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グレイソウル  作者:
135/148

正義・4

 そして・・・シバは。

 彼は大方の予想通り・・・というより、もはや予定通りに、最悪の環境の絶海の孤島に流刑になった。

 彼は船で護送され、島から100メートル離れた海上から、衝撃吸収材で作られた「殻」に押し込められ、大砲で島に撃ち込まれた。

 着地点が悪ければ、大怪我を負ってしまうような荒っぽい収容の仕方だった。

 実際にシバは着地の際に、完治していなかった左腕を再び折ってしまっていた。

 島には船着き場が無い上に、島の周囲には不規則で流れの強い潮が渦を巻いているので、こういう危険な送り方が執られているのだ。


「殻」を破ったシバは、左腕の痛みに顔をしかめながら、空を見上げた。

 残された右目に、遥か上空を飛ぶ数枚の監視呪符が映った。

 この島の住人・・・全て囚人だ・・・は、監視呪符によってその行動を見張られていた。

 現実には船が無ければ、レンのように飛行能力でも持たない限りは、島からの脱出など不可能だった。

 それでも囚人の数を把握するためと、極限状態での生存技術の観察、それと万が一囚人達が団結して、船など作り始めたりしては面倒だということで、一応は監視体制が整えられているのだ。


 とはいうものの、この島に送られてくるのは年に一人いるかいないかという重罪人ばかりで、そういった人間は概ねアクも猜疑心も強く、協力して何かをしでかすという心配は、まず無かった。

 しかも環境が苛酷なので、年に一人は死んでしまうために、囚人の数は10人を越えることはなく、仮に全員が協力したところで、何ができるというわけでもなかった。


 シバはゴツゴツした岩だらけの島で、獣と戦い、毒虫に悩まされ、泥水をすすり、木の根や皮を齧りながら、懸命に生き抜いた。

 愉悦や興奮のためではない、ただ生きるための戦いが、毎日続いた。

 そんな中で、シバはある疑念に襲われていた。


(ワシは・・・戦場で、多くの強者と戦った。実力の拮抗した強者と、命ギリギリの所でぶつかり合うのが、ワシの生き甲斐じゃった。ワシは・・・戦っている相手も、そう思っているとばかり考えていたが・・・本当にそうだったのか?中には、ただ生き延びたいがためだけに、必死で戦っていた者もいたのではないか?・・・いや、ひょっとしたら、殆んどの者がそうだったのではないか?戦いに生き甲斐を感じていたのは・・・ワシ独りだったのではないのか?少なくとも、好敵手に対して感じた連帯感のようなものは・・・ワシの独りよがりだったのではないのか?)


 そのような思いに囚われていると、シバは自分の人生がひどく無意味に思えて仕方がなかった。

(ワシが軍人になってからこっち・・・ワシが、人間として生きていたのは、ひょっとしたら・・・レンと過ごした時間だけなのかもしれん)

 シバは、レンと過ごした時間を懐かしく思い出して、ひどくレンに会いたいと思った。

 反面、レンに会いたくないとも思った。自分にそんな資格があるとは思えなかった。

 レンとの日々を思い出して、穏やかな気持ちになることさえ、許されないような気がした。


 流刑にされてから二年。

 ウォンの響牙で痛めた左脚が悪化し、シバの行動範囲は極端に狭くなった。

 厳しい自然の中で移動能力を失うということは、死を意味していた。だがそれでもシバは、痩せ衰えた体を引き摺り、懸命に生きた。

 死ねば楽になるのは分かっていた。だが、楽になるために死ぬことなど、許されないような気がしていた。


 時々、他の囚人の影を見ることもあったが、この島にいるのがどんな種類の人間かは、島にいる全員がよく分かっていたから、お互いに近付こうとはしなかった。

 囚人の全員が全員、この島に来てから体調の良い日など一日も無かったから、もし囚人同士で争うことになって無用な怪我でも負えば、それだけ死ぬ確率も高くなる。

 だから囚人はお互いに、接触を避けていた。

 特にシバのように、生きるのがやっとの体になってしまった者は、その傾向が強かった。


 だがシバの頑張りにも、遂に限界が来た。

 食料の調達が上手くいかず、栄養状態の悪い日々が続き・・・栄養状態が「良かった」日など、そもそも無かったのだが・・・風土病に罹ってしまったのだ。

 シバはとうとう身動きができなくなり、根城にしている岩陰に体を横たえると、荒い息でなけなしの氣を練りながら、細々と命を繋いでいた。


 シバは仰向けになって、もう殆んど見えなくなった右目で空を見上げた。

 相変わらず、監視呪符が舞っていた。

(殺風景な空だ)シバはそう呟こうとしたが、声も出なかった。

(不思議な空だ・・・晴れた日でも、清々しさを感じない。刺すような氣が降って来る。ましてや、雲の多い日や雨の日の陰鬱さといったら・・・ま、だからこそ流刑地になっとるんじゃろうが・・・な・・・で・・・今は、晴れとるのかのう・・・暗くて、よく分からん・・・ふふ・・・こんな空でも、レンが飛んでいる空と、繋がっとるんじゃのう・・・レンは・・・自由に・・・飛んで・・・)

 そこまでだった。

 流刑になってから三年。

 シバは、71歳の生涯を閉じた。

 上空の監視呪符が、その死を看取っていた。


 そして・・・錬武祭の行われた年から、10年の月日が流れた。



 正義・了

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