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グレイソウル  作者:
122/148

劣勢・1

「魔」はシバの足元で蠢きながら、その密度を濃くして、地面を闇色に染め始めた。

 その嘶きが、シバの呻くような気合いと同調した瞬間、シバは腰を落として足元の地面に右拳を突き立てた。

 シバの足元に密集していた魔が、黒鎧氣と・・・シバの体を媒介にして、一斉に地上に噴き出し、高く舞い上がり、闇色の柱となって空中のレンに襲い掛かる。


「うわああっ・・・?」

 発射寸前の氣弾が盾の役割を果たしてくれたので、致命傷にはならなかったが・・・それでもかなりのダメージを受けて、レンは吹っ飛んだ。

「くそっ」小さく叫んで、シュウが駆け出す。あっという間にレンの落下地点に到達し、その細い体を抱き止める。

「ごめんなさい、シュウさん・・・なんだか助けてもらってばかりで・・・」

「いいから静かにしてろっ」シュウはレンの髪を数回くしゃくしゃと掴んで微笑むと、すぐにフェイ達の所へ駆け戻る。


 シバが黒い息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。

「見ましたか、ウォンさん」ラウが静かな怒りを込めて呟く。

「ああ・・・見たよ。おい、シバ!お前一体、どういうつもりだ?」

「どういうつもりだと?・・・今の『魔吼砲』のことか?」

「ああ?技の名前なんざどうでもいい。今のありゃあ・・・喰らった奴は、死んで当然ってな技だぞ?それを・・・お前、レンがどんな気持ちでここに来たか・・・」

「だから魔吼砲をつかったのじゃよ。レンの命に別状はなかろう?」

「・・・何だと?」


「ウォンさん、奴の言う通りです。レン君は・・・大丈夫です」レンを診ていたフェイが、鋭く叫ぶ。

レンは草地の上に横たわり、体力と氣をひどく消耗して失神寸前だったが、氣の流れそのものは乱れていなかった。

「多分、レン君が抱えていた氣弾が、『魔吼砲』とかの威力の大部分を相殺してくれたんでしょう。それと・・・」

 フェイはそこで言葉を切り、ウォンとラウに目配せをするようにしながら、レンの背中を・・・翼の現れる辺りを指差した。それを見てウォンとラウは、何かにハッと気付いたようだった。


「フェイさんも・・・ごめんなさい。僕、何の役にも立てなくて・・・」レンが弱々しく呟く。

「そんなことはありません。君のおかげで、シバの切り札を見ることができました。これは大きいですよ」

「・・・切り札?」

「ええ。そうでなければ、レン君をここまで痛めつけられやしません。それほど君の攻めは完璧でした。・・・それに君も、あの『魔吼砲』は見たことが無かったんでしょう?だから、まともに喰らってしまった」

