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グレイソウル  作者:
12/148

交渉・4

「ワシは、人里での暮らしをやめて山に篭った。そしてひたすら拳の一撃を鍛えた。『無極之氣』を練り、拳に込めて打ち出せるようになった時、その威力は閃飛角以上だった・・・」

「ちょっと、じゃあ何で飛び道具なんか使うようになったのよ?」パイが無遠慮に割り込む。

「あぁ・・・ワシは、一撃の破壊力にこだわり過ぎた・・・いや、囚われていたという方が正しいかの・・・その一撃を、いかにして相手に当てるか。その工夫を全くせなんだ。そして世の中は広かった。ワシのように、ただ体がデカイとか、腕が長いというだけでは、拳を当てられんような奴が幾らでもいた。やたらとすばしっこい奴。受け流すのが上手い奴。・・・そして、この男のように」

 ムイはフェイを忌々しそうに睨んで苦笑した。

「すばしっこい上に、受け流すのも上手い奴。こういう奴らは、ワシの必殺の一撃をかわし、くぐり抜け、いなして懐に入り、ワシを打った。・・・いいように打った。ワシは持ち前の頑丈な体で、簡単には倒れなんだが・・・最後には倒されることの方が多くなった。棍だの槍だのってえ長兵器とか、氣弾を打つような奴らにも手を焼いた・・・ワシが生まれた村ってなあ、へんぴな田舎でな、喧嘩といやあ素手の殴り合いだったから、・・・ワシの拳が届かないような遠間から攻めてくる奴がおるなんぞ、考えたこともなかった。まあ、相手が武器持ちだろうと氣弾使いだろうと、半端な奴が相手なら、まずはその武器なり氣弾なりを、拳で打ち壊して間合いを詰められたが・・・はっ、お前がさっきやったようにな。しかし、少し遣える奴が相手だと、何もできずに負けたな」


「閃飛角をかき消した、あのスタイルは、本来の僕のやり方じゃありませんけどね。何にせよ、あなたはその恵まれた体格に頼り過ぎて・・・相手の攻めをかわし、こちらの攻めは確実に当てる、といった工夫をしてこなかった。僕は逆に、この体ですからね」フェイの身長は、ムイの胸にやっと届くぐらいだ。

「色々と工夫せざるを得なかったろうな。それがお前の、今の強さになっている・・・ワシは逆に、このデカイ体が弱点の元になった・・・」ムイは自分の胸を、拳で叩いた。パスンという弱々しい音が、自嘲的に響く。


「ワシは悔しかった。一発でも当たりさえすれば、勝てる。それだけは確実だった。目の前の敵を一撃で倒す。そのためだけに拳を磨いてきたのだ。・・・その拳が当てられない。いつの間にか、ワシは『当たらない拳ならいらん』と思うようになっとった。そして・・・魂と『交渉』をした。その交渉でワシは、信念をかけて作り上げた拳と引き換えに、氣弾を撃つ力を手に入れた。それから・・・ワシの戦績は変わった。勝ち続けたわい」 

 ムイはその頃のことを思い出したのか、少し楽しそうだった。

「・・・で、氣弾に『護霧』『閃飛角』と名付けた。戦う時は護霧で距離をとり、閃飛角を二、三発足元に撃ち込んでやりゃあ、もう相手の降参で勝負が付いた。あのヨウでさえ、護霧は抜けられんかったし、閃飛角の連射には反応しきれんかった。連戦連勝じゃ・・・シバに会うまでは、な」


「シバは、あなたとどう戦ったんですか」

「お前と同じだ。護霧も、閃飛角も・・・奴の拳でかき消された・・・」

「もしも、ですよ。あなたの拳がかつての力を取り戻したなら、シバに通用しますか?」

「馬鹿な。ワシの技術で、シバに拳を当てられる筈がなかろう」

「じゃ、質問を変えましょう。あなたの拳が破壊力を取り戻して、それがシバにまともに命中したなら、シバを倒せますか?」

「・・・答えにくいことを聞くな・・・もちろん倒せる、と言いたいところだが・・・正直、ちと厳しいの。あ奴は耐久力も並ではない。まあ、さすがに無傷ではおれんだろうが・・・」

