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グレイソウル  作者:
132/148

正義・1

 シュウが目を覚ましたのは、ウーミィ国警備隊直轄の病院だった。

 シバとの戦いから、二日が経っていた。

 寝台から跳ねるように体を起こしたシュウは、まだシバと戦っている気分でいたので、周りが壁に囲まれた清潔な病室だという状況が飲み込めず、軽い混乱に陥り、「シバっ?・・・どこだ?ここは・・・どこだ?」と叫んでいた。

 その叫び声で、ずっとシュウの看病をしていて・・・そのまま椅子に座ったままで眠り込んでいたランが目を覚ました。

「シュウ?やっと起きたのね。・・・もういいの。戦いは・・・終わったのよ」

 ランは寝台の側に膝を着き、周囲をキョロキョロと見回し続けるシュウの両肩に手を置いて、強く言い聞かせた。

 

 フェイ、パイ、ラウ、ウォン、レンの五人がシュウの目覚めを知って病室を訪ねる頃には、シュウは大分落ち着きを取り戻していた。

「とにかく、ありがとうございました・・・私が今、こうして生きているのは、シュウさんのお陰です」ラウはシュウに向かって深々と頭を下げた。

「いや、そんな大袈裟な・・・そもそも、ラウさんがシバの左腕を壊してくれたのが、突破口になったんですし」シュウは両手を振りながら、先刻までとは別の意味で混乱していた。


「そうそう。それにこいつは一番美味しい所を持っていきやがったんだぜ・・・全く俺なんか、怪我のし損だっての」両脚を包帯でぐるぐる巻きにされたウォンが、椅子の上にふんぞり返って笑う。

「またウォンさんはそんな・・・あなたの『響牙』で足を壊されてなけりゃ、シバの奴、逃げてたかもしれないんですよ?」パイが後ろからウォンの長髪を引っ張りながら、少し照れ臭そうに言葉を投げた。

「あ、俺ね、そういうの駄目なんだ。『影の功労者』って奴?そうじゃなくてね。最後に決める所で決めるってのが、俺の本来の姿なの」ウォンは途方に暮れた表情で首を振った。


「まあまあ・・・みんなで力を合わせたから、こうして全員が無事に戻って来られたんですよ」フェイが無難な台詞でウォンをなだめる。

 勿論こんな言葉で納得するようなウォンではない。

「あっ、嫌味だねえこの男は!ものすごく良い子の意見なんか言いやがって!結局、最後の最後の一発をシバにお見舞いしたのは、お前だろうが。俺の役を取りやがって・・・」


「そうだ」シュウが低く呻くように呟く。

「・・・お、それ見ろ!シュウだって、シバのタコ野郎を殴りたかった筈なんだぞ。それをフェイが引っ叩いて止めやがって。そんなに最後は自分で締めたかったのかっての」

「シバみたいなことを言わないでくださいよ、ウォンさん・・・そうじゃなくて、僕はシュウに人殺しをさせたくなかっただけで・・・」

「そうだ。誰がやったかなんてのは、もう問題じゃない。シバは・・・どうなったんだ」

 しばし、沈黙が広がる。


「もう、ペイジ国に護送されたわ・・・一番の人的被害を被ったのは、ペイジ国だから・・・あいつの出身国でもあるし」ランがボソボソと呟く。

「じゃあ、あいつはまだ・・・」

 言葉を詰まらせたシュウがその先を言う前に、フェイが口を挟む。

「シュウ。あいつは・・・僕の拳で、黒鎧氣を根こそぎ祓っておきました。これは実行委員の場合とは訳が違います。シバにとって、黒鎧氣は・・・もはや体の一部でした。それを無理矢理に取り除いたんです。シバはもう、日常の立ち居振る舞いにも支障をきたすような体になりました。そんな状態で、あいつは・・・最悪の環境の島に、流刑に・・・」

 

