劣勢・4
シュウは更に加速して間合いを詰め、炎と雷の拳を振りかぶった。
その時。
シュウの胸に、シバの拳が突き立てられた。
「ぐ・・・ぶっ・・・」シュウが呻く。
シバの拳が、自分よりも速いだろうとは予想していた。だが、これほど速いとは思っていなかった。
しかも・・・シバが放ったのは、左拳だった。
シュウの胸骨が、ミシミシと軋みながら砕ける。
それと同時に、シバの左前腕の肘辺りが、完全に折れて皮膚を突き破り、血煙を上げる。
怪我の具合でいえば、どちらが重傷かというと・・・むしろ、シバのほうかもしれない。
だが、始めから左腕を潰す覚悟でいたシバと、「拳の速さ」と「来ないと思っていた左」の、二重の意味で想定外の攻撃を受けたシュウでは、心理的なダメージに雲泥の開きがあった。
シュウの両手の炎と雷が、見る見るうちにしぼんで・・・消えた。
「重ね重ね、がっかりだよ・・・シュウ君」シバが左拳をシュウの胸に押し付けたまま、顔を寄せて呟く。
「お主はひょっとして、ワシが折れているほうの腕で突きを出したから、喰らってしまったと・・・予想外の攻撃だったから効いてしまったと、そんな風に考えとらんか?だとしたら、それはとんだ見当違いじゃ」
「何だと・・・?」
「お主は、お主自身のことを全く分かっておらん。お主は恐らく、ワシに向かって突っ込みながら・・・『シバを殺せれば、死んでもいい』などと考えていたのではないのか?それでは駄目じゃ」
「どこが・・・駄目だって・・・」
「両方じゃ。『シバを殺す』のも、『死んでもいい』というのも、両方共な。お主は元々、性格が優し過ぎるのじゃ。自分の命も他人の命も、粗末にできるような人間ではないのじゃよ。そんなお主が、いくら『死ぬ気』で『殺す気』で拳を振るったところで・・・そんな拳に、魂が宿ると思うか?」
「ぐっ・・・」
「いや、それ以前に・・・踏み込みにありありと迷いが出とった。・・・そんな攻めなど、右手を使うまでもない。折れたほうの左で充分に打ち砕けるわ」
シバはニタニタと笑いながら、左拳を捩じるようにしてシュウの胸に押し込んだ。
シュウの胸骨のヒビが広がり、シバの腕からも血が噴き出す。
シバは自分の血しぶきをうっとりと眺めながら、右拳を振りかぶった。シュウにトドメを刺す気だ。
だが。
「うおおおおっ!」空気を切り裂くような叫び声を上げながら、ウォンが突進してきた。
「ぬっ」シバはすかさず、シュウの陰に隠れるように回り込む。同時にシバの視界から、ウォンの姿が消えた。
(む・・・上か?)シバの予想通り、ウォンは高く跳躍して・・・上空から風刃脚を連射した。
ほぼ垂直に降って来る風の刃に対して、さすがのシバもシュウを持ち上げてまで盾にする余裕は無い。
「ふん」シバは吐き捨てるように呟くと、シュウを置いてその場から離れた。
間をおかず、シバの立っていた場所がボコボコと変形して、土煙と千切れた草が噴煙のように舞い上がる。
シュウはガックリと膝を着き、倒れそうになって・・・そこへウォンが着地して、シュウの体を支えた。
「ウォンさん、俺は・・・」
「あー、細かいこたあ後だ!お前は休んでろ!」
ウォンはシバの動きを警戒しつつも、しっかりとシュウの目を見据えて、その体をそっと地面に横たえた。シュウはそのまま気が遠くなって・・・意識を失った。
「ふふ・・・頼りにならん仲間を持つと、苦労するのう」シバが体を揺すって笑う。
「くそじじいがっ・・・つまらねえことを、ほざいてんじゃあ・・・ねえっ!」
割れんばかりの声で怒鳴りつつ、ウォンは右足を振り回して風刃脚を撃つ。
そのまま左に旋回して、左の後ろ回し蹴りからも風刃脚を撃った。
連射よりも威力に重きを置いた撃ち方だったが、その分動きが大きく、軌道が読みやすくなってしまっていた。
「ふん」シバは馬鹿にしたように鼻で笑いながら、右手一本で風刃脚の進行方向を逸らした。いくら威力があっても、二発程度で軌道まで分かっていれば、シバにとって風刃脚はそれほど恐い技ではない。
大きく方向を変えた風の刃は、ひとつはシバの左に、もうひとつは右に、それぞれ森の中へ飛び込んで、木を3〜4本ずつへし折って消えた。
左の後ろ回し蹴りを出したウォンは、そのまま旋回を続けながら右足で跳躍し、右の回し蹴り・・・旋風脚を出す。その動きは、先刻までの二発の蹴りと同じ流れから出たものだったが、その足から放たれたのは「風刃脚」ではなく「響牙」だった。
(へへっ・・・シバの奴が先の二発に釣られて、三発目も風刃脚だと勘違いしてくれりゃよし。だが・・・)
残念ながら、シバはそれほど甘くはなかった。シバは三発目の蹴りから撃ち出されたのが「響牙」だと見抜き、高く跳躍してこれをかわした。
さすがのシバも、響牙を受け流すことはできないからだ。
目標を失った響牙の衝撃波は、シバの背後にあった山小屋に激突し、派手な爆発音を上げて木片をまき散らし、更に後方の森で10本近い木をなぎ倒して消えた。
ラウを診ていたフェイは、思わず顔を上げてバラバラに飛び散る山小屋を見つめた。パイとランも口をあんぐりと開けて、破壊のさまを眺めていた。
その轟音の中で、ウォンの右足が・・・血しぶきを上げる。
「くっ・・・」(また、やっちまったな・・・だが、勝負はここからだ・・・!)
ウォンは左足で着地すると、そのままバネのように弾んで再び宙に舞い上がった。更に左に旋回し、空中で左の後ろ回し蹴りを放ち・・・
響牙を撃つ。
(さあ、どうだシバ!お前はレンみたいに空は飛べねえ。一度跳び上がったら、あとは落ちるしかねえぞ・・・空中では、響牙はかわせん。受け止めるのは勿論、受け流すのも不可能だ。ま、お前なら死にはせんだろうが・・・せいぜい血ダルマになってぶっ飛びやがれっ!)
ウォンの狙い通り、二発目の響牙は落下中のシバの着地点を目がけて、真っ直ぐに飛んでいた。
「うおおっ・・・!」シバは右手を懐に入れながら反転し、頭を下にして・・・懐から抜き出した右手には、ラウから奪った九節鞭が握られていた。
チュアン国の錬武祭でラウがやったのと同じように、土氣で二本の九節鞭を繋げて長くしてある。
シバは右手を一閃させて九節鞭を繰り出し、先端を地面に叩き込む。
これで、シバと地中の「魔」との接点ができてしまった。
「かっ」シバの乾いた奇声が響き、魔吼砲が発動する。その氣柱の衝撃でシバの落下が止まり、響牙が阻まれる。
「あ・・・くそっ?」ウォンの呻きに合わせるように、その左足が血しぶきを上げる。
もはや両脚が使い物にならなくなったウォンは、そのまま落下して・・・両手を地面に着き、腹這いになって着地した。
だが、響牙はまだ消えてはいなかった。
激しい勢いで魔吼砲の氣柱を削りつつ、シバに向かって突進していく。
「よし・・・いいぞ!行けえーっ!」ウォンは右拳で地面を叩きながら叫んだ。