劣勢・2
「勝手なこと言わないでちょうだい」パイは歯を食いしばって、両掌を胸の前で向かい合わせると、呼吸を整えて雷を発生させようとした。
「あんたが蛇ってのはともかく、乙女を蛙呼ばわりするんじゃないっての」
「同感ね」ランも左掌をシバに向かって突き出し、槍光穿を撃つ用意を始めた。
・・・だが、パイもランも氣を練り上げることができない。
「無駄じゃよ。遠距離戦を得意とする氣弾遣いというのは、根本的に普通の者よりも繊細な感覚を持ち、慎重な性格をしておる。そしてそれは臆病さと表裏一体じゃ。そんな氣弾遣いが、この殺氣の嵐の中でまともな感受性を保つことなどできはせん。感受性が働かなければ、氣を練ることも叶わん」
シバはゆっくりと首を振りながら、両手を大袈裟に上げてみせた。
「無理するな、パイさん、ランさん。・・・あのイカレたじじいは、俺達で何とかするからよっ」
「そういうことです・・・ウォンさん」ラウがウォンに目配せをして、作戦を伝える。その目の演技は、正に「語る」ように、ラウの意志をウォンに届けていた。
「・・・いいですか?」
「おっ、おう・・・」
「じゃ、お先に失礼」ラウは叫びながら、両手に持った九節鞭を振り回しつつ、華炎を燃え上がらせてシバに突進する。
「こ、こら、分かったからお前が仕切るな!」
そんなウォンの怒鳴り声までも焼き尽くしてしまうかのように、華炎が舞う。
「ふん・・・多少は考えておるようじゃの」シバは楽しそうに呟きながら、軽く体を揺らしてリズムを整える。
魔吼砲を撃つ様子は無い。
いや。撃たないのではなく、撃てないのだ。
ラウは今、九節鞭と華炎で、ほぼ完璧に防御を固めて突進している。そんなラウに魔吼砲を撃っても、華炎で相殺されてしまうのがオチだ。
そして・・・相殺されるだけならまだいいのだが、問題はその後だ。
魔吼砲は高い攻撃力を秘めてはいるが、その分技の発動に全力を要し、撃ち終わった後に若干の硬直時間ができる。つまり、技の後の隙が大きい・・・ラウとウォンは、シバがレンに放った魔吼砲を見て、そのことに気付いていた。
「くくっ・・・」笑いとも気合いともつかない声を発しながら、シバがゆらりと倒れるように前進を始める。
素早さよりも、ラウのリズムを崩すのが狙いの動きだ。
「ん・・・っ!」ラウはシバの動きに惑わされずに、更に加速して間合いを詰めると、九節鞭を鋭く振ってシバに打ち掛かる。
だがシバは一瞬早く、爆発するような踏み込みと共に、両掌に黒鎧氣を込めて突き出していた。黒い旋風が華炎を押し戻し、九節鞭の動きを鈍らせる。
そこへ・・・タイミングよく伸びてきたシバの両手が、九節鞭を捕まえてしまった。ラウとシバの、右手と左手、左手と右手が、二本の九節鞭を介してお互いに封じ合う形になった。
「どうじゃ?魔吼砲を使わんでも、黒鎧氣によって上昇した動体視力と反射速度をもってすれば、このぐらいはできるんじゃ。黒鎧氣の本家本元を、甘く見るでないぞ」
「ええ・・・見事なものです。でも、あなたの両手もふさがってますよ。それで魔吼砲が撃てますか?」
「・・・ぬ」
「魔吼砲というのは、黒鎧氣を介して地中の魔と同調して撃つ技でしょう?ならば、発動の際には地面に触れる必要がある筈です」
「・・・だからどうした?蹴りでも何でも、他にやれることはたくさんある」
「ほう・・・蹴りですか。ですが、両手を封じられてバランスの悪い状態で、この人と蹴り合いをして勝てますかね?・・・ウォンさん!」
「だから、お前が仕切るな!言われんでも行くぜっ!」
