劣勢・5
「ぬおおおっ!」シバが気合いを発して、右腕を縮める。九節鞭を手繰り寄せる動きだが、その先端が地面に深く刺さっているために、シバの体のほうが地面に降りていた。
もう響牙は、シバの目と鼻の先まで来ている。
シバが着地するや否や右へ跳ぶのと、響牙が魔吼砲を粉砕して飛び出すのが、ほぼ同時だった。氣柱が砕ける衝撃で、九節鞭もバラバラに砕ける。
またしても行き場を失った衝撃波は、ほぼ全壊していた山小屋に再び激突し、更地に近い状態にして、更に森の木々を10本近くへし折って消えた。
「くっ・・・そおっ・・・」攻撃の失敗を見届けたウォンを、にわかに両脚の激痛が襲う。
「ふう・・・ふ・・・ふ、ふ・・・響牙か。恐ろしい技だな・・・まともに喰らえば、ワシにもどうしようもない・・・」
「けっ・・・当たらなきゃ、意味がねえよ」
「ああ・・・そうだ。だが・・・ワシも、避け切ったと思ったのじゃが・・・」
シバの言葉が終わるよりも先に、その左脚が血煙を上げ、シバはどっと膝を着いた。
「どうやら、左脚をかすめたようじゃのう・・・それだけで、この威力か。黒鎧氣の耐久力を持ってしても、防ぎきれんかった・・・」シバは額から脂汗を流しながら、しかしどこか楽しそうに呻いた。
「だが・・・ここまでじゃな。もうお主らの中に、戦える者はいない・・・だがワシは、まだ動ける。お主らは、負けたのだ。さあ・・・敗北の代償を、払ってもらおうか・・・」
シバはゆっくりと立ち上がると、左脚を引き摺りながらウォンのほうへ歩き始めた。
「風刃脚の、ウォン・・・お主の攻めが、一番見事じゃった。だから・・・一番に、殺してやろう」
シバは新しい玩具を与えられた子供のように、無邪気な笑顔を浮かべた。
「うわああー・・・っ!」滅茶苦茶な叫び声を上げながら、フェイが跳び出した。
ラウの命に別状は無いことを確認はしたが・・・このままでは、レン以外の人間はいずれシバに殺されてしまう。
フェイは歯ぎしりをしながら走った。その胸には(シバの思うようには・・・させない!)という強い決意が秘められてはいたが・・・何の裏付けも無い決意だった。
銀衛氣の発動していないフェイなど、シバの前では子供同然だ。
「フェイ・・・!」パイは虚ろな目でフェイの背中を見つめながら、力無く呟いた。
その呟きに重なるように、ヒュウウ・・・と風を切る音が降ってきて、パイの頬を浅く切る。
「え?」パイが切れた頬を押さえるのと、パイの頬を切った何かが地面に刺さるのが、ほぼ同時だった。
それは・・・先刻のウォンとシバの攻防で、砕けて宙高く舞い上がった、ラウの九節鞭の先端部分だった。
劣勢・了