色の光が放たれ、ユスィの立体映像に降り注ぐ。

 いや、もはやそれはユスィの形をしてはいなかった。

 それは・・・巨大な龍の形をしていた。


 ほどなくして紫鱗氣の回収が終わると、客席は氣を根こそぎ奪われて、立ち上がるどころか声も出ない者達ばかりで埋め尽くされた。

 頃合やよしと見たユスィは、おもむろに剣で自らの掌を浅く斬り、刃に血を付けた。

 その剣を「吽!」という気合いに乗せて、上空の紫色の龍に向かって投げつける。

 剣は引き寄せられるように龍に命中し、その体内に吸収された。

 すると龍の紫色の輝きが鎮まり、その体表は血が固まるように黒く硬質化していった。

 それはもはや立体映像などではなく、完全に実体化した・・・体長30メートルはある、一匹の龍だった。


「どうやら、術は一段落したようですね・・・」ラウが目を開けて呟く。

「おおっ・・・お?何だありゃ?」ウォンが空を見上げて叫ぶ。

「たくさんの氣が集まってると思ったら、あんなものが・・・」レンも目を丸くしている。さすがの彼も、これほど大量の氣を一人で扱ったことはなかった。

「ユスィは・・・観客の心を不安と怒りで揺らしながら、最終的に『破壊衝動』という形で統一し、紫鱗氣を強制的に練らせて回収し、自分の映像を憑代にして龍を作ったんですね・・・投影玉の立体映像は、金氣の塊だから安定性も高いし、自分の映像なら意念も込め易い・・・」

 フェイは分析をしながら周囲を見渡し、途方に暮れていた。

(まずいな・・・僕達以外はみんな、かろうじて意識はあるものの、息をするのがやっとの状態だ。もしあの龍が暴れ出したら、避難のしようがない・・・回復させようにも、この人数じゃ・・・)

 

 そんなフェイのネガティブな期待に応えるように、龍は「ギィ・・・エ・・・ッ」と吼えながら、口を大きく開いて地上に突撃した。

 だが、その向かう先は・・・こともあろうに、その龍を作り出したユスィ本人だった。

 当のユスィは逃げようともせず、薄笑いを浮かべて龍を待っている。


「いけない!」ラウが客席から飛び出し、華炎を発動させながらユスィのもとへ走る。

 どん、という地響きと共に、ウォンの氣勢が上昇し、旋風が巻き起こる。

「おおおっ!」ウォンは高く跳躍すると、体を風車のように回転させながら、龍目がけて風刃脚を連射した。

「カアッ・・・哈ァ!」レンも両掌を突き出し、氣弾を連射する。

 ウォンとレンの援護射撃のお陰で龍の動きが止まり、その間にラウはユスィの前に立つことができた。


 すかさずラウは懐から二条の九節鞭を取り出し、華炎を嵐のように巻き上げながら振り回す。

 すぐにウォンとレンがラウの両脇に立ち、華炎の陰から風刃脚と氣弾を連射して援護する。

 さすがの龍も、これでは顔からユスィに突っ込むことはできない。

 飛び道具を持たないフェイは龍を攻撃できないので、とりあえずユスィの傷を診ようとして肩に手をかけた。だがユスィは激しい身震いをして、フェイの手を振り払う。


「離せっ・・・何をする、ラウ!お前は・・・いつもそうだ。昔から・・・いつも、私の前に立ちはだかって・・・私の邪魔をして・・・その癖、気紛れに手を差し伸べたりするんだ。今だってそうだ。私を助けに来たつもりか?感謝でもしろと言うのか?それが余計なお世話だと言うんだ!」

 ユスィはこめかみに青筋を立て、震える声で怒鳴った。両膝を地に着き、肩で息をしている。彼自身も術で体力を使い果たし、その場から動けないのだ。

 ・・・ユスィの握り締めた左拳から、血が滴り落ちる。


「それは違いますね。私は・・・誰かの前にも、後ろにも立ちません。ただ自分の道を歩いていくだけです。その道程で、誰かとすれ違うことはよくありますがね。あなたもその一人です・・・別に、手を差し伸べたことはありません」

 ラウは九節鞭を操り、龍が襲ってこないように牽制しながら、淡々と語った。

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