劣勢・3
「ああ。まずはラウの旦那が華炎を出しながら突進して、シバの両手を封じて、それから俺が上から攻めて、魔吼砲を出させて・・・その後の隙をラウの旦那が攻めて。ここまではまあ、予定通りだ」
「・・・はあ」
「で、問題はここからだ。ラウの旦那がシバを仕留め損ねたら・・・無理をせずに、シバの動きを止めることだけに専念してもらって、そこに俺が風刃脚を団体で撃ち込んで終わり、の筈だったんだ」
「・・・じゃ、何故撃たないんですか?」
「だから二人をよく見ろって。ラウの旦那とシバ、一体どっちが動きを止められてるのか、判断がつくか?」
「そりゃ・・・ええと・・・」
シバとラウは外見上は静止していたが、内面的にはお互いに激しい攻防を繰り返し、その駆け引きは拮抗して、どちらが優勢かを決めるのは非常に困難な状態だった。
「な、分からんだろ?・・・全く、認めたかあないが、あのシバって野郎は確かに超一流だな。今、不用意に風刃脚を撃ったら・・・突進して接近戦を仕掛けても・・・逆にラウの旦那を盾にされて、併殺を喰らうかもしれん」
「・・・打つ手無し、ですか?」
「冗談ぬかせ。俺は風刃脚のウォンだぞ?どうするか考え中なんだよ」
「・・・頼もしいですね」シュウは本当にそう思った。
「おう。何しろ俺は、リンに土産を買って帰らにゃならんのだ・・・こんな所で死ねるかっての」
「・・・って・・・こんな時に、女の話ですか?」シュウは、ウォンのことを「頼もしい」と思った自分がちょっと恥ずかしくなって、眉をひそめながらウォンの顔を見た。
その、ウォンの目を見て・・・リンという女性が、ウォンにとって特別以上の存在だということを、瞬時に理解した。
「ウォンさん」
「ん?」
「その、リンって人は・・・いい女ですか?」
「おう、当然だ。世界一のいい女だぜ」
「じゃ、今度紹介してください」
「へへっ、そりゃ構わんが・・・おい、シュウ?」
シュウはウォンの声を振り切るように駆け出し、大きく回りこむと、ウォンと二人でシバを挟むような位置に立った。
「シバ・・・!」
シュウは叫びながら氣勢を上げた。シュウの足元で草が放射状に倒れ、爆風のような衝撃がシバとラウを襲う。
その衝撃を追うように、シュウはシバに向かって突進した。
「むっ・・・!」シバの意識が、迫り来るシュウに向けられる。
ウォンはそれを見逃さなかった。
「グッジョブだ、シュウ!」
ウォンは一気に氣勢を上げると、その反動に乗るようにして跳躍し、空中で両足を目まぐるしく回転させて・・・20発もの風刃脚を撃った。
だがシバは「ふはは・・・!」と高笑いを上げると、九節鞭を握ったままの左手を、ラウの右脇腹に打ち込んだ。
「ぐっ・・・ふ」ラウが体をくの字に折り曲げて宙に浮く。
そのままラウはシバの左拳の動きに沿って振り回され、風刃脚の軌道上に移動させられてしまった。
「あっ、とと、ラウの旦那!危ない!」
ウォンの悲痛な叫びと同時に、ラウが華炎を発動させ、シバは後方に跳ぶ。
シバの左腕は完全に折れていた。いや、ラウの蹴りを受け止めた時から、とっくに折れていたのだ。だからラウも、(シバは左手では攻撃してこない)という先入観を持ってしまった。
シバはそんなラウの心の虚を突いたのだ。
だがその代わりに、シバの左腕の骨折は更に亀裂を増し、赤黒く腫れあがっていた。
ウォンの放った風刃脚は、ラウの華炎によって相殺された。
だが、全ての風刃脚が消えた時、華炎もまた唐突に消えてしまった。
ラウの氣が尽きたのだ。
シバはこの瞬間を待っていた。
「おおおっ・・・!」シバは叫びながら大きく踏み込んで、ラウの足元に右拳を打ち込む。魔吼砲だ。
「んっ・・・!」ラウは最後の力を振り絞って、可能な限り高く跳躍する。そのお陰で魔吼砲の直撃は避けられたが・・・それでも、宙高く吹っ飛ばされてしまった。
突進を続けていたシュウは魔吼砲を放つシバを見て、その直後の隙を攻めようかと思ったが、空中で完全に方向感覚を失っているラウを見て、(あのまま地面に落ちたら、いくらラウさんでも・・・下が草地でも、命に関わる)と判断し、シバを攻めるのを諦めた。
すぐに進路を変えてラウを追い、そのしなやかな体を受け止める。
ラウはシュウより身長は高いが、体重は軽かった。それでもシュウは少しフラついたが、何とか体勢を立て直すと、突進の勢いを活かしてぐるり、と旋回し、「ウォンさん!」と叫びながら、ラウをウォン目がけて放り投げた。
ウォンが「おう!」と返しつつラウを受け止めて、フェイのほうに走り出すのを横目で見ながら、シュウは回転を続けてシバのほうを向いて構え直す。
・・・シバは既に、体勢を整えていた。その両手には、ラウの九節鞭が握られていた。
「がっかりだよ、シュウ君」シバは目を伏せて首を振った。
「折角、ワシに匹敵する身体能力を手に入れたというのに・・・君の甘い性格が、全てを台無しにしておる」
「・・・何だと?」
「何故、魔吼砲を撃った後の隙を攻めなかった?何故ラウを助けに走った?お前は、千載一遇のチャンスを逃した。ラウの働きを無にしたのだ」
「くっ・・・」
「もっとも」シバは顔を上げて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「君ならラウを助けに走ると思っとったよ・・・だから安心して、魔吼砲を撃てたのじゃ」
「舐めるな・・・!」シュウは右手に炎、左手に雷を発現させて拳を握り締め、鋼皮功を発動させて吼えた。
「隙なんぞ狙わなくても、お前を倒すぐらいなら何とでもなるっ・・・」怒鳴りながら駆け出す。
シュウはシバの左側に回りこむように接近していた。
シバの左腕は、酷いダメージを受けてダラリとぶら下がっている。
(さすがにもう、左手での攻撃は無いだろう。シバは右手で来るか、蹴りか・・・)
だがシュウは、シバがどんな攻撃をしてこようと避けるつもりはなかった。
シバの左側に回ったのは、殆んど習性のようなものだった。相手の弱いほうに回り込むのは定石だからだ。
だが、そうやって左から攻めようとするシュウに対して、特に体の角度を変えようともしないシバを見て、シュウは(やっぱり、一発もらうことになりそうだ)と覚悟していた。
左から攻めれば、右手での攻撃が届くまでに余計な時間を必要とする。蹴りはそもそも手技よりも遅い上に、片腕が折れてバランスが悪い状態では、更に遅くなるだろう。
それでもなおシュウは、シバの攻撃は自分の攻撃よりも速い、と思っていた。シバにはその自信があるから、動かずに待っているのだ・・・と。
(上等だ。この時のために、俺は鋼皮功を編み出したんだ。例えシバの打撃だろうと、一発なら確実に耐えられる・・・そして今の俺には、よりによってこいつの黒鎧氣のお陰で上昇した身体能力がある。渾身の一撃が命中すれば、シバだってただでは済まない筈だ。その後は・・・手負いの獣同士、死ぬまで殴り合ってやる。根競べに持ち込めば、負けやしない・・・シバさえ殺せれば、もうそのまま死んでも構わない・・・)