「うん。・・・そうだよ」

「レン君にさえ、秘密にしていたというのなら、やはりあの技はシバにとっての切り札なのでしょう。君は大きな仕事をしました。だから今は、ゆっくりと休んでください」


「えっ?でも・・・」

 フェイはレンの言葉を無視して、レンの額の印堂穴を静かに按ずるように点穴した。それだけでレンは、静かに目を閉じて眠ってしまった。

「ランさん、パイさん。そっちの森の陰で、レン君と一緒に隠れててください」

「うん」

「分かったわ」

 ランが素早くレンを抱える。ワンテンポ遅れたパイは、(ちょっと損した)と思いながら、とにかくランと一緒に森に入った。

 もっともフェイの銀衛氣のことがあるから、あまり奥には入れない。


「よしよし・・・レンは眠ったようじゃな」シバが満足そうに高笑いをする。

「お前・・・最初から、レンだけは眠らせるつもりだったのか?」ウォンが訊ねる。

「まあな。これでレンは・・・これから起こる惨劇を見なくて済む」シバの口元が、禍々しく歪む。これが今のシバの笑顔だった。

「惨劇?そんなもん、起こりゃしねえ。お前一人がぶっ倒れるだけだよ」ウォンはシバを指差しながら、氣勢を上げる。ウォンの足元の草が、螺旋状に波を打つ。

「それはそれは・・・大した自信じゃな。さすがは『風刃脚』のウォンだ。しかし惜しいのう・・・有り余る才能を持ちながら、お主には致命的な欠点がある」

「ほう?参考までに、聞かせてもらおうか」


「言わずとも、自分でよく分かっておろうが。非情さじゃよ。お主にはそれが無い。お主は今まで、人を殺めたことが無かろう?それでこのワシと、対等に渡り合えると思うか?」

「はっ、何かと思えばそんなことかい・・・」ウォンは心底がっかりしたかのように肩を落とした。

「確かに俺は、非情さに欠けている。人を殺したこともねえ。だがな、それが自分の弱さだとは思っちゃいねえ。お前みてえに、人殺しを何とも思わんような心が、強さの形のひとつだってのは間違いねえ。だがそれはあくまでも、たくさんある強さの形の中の、ほんの一部でしかねえ。・・・そんなこともわからんようじゃ、案外お前は見掛け倒しなんじゃねえのか?」


「カハハッ・・・口の減らん奴だな。だがな、それはお主が真の殺氣というものを知らんからじゃ。見るがよい。これが・・・ワシが生涯をかけて練り上げた闘氣じゃ。これを見てもまだ、ワシが見掛け倒しだなどと言えるかのう?」シバは不自然な抑揚をつけながら、叫び、呟き、怒鳴り、囁き・・・氣を解放した。

「うおっ?」

「むっ・・・」

 ウォンとラウが思わず声を洩らして・・・半歩退がった。

「ふん・・・中々やるじゃねえか」ウォンは額に汗を浮かべながら、それでも笑顔を浮かべた。

 ラウは溜め息をひとつ吐くと、両手に九節鞭を持って構える。


「ほほう・・・『中々やる』のはお主らのほうじゃ。これは思ったよりも、楽しめるかもしれんな」シバの声がブレていた。だが何故かその響きは、それほど不自然ではなかった。

 今やシバと「魔」は、ほぼ完全に同調しつつあったのだ。

「パイさん!お願いします!」フェイが森のほうに振り向いて叫ぶ。

「あっ・・・銀衛氣よね。あれが無きゃ、戦えないわよね・・・いや、分かってるんだけど・・・」パイが虚ろな目で、フェイを見返す。フェイはその目の奥に、パイの心が無いような気がした。


「無駄じゃよ、フェイ君。・・・君には結構期待しとったんじゃが、心配していた通りのことが起こってしもうたのう」シバが可笑しそうに肩を揺らす。

「心配・・・していた?」フェイが改めてシバを睨む。

 その鋭い視線を意にも介さず、鼻歌でも歌うかのようにシバの口が動いた。

「フェイ君。君の銀衛氣は、発動すれば確かに恐ろしい。だが・・・その発動の鍵が、あんな小娘の恐怖というのは、まずかったのう。・・・何しろ今、あの娘は、何も感じなくなっておるのじゃからな」

「何言ってやがる。これだけ無遠慮に殺氣をばら撒いといて、感じないもクソも・・・あ」ウォンは反論の途中でパイの心理状態を察して、口を半開きのままで硬直した。


「そう。・・・その小娘の心は今、何かを『感じる』ということを拒絶しているのじゃ。こんな・・・嵐のように吹き荒れる殺氣の中で、いちいち『恐怖』などを感じていたら、心が壊れてしまうからな。恐怖が無ければ、『助けてもらいたい』という気持ちも起こらんから、銀衛氣も発動せん。・・・ま、少なくともそこの女二人は、もう使い物にはならんよ。いわば蛇に睨まれた蛙じゃ」

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