覚醒・3
シュウが目を覚ました時、最初に目に飛び込んできたのは、髪と目が金色に輝くフェイの姿だった。
そのフェイに向かって、闇の柱が伸びる。
フェイはそれを、拳で見事に打ち砕く。
(ああ・・・すごいな・・・また、フェイに差をつけられちまったな・・・けど・・・もういい。シバを倒すのが俺でなくても・・・フェイにだって、権利があるもんな・・・)
シュウは溜め息をひとつ吐いて、重い体を起こす。
そのシュウの五感が、高速で移動しながら接近している無数の氣を捉えた。
(あ・・・ランが、助けを呼んだんだな・・・ん?)シュウはハッと我に返った。
(まずいっ。シバのあの技・・・あれじゃ、足を怪我して素早く動けないフェイじゃ、すぐには間合いを詰められない。グズグズしていたら、救援の連中が来る。シバが彼らを的にしたら、防げる奴が・・・いないっ・・・)
それだけではない。
どうやら新しい力を得たらしいフェイですら、必ずしもシバより有利ではないことに、シュウは気付いた。
(フェイとシバは・・・拳と魔吼砲の打ち合いで、持久戦になっちまってる。シバはその力の大部分を『魔』に依存してるから、相当の長丁場にだって耐えられるが・・・フェイはそうはいかん。いくら『取り込んだ氣』を変換して使ってるとはいえ、自前の氣を媒介としている以上、シバと比べりゃ無尽蔵のスタミナとは言えん。このままのリズムで打ち合っていたら、先に力が尽きるのは、フェイのほうだ)
そうしている間にも、救援隊は刻一刻と近付いてくる。
(くそっ・・・くそっ・・・俺は、何もできないのか?フェイの・・・あいつの拳が届きさえすれば、全てが終わるんだ。俺にだって、それぐらいは分かる・・・あの水平に飛んでくる魔吼砲を、何とかしさえすれば・・・そうだ・・・そのためなら、俺はもう・・・人を傷付ける力なんて、いらない。シバを殺せなくてもいい。だから、俺は・・・絶対に壊れない、盾になりたい!)
シュウは突然、目が覚めたような気がした。そしてそんな気持ちとは裏腹に、彼の意識は自己の内面深くへと埋没していった。
「それでいいんだ・・・ようやく分かったようだね」
「え?あなたは・・・俺の、魂?」
「そう。君は今、ようやくありのままの自分自身を受け入れることができるようになったんだ。だからこうして、僕が出てきたんだ・・・『交渉』を進めるためにね」
「交渉?そうか。じゃ、早くしてください。フェイが・・・」
「大丈夫。君が今いるこの意識世界は、外とは時間の流れ方が違うから。ここでいくらのんびりしていても、外の時間はいくらも経たないよ。・・・といっても、のんびりしていられる気分じゃないだろうね」
「当たり前だ・・・早く、フェイを助けないと」
「どうやって?」
「どうって・・・あの、魔吼砲さえ何とかすれば、フェイの力なら充分、シバを倒せる・・・」
「そう。君の本質は、槍でも刀でもない。盾なんだ。正に君は生粋の警備隊員なんだよ。そして盾というのは、壊れたら役に立たない・・・そういう意味でも、君はまず自分を大事にしなくちゃいけない」
得々と語る魂の言葉を聞きながら、シュウは少し意地悪な質問をしたくなった。
「・・・でも、盾だけじゃ敵を倒せませんよ?」
「倒すのは、そういう力を持つ者に任せればいい。何もかも一人でやろうとせず、仲間の力を信じて、任せられるところは任せる。それも君の力の内だよ」
「なるほどね・・・で、一番肝心な話だが・・・俺は結局『壊れない盾』に、なれるのか?」
「うん。さすがに『絶対に壊れない』とまではいかないけど、ちょっとやそっとでは、壊れないような盾に・・・なれるよ。ただし・・・」
「交換条件かい?」
「そう。もう、分かっていると思う・・・君は、君も含めた誰かを『傷付けたい』という『意志』を放棄することで、盾としての力を得ることができる。それはつまり、誰かを傷付けたいと思った途端に、盾としての力が止まるということでもある」
「止まるだけ?失うわけではない?」
「うん。誰かを傷付けようという意志が消えさえすれば、力は再起動するから安心していいよ」
「安心って・・・充分に危なっかしい力だと思うなあ。制御するのが大変そうだ」
「ふふ。でも、攻撃的な意志を持った途端に力が完全に失われる、なんてのよりはマシでしょ?」
「そりゃ条件が厳し過ぎるよ」
「そうかもね。・・・さあ、それじゃフェイを・・・大事な友達を、助けに行こうか」
「ああ」
そしてシュウは、瞑想状態から覚めた。
救援隊が・・・軽身功の遣い手30名が、森を抜けて草地に入るところだった。
それを見たシバは、凶悪な笑みを浮かべると、魔吼砲の的をフェイから救援隊へと変更した。
「!・・・よせ、シバ!」フェイが救援隊の前に立とうとして、懸命に走る。だが片足では大したスピードは出ない。
「ギッ、イギ・・・イーッ・・・」魔の嘶きが空気を切り裂き、魔吼砲が救援隊に向けて真っ直ぐに飛ぶ。
その圧倒的な殺氣に捕まって、救援隊の動きが止まる。
迫り来る巨大な勁力への恐怖心が、彼らの動きを一層鈍くする。
その時。
伸びゆく魔の叫びの前に、疾風の如く駆けて立ち塞がる者がいた。
シュウだった。
シュウの身長よりも、僅かに長い直径を持つ半透明の球体が、彼の周囲を覆っていた。
魔吼砲が、その球体に正面からぶつかって・・・吸い込まれるように消滅する。
「『鋼皮功』改め『甲圏功』ってトコかな・・・」シュウがニヤリと笑いながら呟く。
「これは・・・」ウォンが呻く。
シュウを覆う球体が何なのか。その球体がどうやって魔吼砲を呑み込んだのか。
それが見えていたのは、フェイとウォン、シバ、それとシュウ本人だけだった。
気を失っているレンとラウ、パイは当然として、ランも救援隊の面々も・・・誰一人として、魔吼砲が消えていく過程を見ることはできなかった。
「ここは、俺とフェイで何とかする!他の連中を、ここから退避させてくれ!」シュウが救援隊に向かって叫ぶ。
「了解!」救援隊は金縛りが解けたかのように軽快に動き出し、ウォン、ラウ、レン、パイを4〜5人ずつで組んで担ぎ上げる。
「さあ、あなたも・・・」救援隊の内の数名が、ぐったりしているランに声をかける。
「私はいいわ。自分で・・・歩けるから」
「無理するな、ラン!のろのろ歩かれたら、かえって彼らの迷惑になるぞ!」シュウがランに背を向けたままで怒鳴る。
「そういうことです。さ、早く・・・」救援隊の一人がランに手を差し出す。
「・・・そうね。お世話になるわ」
「くっ・・・どいつもこいつも、舐めおって・・・!」
シバが歯ぎしりをしながら、だだん、と二発続けて足踏みをする。
「ギッ・・・!」「ヴァ・・・あっ!」シバの足元から、二筋の闇が伸びる。
「フェイ!」片方の闇の前に、シュウが立ち塞がって吸収する。
「はい!」もう片方の闇を、フェイが拳で打ち砕く。