「だが、それでも奴は生きている」シュウが怒鳴る。

 レンが小さい体を更に縮めて暗い顔をした。それを見たシュウは、さすがにテンションを下げはしたが、怒りが収まったわけではない。

「くそっ・・・これでいいのか・・・一体、正義は・・・どこへ行っちまったんだ・・・」ブツブツと唱えるように恨みを吐き、頭を抱える。


「シュウ」フェイが立ち上がる。

「正直言って、僕は・・・もう正義だとか、そんなものは・・・どうでもいいんです」

 病室にいる全員が、驚いたようにフェイを見る。

「ただ、今のシュウを・・・もし・・・ユエが見たら・・・彼女はきっと、悲しむと思います」

 ユエの名前を聞いて、シュウが硬直する。そんなシュウの視線から逃げるように、フェイは振り返り、病室の扉に手をかけた。

「彼女は・・・誰よりも、優しい人でしたから・・・」


 そこまで言うと、フェイは扉を静かに開けて病室を出た。

「フェイ・・・!」パイはフェイの背中と、俯くシュウを交互に見比べてから、フェイを追って病室を出た。

 レンは黙ったままでシュウに深く頭を下げてから、病室を出た。

 ラウは・・・やはり黙ったままでシュウに頭を下げたが、体を起こしながら服の裾を軽く摘んですっ、と引き、柔らかな衣擦れの音を奏でた。その余韻に被せるように、たむ、と一つ、からっと乾いた足踏みの音を響かせる。

 和音と、拍子と、それに乗って動くラウの手足が、病室の沈んだ氣を軽くしていた。

 ラウは扉をくぐってから、もう一度振り返って軽く一礼すると、ゆらりと陽炎のように消えた。足音がしないので、余計に消えたように感じるのだ。


「さて・・・と」ウォンが杖をついて立ち上がる。

「フェイの台詞じゃねえが、今のお前には・・・リンは紹介できんな」

 シュウよりもむしろ、ランのほうが「え?」という顔をする。

「と、言いたいところだが・・・約束だからな。体が治ったら、いつでもサントン国に来いよ。あんまりいい女なんで、びっくりするぜ?あ、それから手土産を忘れんなよ」

「・・・って・・・ウォンさん、もうサントン国に帰るんですか?」シュウは口の端に少しだけ笑みを浮かべて・・・目にはまだ、怒りの炎がくすぶっていたが・・・訊ねた。


「ああ。リンが俺の帰りを待ってるからな」

「ウォンさんじゃなくて、お土産を待ってるんじゃないんですか?」

「そうそう、その調子・・・人生、そうでなくちゃな。じゃ、また会おうぜ」ウォンは白い歯を見せてニヤリと笑うと、杖をカンカンと軽快に鳴らしながら病室を出た。


「リン・・・さんって、誰?」ランが正に「素朴な疑問」ぽく訊ねる。

「さあ・・・ウォンさんの本命じゃないかな?俺も名前しか知らないんだ」シュウが肩をすくめて首を振る。

「ふうん・・・」ランは椅子に深くかけ直すと、煙草を一本取り出して、示指に金氣を込めて火を点け・・・ようとして、シュウを見た。

「ね、ちょっと火をくれない?」

 シュウは少し顔をしかめてから、示指をランに向けて突き出す。

 その指先にランが煙草の先を付けると、すぐにポッと赤い火が点った。


「・・・何で俺が?」

「だって私、金氣しか使えないもの。火氣のほうが点け易いでしょ?」

「そりゃ、そうだが・・・そもそもだな、こういう状況ってのは大抵、俺みたいなのは『一人にしてくれ』とか言って全員を追い出したり、でなきゃ周りが気を利かせて『そっとしておこう』とか、そんな感じで出ていくもんだろ?」

「そう?そうかもしれないわね・・・でもねえ、私は怪我人が寝ている病室で、煙草を吸うような雑な女だから・・・そんな気遣いはできないわね」

「無茶苦茶な理屈だな・・・そういやお前、煙草を吸うのか?今まで見たことないぞ」

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