招待・2
「ふん・・・シバが絡んでるってわけじゃ、ないよな」
「それはありません。シバは・・・7年前に、流刑先で死にました。僕も・・・奴のミイラ化した死体の映像を見ましたから」
「うーん、安心していいのか、悪いのか・・・シバ以外にも、こんなつまらん氣を練る奴がいるってことなのか・・・」
「まあ何にせよ、妙な事件が起こらなければそれで良し、なんですがね」
「そうそう。仮に何か起こったとしてもだな、ラウの旦那は無理して怪我したりしねえでくれよ?来週には、大舞台が控えてんだからな」
「分かってますよ。他ならぬ、ウォンさんの大事な大事な女性の結婚披露宴ですからね。しっかり舞わせてもらいますよ」
「そうそう。それでこそ、リンの門出を祝うに相応しいってもんだ」
そう言いながら、ウォンはじわりと涙目になっていた。
そう。ウォンが子供の頃から好きだった、スーチャオ・・・彼女はウォンの親友のチェンフーと結婚し、その一人娘のリンは、ウォンにとって特別な女性となっていた。
そのリンが、来週の末に結婚する予定だったのだ。
「まあ、私としては気合いも入るというものです。何しろ、リンさんのお相手は・・・」
「すいません、遅くなりましたー!」ラウの言葉の半ばで、少し息を弾ませながら駆けてきたのは・・・レンだった。彼は24歳の立派な青年に成長していた。
フェイに負けず劣らずの、細身に女性的な顔立ちだが、身長はウォンと並ぶぐらい・・・つまりフェイよりずっと高くなっていた。
そんなレンは今、白仙としてフェイの診療所で働いていた。
「遅くはありませんよ。時間ぴったりです・・・君こそ大丈夫ですか?昨日はずいぶん遅くまで診療所にいたんでしょう」
「大丈夫です。その分ちゃんと寝ましたから・・・それで時間ギリギリになっちゃいましたけど」
「ははっ、気にするなって。年寄りは朝が早いのさ」
「ちょっとウォンさん。私達三人共年寄りにするつもりですか?」ラウが口を尖らせる。
「お、自分だけ若いつもりか?これだから、見られる商売をやってる奴は嫌だねえ。悪あがきも度が過ぎると、みっともないだけだぜ」
「いやしかしウォンさん、僕達はまだ、夜になかなか眠れないとか、朝早くに目が覚めてしまうといったような老人特有の徴候が出るほど老けてはいませんよ」フェイが真顔で返す。
「いや、そんな風に正論を言われるとちょっと・・・」ウォンは苦笑しながら少したじろいだ。
「あの、ところで・・・シュウさんは来ないんですか?」レンが訊ねる。
「ん?シュウか。あいつは・・・多分、来ないんじゃないかな」ウォンが首を傾げながら答える。
実はシュウは今、ウォンの事務所で一緒に働いていた。実質は共同経営者と言ってもいい。
シュウは、シバとの戦いが終わって、ウーミィ国の病院を退院してから・・・ペイジ国に一時的に帰国して、正式に警備隊を辞めた。
それからシュウはペイジ国を出て、当てもない旅を続けた。
ユエのことだけではない。シバに殺された機動部隊の仲間のことも含めて、警備隊にもペイジ国にも、彼にとっては辛い思い出が多過ぎたのだ。
ランも・・・シュウについていくことは、叶わなかった。
過去を捨てることはできない。だが一時的にでも、辛い過去から距離を置きたいと、シュウは思ったのだ。
そうして半年ほどあちらこちらを彷徨っている内に、シュウはふと、ウォンとの小さな約束を思い出した。
シバとの戦いの最中に交わした・・・リンという女性を紹介してもらう、という約束だ。
いや、正直リンという女性自体はどうでもよかった。
ただ何か口実を見つけて、ウォンに会いたくなったのだ。
サントン国を訪れたシュウは、ウォンからリンを紹介されて・・・まだ、9歳になったばかりだった・・・少しだけ騙されたような気分になり、そしてそれ以上にウォンの懐の深さを見せつけられたような気分だった。
それ以来、何となく馬の合ったウォンとシュウは、組んで仕事をするようになった。
風刃脚を始めとした高い攻撃力を持つウォンと、鉄壁の防御を誇る甲圏功のシュウは、いいコンビだった。彼らに追われる犯罪者にとっては、正に疫病神が一人増えたようなものだった。
ウォンは、招待状をヒラヒラと振りながら続けた。
「シュウにもこいつが送られてきてね・・・まあ、気にはなってる筈なんだが、シバが生きてる筈もないしな。今更こんな・・・陰気臭い『氣』を持つ奴と関わりたくないって気持ちのほうが、強いだろうしな」
「・・・そうですね」
「で、ウチの事務所の経理部長が、気を利かせてね。今日、ペイジ国に入国する隊商の護衛の仕事を取ってきて、シュウに押し付けたんだよ」
「・・・へえ?」
「もう、そっちの仕事は一段落付いてる筈だから・・・隊商にギリギリまで付き合って、ちょっとでも高い料金をふんだくるか・・・経理部長としちゃ、それが一番だろうがな。それとも、久し振りに故郷をぶらぶらして帰るもよし、こっちに来るんならそれもよし。あとはシュウの気持ち次第だ」
「そうですか・・・」
「そういうレンは、特にわだかまりみたいなのはねえのか?」
「僕は・・・久し振りに、みなさんと会いたい気持ちのほうが強かったから・・・それに、この氣は・・・シバのものじゃありませんし」
「ふうん、前向きだねえ。若いってのはいいねえ」
「だから、変なところで年寄りぶるのは止めましょうよ」ラウがまた口を尖らせる。
「いや、別にそんなつもりはなかったんだが・・・何だい、最近老けたって自覚でもしてるのか?」
「してませんよ。・・・それより、そろそろ行きましょうか」ラウが劇場のほうに向かって歩き出した。
「えっ?おいおい、まだ開演まで、大分時間があるぞ」
「いや、だから・・・ユスィさんの控え室に、挨拶に行くんですよ。私は彼とは一応知り合いですし、同業者ですし、招待されたわけですし・・・」
「あ、それでこんな早い時間に待ち合わせたの?フェイは知ってた?」
「・・・あ・・・はい」
「しょうがねえな。俺はてっきり、開演前にみんなで飯でも食いに行くもんだと思い込んでたから・・・参ったな。実は昼飯を食ってねえんだ」
「おやおや」
「あ、ちょっと待っててくれ。そこの屋台で饅頭を買ってくるから。ちょっと下品だけど、食いながら歩くよ」
そう言いながら、もうウォンは道端の屋台に向かって走り始めていた。
その後をレンが追う。
「あれ?何だいレン」
「いや、実は僕も、ギリギリまで寝てたんで、何も食べてなくて・・・」
「そうか。じゃ、一緒に食おうぜ」
ウォンとレンが大ぶりの饅頭を三個ずつ買い求めると、すぐ後ろにフェイとラウが来ていた。
「あれ?お前らは、昼飯を済ませたんじゃないの?」
「一応はね。・・・でも、あなた達を見てたら、ちょっとお腹が空きまして」
「おう。じゃ、早く買いなよ。俺達は先に、そこの長椅子で食ってるからさ・・・でも、食べ過ぎて体が重くなったら、動きのキレが悪くならねえか?リンの披露宴で、無様な舞を見せられたら困るんだけどな・・・」
「余計なお世話です」ラウはまた口を尖らせた。