招待・3
饅頭を食べ終わった四人は、ユスィの控え室を訪ねた。
・・・ウォンだけは、6個目の饅頭を齧りながらの訪問だった。
ラウが控え室の扉に手をかけると、ウォンは慌てて「あ、ちょっと待ってくれ、ラウの旦那。もうすぐ全部食い終わるから・・・」と、ラウを制した。
ラウはその言葉を無視して扉を開く。
そこに・・・大きな鏡を背にして、花束や贈呈品に囲まれた・・・ユスィが立っていた。
細面で、やや険しい表情だが、基本的には甘い顔立ちをしている。
身長はウォンやレンと同じぐらいか。
ゆったりとした紫色の服・・・ぱっと見には、黒と見紛うほどの濃い紫の服・・・を、着ている。
その髪も、目も、服と同じように、限りなく黒に近い紫だった。
「ようこそ・・・お久し振りです。来てくださると思ってましたよ、ラウさん」
ユスィは険しい表情を一変させて、穏やかな笑顔になると、軽く会釈をして四人を部屋に招き入れた。
「むぐむぐ・・・ふう。花でいっぱいだな・・・お、樽酒もたくさんあるじゃねえか・・・あーっ、これ、この酒。ラウの旦那が送ったのか?名前が書いてあるぞ!」
「・・・そうです」
「おいおい、いい酒じゃねえか。ちょっと景気づけに飲まねえか?どうよ、ユスィさん?」
「ちょっとウォンさん、いくら何でもそれは・・・」レンが困ったような顔でたしなめる。
「いいじゃねえか。こういう澄ました顔の男の本音を聞き出すには、酒を飲ませるのが一番手っ取り早いんだよ」
「・・・え?」
「この、招待状にくっつけた氣・・・何のつもりでこんな真似をしたのか、普通に聞いても正直に答えちゃくれねえだろ?」ウォンは口の端についた餡を舌先で舐めながら、招待状を見せた。
「ああ・・・その氣ですか」
ユスィは笑顔を崩さないままで、右掌を胸の前に上げた。
その掌が、ぼうっと黒ずんだように・・・闇に沈むような、濃い紫色の氣を発した。
その氣からは、黒鎧氣とそっくりな・・・臭いがした。
「おっ・・・」
ウォンの顔から軽さが消え、フェイの表情が固くなった。
ラウは無表情なままだ。
「これは・・・私が編み出した、紫鱗氣です。お察しの通り・・・シバ殿の黒鎧氣を、大いに参考にして作ったものです」
「・・・シバ殿?」フェイが眉をひそめる。
「はは・・・いや、私自身はシバ殿とは面識はありませんがね。だからこそ、あなた達に・・・シバ殿本人を、その黒鎧氣の真髄と触れ合ったあなた達に、この氣を・・・そして、今日の舞を観てもらいたかったんです・・・しかし、四人しかいらっしゃらないようですが・・・」
「女性二人は、来ねえよ。あと、シュウは・・・来るかどうか、分からん」
「そうですか。それは残念です」
「そんなことより・・・あなたは何故、こんな氣を作ったんですか?」フェイが詰め寄る。
「何故?何故も何も・・・作らずにはいられなかったんですよ。真理を追求する者としてはね」
「真理?」ラウが無表情なままで呟いた。
「はい。・・・私にとっては、それは・・・美しさです。美しいものこそ、真理です」
「それと黒鎧氣と、どういう関係があるってんだ?」ウォンが、ラウの送った樽酒の前に立ちながら訊ねる。
「大有りですよ。黒鎧氣こそ・・・いや、シバ殿こそは、人間の真理です。美そのものです」
「ほう?」ウォンは全く納得できていないような声を出しながら、樽の上30センチほどの空間を右足で蹴り抜いた。その蹴りは小さな風刃脚で、樽の蓋にビッ、とヒビが入った。
「分かりませんか?あの方の生き方は、美の極致・・・滅びの美学、そのものです。そう・・・滅びの中にこそ、美が、真理があるのです」
「滅びの美学、ねえ・・・ま、そーいうことを考える連中がいるってのは、分かるよ。俺の趣味には合わんがね」ウォンは首を振りながら、棚をごそごそと探り、盆と五つの杯を用意した。
「それは意外ですね・・・ウォンさんは、武術家なのでしょう?」
「おいおい、武術家だからって、みんながみんなぶっ壊すのが大好きってわけじゃないんだぜ。お前さんの大好きなシバにしたって、壊すっていうよりは、強い奴とガチでぶつかるのが好きって感じだったしな」ウォンは盆の上の杯に、柄杓で樽酒を注ぎながら言った。
「そんなことは、些細なことです。シバ殿の嗜好がなんであろうと、あの方の行動は、滅亡へと向かっていた・・・」
「だから、あいつ自身も滅んじまったろ?そーいうのは、俺の性に合わんよ。そもそも滅びってのは、滅びだけじゃ成立しねえからな」
「ほう?それはどういう意味ですか?」
「世の中ってのは、誕生したり、死滅したり・・・その繰り返しだ。その循環こそが、お前さんの言う真理とか、美しさってもんだ・・・滅びってのは、その中の一欠片に過ぎんよ」
「・・・面白い人ですね」
「そりゃどうも・・・感心してもらったところで、お近づきに一杯」ウォンは盆の上の杯をひとつ取ると、ユスィに差し出した。
「これはこれは・・・有り難く頂戴します」ユスィは杯を受け取ると、うやうやしく頭上に掲げた。
「おう、ちょいと待ってくれよ・・・フェイ、レン、ラウの旦那も・・・」
ウォンは手早く杯を配り、自分も杯を手に取る。
「じゃ、ユスィ氏の舞台の成功を祈って、乾杯っ!」ウォンは乾杯の音頭を叫ぶと、真っ先に酒を飲み干した。
全員が杯を空け、卓の上の盆に戻してから、ラウが静かに口を開く。
「ま、何にせよ・・・舞台を観にいらしたお客様が満足されるなら、それでよしです。今のあなたには、それだけの力があります」
「あなたにそう言って頂けるとは、恐縮です・・・私は、あなたを目標にして研鑽を積んできたんですから」
「それは光栄ですね。しかし、私を目標にしながら『紫鱗氣』などを編み出すというのは、少々矛盾していませんか?」
「それはそれ、これはこれです・・・私にとって、ラウさんは目標ですが、シバ殿は心の師です」
「それはまた、大層な・・・」フェイが呟く。
「そんなことはありませんよ。錬武祭が開催された年・・・私は、できることならシバ殿にお会いして、黒鎧氣を分けてもらいたいぐらいでした。それなのに、あなた達がシバ殿を倒してしまって・・・」
「そりゃ、悪いことをしたかな」ウォンが混ぜっ返す。
「いや、あれはあれで・・・一瞬の強い輝きの後に、儚く消え去る・・・これは滅びの理想的な形です。あなた達はその演出に、一役買ってくれました」
「そんなつもりは無かったんですがね」フェイが少し不機嫌な顔になる。