覚醒・5
「さあ・・・どうした。何をしておる?お主らは、ワシに勝ったんじゃ・・・最高の戦いじゃったぞ。今こそ、その拳で、この戦いに幕を下ろしてくれ・・・お主のような強者の拳に引導を渡されるなら、戦士として本望というものじゃ」
シバの目は、期待に溢れていた。そんなシバを見て、フェイは急に・・・自分のやっていることが、全く無意味に思えてきた。
「僕は・・・あなたを許せない。絶対に許せない」そう呟くフェイの脳裏に、ユエとレンの顔が同時に浮かんだ。二人共、とても悲しそうな顔をしていた。
「そうじゃろう・・・そうじゃろう」シバの顔に、笑みがこぼれる。その笑みには反省の色は無かったが、凶悪さも無かった。本当にただの笑顔だった。
(レンも・・・シバの、こんな笑顔を見ていたのか)フェイは唇を噛み、バキバキと音を立てながら拳を握り締めた。
「僕は、何があろうと・・・あなたを許すなんて、嫌だ。でも・・・あなたと同じになるのは、もっと嫌だ。だから・・・」
ガツン、という音と共に、フェイの拳がシバの顔面にめり込む。
フェイがゆっくりと拳を離すと、シバはグラリ、と揺れて・・・糸の切れた操り人形のように、その場に崩れた。
鼻が潰れ、頬骨が砕けて、左の眼球が落ちていた。
だが・・・シバは息をしていた。まだ、生きていた。
そして残った右目には、もう不自然な黒さは無かった。髪も髭も、真っ白になっていた。
フェイは拳の一撃で、シバの黒鎧氣を完全に祓ったのだ。
魔の嘶きが、風に乗って遠ざかっていく。その風はフェイの髪も大きく揺らしていた。
風に揺れる髪は、もう・・・元の栗色に戻っていた。
「許したわけじゃない・・・だが・・・これで、勘弁してやる」
フェイは拳を振ってシバの血を飛ばすと、懐から呪符を取り出し、印を結んで起動呪を唱えた。通信用の呪符だ。
シバを護送するために・・・近くで待機している警備隊を呼んだのだ。
すぐに20人ほどで編成された機動隊員の氣が近付いてくるのを感じたフェイは、大きな溜め息をひとつ吐いて、その場に座り込んだ。
傍らで昏々と眠り続けるシュウを見ながら、フェイは「これで・・・終わったんでしょうかね・・・」と、呟いた。
勿論シュウからは何の返事も無かった。
フェイは静かに目を閉じてみたが、もうユエの顔もレンの顔も浮かんではこなかった。
覚醒・了