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グレイソウル  作者:
136/148

招待・1

 それは、とある秋晴れの日の昼下がりだった。

 シバの錬武祭騒ぎから、10年。

 戦争の無い世界では、文明・文化が加速的に進歩していた。


 そんな中で、大国のペイジ国は3年前に、巨大な野外劇場をひとつ造っていた。

 直径20メートルの円形の舞台と、扇形に広がる階段状の観客席は3万人を収容し、楽しませることが可能だった。

 その野外劇場で、ひとつの催しが行われようとしていた。


 それはユスィという名の舞踊家の公演だった。

 ユスィは5年前から急に人気が上がり始め、今では世界的な舞踊家となっていたので、今日の公演も全席完売し、劇場の外には入場券を求める人と、お決まりのダフ屋がうろついていた。


 その劇場の脇にある公園で、三人の男がユスィの舞台を観るために落ち合っていた。

 フェイと、ラウと、ウォンだった。


「お久し振りです・・・と言っても、ラウさんの姿はしょっちゅう・・・先週も投影玉で見ましたから、あまり久し振りという気はしませんね」

 フェイは相変わらずの優しい笑顔で、ウォンとラウに軽く会釈をした。

 彼は37歳になっていた。自分で起ち上げた診療所で、患者の治療に追われる毎日を送っている。

 それと、ラウの息子のチャンを治療した時に編み出した、黒仙の氣を使って癌や病原菌を直接叩くという治療法の体系化は、フェイのライフワークになっていた。


 彼が予想した通り、黒仙の氣を使った治療法は、人間と病気との間に新しい問題を作り出していた。

 その殆んどは、使用する氣の過不足によるものだった。つまり、氣を撃ち込み過ぎて患者まで傷付けてしまうか、逆に氣が足りなくて病原体を消せないばかりか、かえって勢いづかせてしまうといったパターンだ。


 フェイは診療所の業務の傍ら、この治療法のリスクを何とかして減らそうと、病原体やそれに対する氣の量の見極め方を、マニュアル化することに心血を注いだ。

 そのマニュアルはもう、かなり完成度の高いもので、既に世界中で使用されているのだが、フェイは「リスクを無くす」ことを目標として、マニュアルの改訂に余念が無かった。


「いやいや・・・フェイさんもウォンさんも、お元気そうでなによりです」

 ラウは40歳になっていた。

 その舞は更に円熟さを増し、公演のために世界中を飛びまわる日々が続いていた。

 彼の息子のチャンも、舞踊家を目指して学校で研鑽に明け暮れている。

 目指すといっても、彼は既に何度も舞台の経験があり、実質はもう舞踊家になっていた。

 その舞には父親のラウほどの天才性は無いが、誠実さや溌剌さの溢れる動きは、充分に観客を魅了していた。

 ラウは、チャンがそれなりに「見られる」動きをするようになってからは、息子との共演は意識的に避けていたが、時期が来ればまた、息子と舞台に立ちたいと思って楽しみにしていた。


「へへ・・・ま、俺から元気なのを取ったら、他にとりえも無いしな」

 お馴染みの白い歯を輝かせて、ウォンが笑う。

 彼は39歳になっていた。この男も相変わらず、実践的な武術家として世界中を飛び回っていた。

 その技はますます冴えを増し、彼に狙われた犯罪者の殆んどは、手も足も出ずに捕らえられてしまった。


「それにしても、でかい劇場だよな。3万人も入れるんだからな・・・一番後ろの席からは、舞台なんか見えねえんじゃねえのか?」

 ウォンは空高くそびえる観客席を見上げながら、半ば呆れたように呟いた。

「あれ、ウォンさん、知らないんですか?ここの劇場には、特別製の投影玉が備えられてるんですよ」

 ラウも少し呆れたように返す。


「何だそりゃ?俺は知らんぞ」

「ここの投影玉は、上演している舞台を10倍に拡大した立体映像を、上空に・・・舞台から高さ10メートル、後方に5メートルほどの位置に投影するんです。だからどの席にいても、舞台で何をやっているかはちゃんと見えますよ。まあ、舞台そのものが見えないというなら、確かにそうですが」

「へえ、便利なもんだな・・・投影玉ってのは、一体いつからそんなにデカい映像を作れるようになったんだ?」

「この数年のことですよ。ここの劇場にあるのが、その第一号です」


「ほう・・・しかし今日のユスィって奴の舞台は、独演なんだろ?よくもまあ、こんな大袈裟な会場でやる気になったもんだな」

「そうですね・・・正直言って私も、こんな大きな劇場で、独りで舞おうなんて考えてもみませんでした」ラウが肩をすくめながら、珍しくウォンに同意する。

「へへっ・・・何だいラウの旦那、意外とユスィに妬いてるとか?」

「そんなことはありませんよ」

「あ、そう?でもよ、こんなデカい所で独演できるってな、それなりに凄いことには違いないんだろ?」

「それはまあ、そうです。彼はここ5年程の間に急に人気が上がって・・・確か、ペイジ国の豪商のサイシャンとか、高級官僚のホンシンなども、彼の熱心なファンとかで・・・今回の公演も、そういった大物の後ろ盾があってのことだと聞いてます」


「ふーん、やっぱりスゲえじゃねえか。・・・で、実際のところ、このユスィって奴の舞踊家としての実力は、どの程度のもんなんだい?ラウの旦那よ」

「ええ・・・実はユスィは、舞踊学校の同期でしてね。・・・技術的には確かに一流ですよ」

「何だ何だ、奥歯に物が挟まったような言い方だな」

「ふふ・・・そうですね。ま、実を言うと私は、ユスィが嫌いなんです。どうも・・・退廃的というか、虚無的というか・・・彼の舞の全てが、そういう後ろ向きな思いで貫かれてるんです」


「へえ。でも、それはそれで個性としてアリなんじゃねえの?それがいいって奴が多いからこそ、人気だってあるんだろうしさ」

「ええ。でも、ただ後ろ向きなだけでは、何というか・・・美しくないんですよ。それだけでは・・・」

「ふん。ま、あまり趣味のいい奴とは思えんよな。何しろこんな物を寄こしてくる奴なんだからな・・・」

 ウォンは少し荒い息を吐きつつ、懐から一通の招待状を取り出した。

 それはユスィから送られてきたものだった。


 その招待状が送られたのは、ウォンだけではない。

 フェイにも、ラウにも、そして・・・シュウとレン、ラン、パイの下にも、この招待状が送られていた。

 内容は・・・ごくありきたりの表現で、今日の野外劇場での独演会への誘い文句が綴られていたのだが、問題は・・・この招待状に付着していた「氣」だった。


 その氣は・・・黒鎧氣にそっくりだった。

 それだけでもう、パイとランはユスィの舞を観る気を失くしていた。

 フェイとラウとウォンにしても、舞を観たいというよりは、気になって来てしまった、というほうが近い。


「・・・で、フェイから見て、この氣はどうなんだい?何か新しい発見はあったか?」

「いえ、特には・・・以前にも言いましたが、この氣は・・・黒鎧氣と似てはいますが、身体能力を高めるというよりは、呪的効果の高い氣のようです。まあとにかく、怒りとか、恨みとか、妬みとか・・・そういった破滅的な感情によって高まるタイプの氣だという点で、黒鎧氣とはかなり近い性質を持ってますね」

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