「なるほどね・・・」フェイは少し考えてから、ムイを蔑むような目で見た。


「あなたは『交渉』などするべきじゃなかった」

「ん・・・なぜだ」

「あなたは、拳での一撃に賭けていたのでしょう?その想いに見合うだけの威力も得たのでしょう?ならば、なぜその拳を当てる工夫をしなかったのですか?大切なのは、均衡を保つことです。そのための感受性です。魂との交渉ができるのなら、あなたには相当の感受性があるはずです。それをもって動きを練り、技を磨けば、相手との距離を縮める方法は必ず見つかります」

 フェイは溜め息をつきながら続けた。

「あなたは、そういった工夫をせず、安易に飛び道具に頼ることを選んだ。そうやって『拳での一撃』という信念を曲げた時、あなたはむしろ、弱くなったんです。・・・シバや僕に負けることも、その時から決まっていたんですよ」


 パイは嫌な予感がしていた。

「あのちょっとフェイ、そんなにチクチク痛ぶってないで、さっさとトドメを・・・」

「偉そうなことをほざくな」突然ムイが怒鳴った。

「ごめんなさいごめんなさい、黙ってますからもう言いません」パイは心臓に噛み付かれたような恐怖を覚え、フェイの背後に座り込んだ。

「あーっ、お前じゃない。そっちの男だ。・・・距離を縮める方法は必ず見つかる、だと?大したモンだ。才能のある奴ぁ言うことが違う。だが、その距離を詰めて、お前は何をしようってんだ?手に手を取り合って、お互いに分かり合おうとでも言うんなら、白仙らしくて結構だ。だがお前は違うだろう?固めたその拳で、相手を打って、傷付けるために距離を縮めるんだろうが?それが白仙のやることか?白仙としての生き方を、信念を曲げてんだろうが?そんな奴に、説教される筋合いはない。グズグズ言わずに、討ちゃいいだろう。お前には、ワシを討つだけの理由も、力もあろうが」

 ムイの周りに黒い霧が渦巻き始めていた。


「その調子です」フェイがニヤリと笑う。「黒鎧氣を高めるには、怒るのが一番手っ取り早い」

 ムイがハッとする。パイはギョッとした。二人ともフェイの真意は読めない。

 いきなりフェイがスッ、と間を詰める。フワリと浮き上がって、ムイの額の印堂穴、喉の天突穴、腹の巨闕穴、関元穴、脇腹の帯脈穴を次々に点穴しながら着地して、最後に両肩の中府穴を中心に、両手で軽く掌打をポンと入れた。

 ムイは半歩だけ後方によろめいたが、ダメージは無い。

「お前・・・一体、ワシに何をした?」

「あなたの経脈をちょっと操作して、氣の流れを変えました。・・・もう、あなたは氣弾を撃てません」

「何だとッ?」ムイは慌てて閃飛角を試し撃ちするべく、指先に氣を集中させ・・・ようとしたが、何の反応もなかった。


「うほ、やーった!じゃ何?このオッサンって、もしかしてもう、無力?」パイが満面の笑みで躍りまわってはしゃぐ。

 額の銀色の光が消えて、ムイに睨まれてもどこ吹く風だ。フェイの髪と目も、元の栗色に戻っていた。

「いえ、そんなことはありません」フェイが首を振る。「氣弾を撃てなくなったことで、ムイさんの『交渉』は無効になっている筈です。つまり、ムイさんの拳には以前の・・・閃飛角以上とかいう破壊力が戻っています」

「え?」パイの笑顔が引きつり、そのまま硬直した。額が再び光を放ち、たちまちフェイの髪と目が銀色に染まる。

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