いきなりラウの背後から、ウォンが高く跳躍して・・・ラウの頭上を飛び越えて、シバに襲い掛かる。いかにシバといえど、頭上から攻めてくるウォンと蹴りで勝負をするのは分が悪い。
「なるほどな・・・ラウ君の華炎を盾にして魔吼砲を封じ、攻撃の本命はウォン君に任せると・・・だがな、ラウ君。魔吼砲を撃つために地面に触れるのが、手でなくてはならんなどと、誰が決めたのだ?」
シバの言葉と共に、その足元に闇が広がる。
その闇をシバが右足でドン!と踏みつけると・・・ギ・・・イ・・・−ッ!・・・悲鳴とも怒声ともつかない衝撃音と共に、魔吼砲が発動してラウとウォンを呑みこむ。
「くっ・・・!」
「ええ・・・いっ!」
ウォンは空中で体を丸めて防御姿勢を取り、ラウは華炎を燃え上がらせて、魔吼砲の勁力を防ごうとした。
「うわあっ・・・!」どちらかというと攻撃偏重型のウォンが、衝撃で空高く吹っ飛ばされる。
「ウォンさん・・・!」シュウは叫びながら、ウォンの落下地点・・・シバから20メートルは離れている・・・に向かって突進し、その鋼のような体を受け止めた。
さすがにレンと違って重いので、そのまま滑り込むように草地に倒れ込む。
「くっ・・・すまんな、シュウ。何かお前にはこんな役ばっかり回しちまって・・・」
「いや、そんなことよりラウさんは?」
ラウは華炎の力で、魔吼砲の勁力に見事に耐え切っていた。
そして、一度魔吼砲を撃てば、その直後のシバには必ず隙ができる。
「哈っ!」ラウは鋭い気合いを発して、渾身の右前蹴りをシバの腹に叩き込む。
ぼきん、と骨の折れる音がした。それは・・・シバの左腕が折れる音だった。
(くそっ、仕留め損ねたか・・・!)ラウが唇を噛む。
華炎のお陰で吹っ飛ばされこそしなかったものの、魔吼砲の衝撃はラウの動きを数瞬遅らせていた。だからシバは、辛うじて左腕でラウの蹴りを受け止められたのだ。
ただ、その防御は捌きでも化でもなく、ただ左腕を盾にしただけの稚拙な防御だったので、蹴りの威力をまともにもらってしまい、結果として骨折してしまったのだ。
「ぐぬっ・・・やるのう」シバは歯を剥き出して笑いながら、右の蹴りを返す。
ラウは左膝を上げて、その蹴りを流そうとした・・・が、流しきれずに脇腹にもらってしまった。
「ぬっ」ラウの顔が歪む。
「ラウさん?・・・どうして、あんな蹴りを捌き損ねるなんて・・・」シュウが叫ぶ。
「魔吼砲の影響だ・・・いくら華炎で相殺したとはいえ、ダメージ無しってわけにゃいかんだろ」ウォンが重そうに体を起こす。
「ちょっと、ウォンさん・・・あなたこそ、魔吼砲をまともに喰らってるんですよ?」
「いやあ、何とかなるよ。ラウの旦那と似たようなもんか・・・あー、ラウの旦那は蹴りを一発もらっちまったから、俺のほうがマシかもな」
「・・・え?」
「へへ・・・魔吼砲ってのはな、地中の魔と同調して放つ技だからな。その効力を充分に発揮できるのは、地上に居る奴に限られるんだよ」
「あ、そうか。ウォンさんは空中にいたから・・・」
「そうだ。これはフェイが教えてくれたんだ。レンも致命傷は受けなかったろ?あれは氣弾が盾の代わりになったってのもあるが、レン自身が空中にいたからってのが大きいんだよ」
「なるほど・・・じゃ、早くラウさんを助けに・・・」
「おいおい、慌てるなよ。二人をよく見ろ」
「・・・え?」
「俺だって、助けたいのはヤマヤマなんだが、ちょいと作戦に狂いができちまってな」
「作戦って・・・どんな?」