覚醒・2
(そんな・・・確かにこの足じゃ、ランさんが時間稼ぎをしている間に運べるのは、レン君一人が精一杯だ。でも、それでいいのか?・・・ここまで劣勢に傾いてしまっては、しんがりを務める者がいない。となると、救援隊にここまで来てもらうわけにはいかない。僕とレン君だけで救援隊と落ち合って、逃げるということになる・・・でも、それじゃ・・・ウォンさんに、甘えっ放しで終わるのか?ラウさんを見捨てて、ヤンさんやチャン君に顔向けできるのか?必死でシバを食い止めているランさんを、置いていくのか?シュウの無念を、晴らさずに逃げるのか?すぐそこに、シバがいるというのに・・・!それに・・・パイさん・・・殆んど僕の勝手で契約して・・・それなのに、ついて来てくれたんだ。さっきだって、心が壊れるほどの恐怖と向き合って、僕に力を貸してくれたんだ。それなのに・・・今こそ、パイさんを助けなければいけないのに。何故僕一人の意志では、力を使えないんだ?・・・そうだ・・・そもそも、何故僕は契約者が必要だなどと思ったんだ?)
フェイは急に目が覚めたような気がした。
だがそんな気分とは裏腹に、フェイの意識は急速に自己の内面に埋没していった。
「やあ・・・久し振りだね。三年ぶりかな?」
「君は・・・僕の・・・魂?」
「そうだよ」
「何故?一度『交渉』が成立したら、再交渉はできない筈なのに・・・」
「再交渉じゃないよ。以前に交渉した時の交換条件に変更が生じたから、報告と調整のために出てきただけさ」
「変更?・・・ですか?」
「そう。あの時、僕の言ったことを覚えてる?魂の環境が整わないうちに無理に交渉を進めると、交渉の内容や交換条件に歪みが生じるってこと」
「ああ・・・そういえば」
「その歪みの最たるものが、『契約者』の存在なんだよ。君は白仙として、無闇な暴力を振るわないために、『契約者』を助けるためにだけ力を使うことにして、己の自由意志では力が発動しないようにしたい・・・と言ったね。でも、それは嘘だ」
「嘘って、そんなことは・・・」
「そう。君は自分が自分に、嘘をついていたことを自覚していなかったんだ。それは・・・ユエを失い、シュウが去り・・・その原因となったシバに太刀打ちできず・・・そういった心理的なダメージのために、魂が歪んでいたからさ。でも、今の君なら分かるだろう?あの時、何故君が契約者を必要としたのかを」
「ええ・・・分かります。あの時の僕は・・・自分が嫌いで・・・全てに自信が無かった。復讐の是非はともかく、シバの暴虐を止めることが悪いことである筈がないのに、・・・そんなことも分からなくなるほど・・・自分に自信が無かったんです。僕は・・・力の使用制限のために、契約者を交換条件に含めたんじゃない。僕はただ・・・僕のやろうとしていることは、間違っていないと・・・誰かに、背中を押してもらいたかっただけなんだ・・・」
「そう。そのことに気付いた今、君はもう契約者を必要とはしないんだ。だからこうして、僕が交渉内容の調整に出てきたんだ」
「不思議だ・・・何故、今までこんな大事なことに気付かなかったんだろう?」
「それは簡単さ。ついさっきまで、君の魂はずっと歪みっ放しだったんだ」
「それが、急に治った?」
「そう。シバのために、仲間の命が奪われそうだという危機的状況に晒されることで、悩んでるどころじゃなくなったんだよ。誰かに背中を押してもらうんじゃない。自分が立ち上がらなきゃいけないってね」
「じゃ、治ったのはシバのお陰?」
「うん。シバに感謝しなきゃね」
「冗談でしょう」
「当然」
フェイと魂は、同時に鼻で笑った。・・・ような気がした。
「で、どうする?もう君は、契約者がいなくても、自分の意志で力を発動できるんだけど。他の条件は・・・『力は拳の打撃力に転化するのみ』ってのと、『誰か一人でも殺したら、力を失う』ってのは、どうする?」
「その二つは、そのままにしておいてください。本来の僕の趣味に合う条件ですから・・・それに」
「それに?」
「このぐらいの交換条件があったほうが、高い攻撃力を発揮できるでしょう?まあ、条件がひとつ無くなったわけですから、その分攻撃力の低下は免れないでしょうが」
「そうでもないよ。本来の自分を取り戻した君は、体術も氣の運用も、より自然体で行えるようになってるから・・・むしろ、攻撃力の上昇が期待できるよ」
「それはそれは・・・シバに感謝しなくちゃなりませんね」
「冗談でしょう?」
「当然」
今度は笑いは起こらなかった。フェイも魂も、感傷的になっていたのかもしれない。
「それじゃ・・・お別れだね」
「うーん、自分と別れるというのも、変な感じですが」
「ふふ・・・少なくとも、こうして話をすることは、もう無いと思うよ。その必要も無いしね。さあ・・・君の大事な仲間を、助けに行かなくちゃ」
「あなたの仲間でもありますよ。だから・・・僕と、あなたと、一緒に・・・」
「うん、ありがとう」
魂が、微笑んだ・・・ような気がした。
そしてフェイは、瞑想状態から覚めた。
ランの槍光穿が、ちょうど力尽きて消えるところだった。
「フェイさん・・・どうして?」
動かないフェイに、ランが戸惑いの声を洩らす。槍光穿で急激に氣を消耗したランは、再びシバの殺氣の虜になり、膝を折って両手を地に着けた。
「ふう、ふう・・・小娘が・・・やってくれたな・・・」
低い唸り声を上げるシバの足元に、魔が集まる。
「かっ」気合いと共に、シバが右足を垂直ではなく、やや斜めに踏み降ろす。
「ギィ・・・エ、エ・・・」魔の嘶きが響き、闇の柱が垂直ではなく斜めに・・・いや、殆んど水平に伸びる。目標は勿論ランだ。
フェイは右足一本で、大きく跳躍して・・・
右拳を、固く、握り締めて。
伸びていく闇の柱の横っ腹を、思い切り殴りつける。
「わぁ・・・ワ・・・ああ・・・」
幾重にも重なる「魔」の悲鳴の中で、闇の柱が粉砕される。
「この期に及んで、こんな切り札を隠しているなんて・・・さすがは元軍人ですね。しかし・・・」
闇の欠片が黒い霧となり、それが徐々に晴れていく中で・・・フェイは、ゆっくりと右拳をシバに向ける。
「今度こそ、終わりです」力強く語るフェイの髪と目は、栗色のままだった。
いや、ただの栗色ではない。強い光を放つそれらは、むしろ「金色」に近かった。
「『銀衛氣』改め、『金剛氣』といったところですか・・・」
フェイは左足を引き摺りながら、シバに向かって歩き始めた。
「おのれっ・・・若造がっ」シバは呻きながら、また水平に伸びる魔吼砲をフェイ目がけて撃つ。
フェイは無造作に左拳を繰り出し、闇の柱を打ち砕く。・・・が、左足の怪我のために踏ん張りの効かないフェイは、魔吼砲の衝撃で3メートルほど後退させられてしまった。
「・・・ふん」荒い鼻息をひとつ吐いて、フェイが再び前進を始める。
シバはまた、魔吼砲の用意をしていた。