新生・3
だがフェイは、間を外されて少し困惑したような表情を浮かべながら、「・・・パイさん。僕が言ってるのは、そんな抽象的な意味じゃありません」と、笑いを含んだ声で呟いた。
「・・・え?違うの?」
「違います。・・・レン君、ちょっと目を閉じてください」
「・・・はい」
「そして、思い出してください。お母さんに買ってもらった絵本を見て感じた、空を飛ぶことに憧れる思い。お母さんを助けるために、できることなら飛んでいきたいと願った気持ち。空を飛ぶ術を求めて、仙人を探し歩いた頃の熱意。そして・・・初めて空を飛んだ時の喜び。・・・黒鎧氣があろうと無かろうと、レン君の・・・飛びたいという思いそのものに、変わりはない筈です」
「・・・うん」
「そう。それじゃ、その思いを・・・君の意念の中で、具体的な映像にしてみてください」
「・・・はい」レンの頭の中に、翼が・・・今度は黒ではなく、真っ白な翼のイメージが浮かんだ。それと同時に、レンの体が鈍く光り始める。
「よし。・・・それじゃ、そのイメージを・・・一気に解放してください」
「うん・・・」
目を閉じたままで軽く頷いたレンの全身が、ひときわ明るく輝いたかと思うと・・・その背中から、翼が・・・闇色ではなく、白く光り輝く翼が現れた。
病室いっぱいに、白く輝く羽根が舞う。
「うわっ」
「おほっ」
パイとドンヅォが、同時に叫ぶ。
「そう。レン君、あなたは・・・もう黒鎧氣の力を借りなくても、翼を使えるんです。・・・あなたのその力は、人間の可能性の象徴です。大事にしてください。・・・もっとも、黒鎧氣の攻撃性はもうありませんから、あの『風』は使えませんけどね」フェイは微笑みながら、レンの翼を優しく撫でた。
「僕は・・・また・・・飛べる・・・」レンの両目から、涙がこぼれた。
「ええ。でも本当に飛ぶのは、2〜3日様子を見てからのほうがいいでしょう。あなたの体調は、万全じゃありませんからね。まだ翼を出すだけでも、相当疲れる筈です」フェイの言う通り、レンの翼は見ている間に縮みつつあった。
だがレンは、体調さえ戻ればまた飛べる、という手ごたえを確かに感じていた。
「じゃ、僕は・・・ウォンさんとラウさんと、シュウのお見舞いに行きますから・・・レン君は、ゆっくり養生してください」フェイはもう一度、レンに優しく微笑みかけてから立ち上がった。少し足元がふらついていた。
レンに片手を振って病室を出るフェイを、パイが追う。
フェイは・・・病室の扉を閉めた後、廊下の壁にもたれてグッタリとしていた。
「こういうことだったのね」パイは右手を鞭のようにしならせて、フェイの肩をピシリと打ち鳴らした。
「・・・はい?・・・ええ、まあ・・・」フェイは打たれた痛み・・・より、音で一瞬ビクリとしながら、面倒臭そうに答える。
「ふふ。大丈夫?この三日間、レン君の治療に掛かりっきりで、ロクに寝てないでしょ?」
「まあ、何とかなりますよ」
「そう?・・・いやー、変だと思ったのよね。ヒムとかジュンファとか、リャンジエとかヘイユァン・・・あ、ヘイユァンの黒鎧氣は、『魔』と一緒に自然に消えちゃってたわね。・・・まあとにかく、レン君以外の実行委員の黒鎧氣を取り除くのなんか、もうチョイチョイってやってたのに、レン君だけはえらく時間がかかると思ったら・・・こんな細かいことやってたのね」
「ええ。ヒムと、ジュンファと、リャンジエは・・・ただ黒鎧氣を取り除くだけでしたから・・・ティエン国の錬武祭に来ていた実行委員への施術で、要領は分かりましたからね。簡単なものです。でも、レン君は・・・黒鎧氣によって獲得した能力は残したままで、黒鎧氣だけを取り除こうと・・・思った以上に面倒でしたね。ま、要領は分かりましたから、次はもっと速くできますよ」フェイは力無く・・・だが、会心の笑みを浮かべた。
「でもさ。無理してフェイが倒れちゃったら、大変だよ?まだ戦いは続くのに。・・・どうしてここまでする気になったの?」
「うーん・・・そうですね。ラウさんの言ったことに似てますが・・・レン君が、空を飛ぶために・・・あれほどの力を得るために、どれほどの思いを抱えていたのか・・・何となく、分かるような気がしたんです」フェイは少し悲しそうに目を伏せながら、右手を握って拳を作り、それをじっと見つめた。
「そんな顔しなくてもいいでしょ。・・・結局、今度の錬武祭だって、誰も死なずに済んだし。レン君も翼を取り戻したし」パイは上機嫌で、スッと右手を伸ばすと、子供をあやすようにフェイの頭を撫でた。
「・・・何してるんですか、パイさん」
「何って、フェイが頑張ったから褒めてあげてんのよ」
「よしてくださいよ。それでなくてもパイさんのほうが、僕よりずっと背が高いのに・・・こんなところを誰かに見られたら、まるっきり僕のほうが格下だと思われます」
「いいじゃないの。フェイは私の部下なんだから」
「・・・あ」
フェイは(嫌なことを思い出した)というように顔をしかめた。
「さてと。・・・じゃあ、お見舞いよね。誰の部屋から行こうか?」
「そうですね。それじゃ・・・」
フェイが壁から体を離した時、シュウの病室の方向からランが急ぎ足でやって来た。
「あ・・・フェイさん、パイさん・・・シュウを見ませんでしたか?」
「いえ・・・僕もこれから、様子を見に行こうかと・・・」
「シュウさんが、どうかしたんですか?」
「病室にいないのよ」
「?ちょっとその辺を歩いてるとか、そういうのじゃないんですか?シュウさんなら、もうかなり回復してるし」
「それならいいんだけど・・・氣配からすると、何だか随分前に部屋を出たみたいなのよ。それに、ちゃんと外出用の服に着替えてるし。それなら、誰にも言わずに出かけるなんて、ちょっとシュウらしくないし」
「そうですね。ドンヅォさんも、特に何も言ってませんでしたし・・・ウォンさんとラウさんは?」
「まだ・・・これから部屋を訪ねようと思って」
「じゃあ、行ってみましょう」
フェイとランは平静を装ってはいたが、・・・パイにも感じられるほどの胸騒ぎに襲われていた。
新生・了