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グレイソウル  作者:
116/148

新生・2

 強くなれる。

 シュウにとって、それは確かに抗い難い誘惑だった。

 強くなりさえすれば、全てが許されるような気にまでなっていた。

 そしてシュウは・・・静かに寝台から下りた。



 レンは、シバの氣配を感じた・・・ような気がして、目を覚ました。

 そこは病室だった。窓から差し込む日光が眩しい。

 付き添いの看護士がすぐに気付いて、「よかった。目が覚めたのね・・・気分はどう?」と声をかけながら、伝声器を操作して人を呼ぶ。

「あ・・・大丈夫です。ちょっと体が重いけど・・・」レンはもごもごと返事をしながら、部屋を見回した。ちょっとではなく、かなり体が重かった。口も思うように動かないのだ。

「体はかなり重い筈よ・・・あなたはもう、三日も眠ってたんだから」

「え?・・・三日?」驚くレンの目に、壁に掛かった鏡が映る。

 その鏡を覗き込んだレンは、自分の髪が・・・黒鎧氣に染まった闇色ではなく・・・彼本来の、青みがかった色に戻っているのに気が付いて、愕然とした。


 咄嗟に背中に氣を集中して、翼を出そうと試みたが・・・駄目だった。レンは手足の全てをもぎ取られたような気がして、吐きそうになった。

 そこへフェイとパイと、・・・それにドンヅォがやって来た。

「やあ、レン君。・・・よかった。体調はまずまずのようですね」フェイが安心したようにレンに微笑みかける。

「レン君、だったね。・・・チュアン国の警備隊を代表して、礼を言うよ。君がこちら側についてくれたおかげで、戦況ががらりと変わったんだからな」ドンヅォは相変わらずの悪人面に、精一杯の笑顔を浮かべて、レンに感謝の意を述べた。

 そんなドンヅォを、パイは(ううっ・・・なのに、脅しているように見えるのは、何故?)と、笑いを堪えながら見ていた。


「翼は・・・」レンがポツリと呟く。

「・・・はい?」

「翼は・・・僕の翼は、無くなったんですね」

「・・・黒鎧氣は、危険な氣なんです。それを纏う者を、いつ取り込んでしまうか分からない・・・君は卓越した氣の制御能力で、人格に少しの影響も受けずに黒鎧氣を纏っていましたが・・・いつまでもそうしていられるという保証はありません。そして、君ほどの力を持った人が、もしも一たび魔に呑まれるようなことになれば・・・どれほどの惨事になるか、想像もつきません。恐らくは、誰にも・・・僕は勿論、ラウさんにもウォンさんにも、・・・そしてシバにも、魔に呑まれた君を止めることはできないでしょう。だから、そうならないように・・・君の体から、黒鎧氣を取り除きました。あなたにとっては、黒鎧氣を纏っているのが普通の状態だったわけですから、慣れるまではちょっと、体が重いでしょうけどね」


「もう・・・飛べないんですね」レンがまた、ポツリと呟く。

「・・・レン君」フェイは寝台の側に椅子を運ぶと、レンの顔を覗き込むようにして座った。

 少女のように整ったレンの顔が、ハッとしたように固くなる。

 パイは無表情を装いつつ、鼻の下を長く伸ばしていた。(う〜ん、いい絵だ・・・レン君は、フェイとの組み合わせが一番いいかも・・・いや、シュウさんとの組み合わせも捨て難いな)

 フェイはパイの呼吸と心拍音と氣の状態から、彼女が何を考えているのか大体の見当がついたが、少し顔に汗を滲ませただけで無視を決め込んでいた。


「レン君。あなたは・・・何故空を飛びたいと思ったのですか?」フェイが優しく語りかける。

「僕は・・・きっかけは、お母さんに買ってもらった、絵本だった・・・」

 レンは最初から・・・静かに語り始めた。物心がついた頃には、ウーミィ国の国境沿いの山中で、母親と二人で暮らしていたこと。

 家族について話したこと。その日に、仙人の絵本を買ってもらったこと。

 ・・・母親を助けようとして、懸命に走ったのに・・・間に合わなかったこと。

 施設の人達は優しかったけれど、「空を飛ぶ」ということに関しては、取り合ってくれなかったこと。

 施設を出て、色々な仙人に会ったこと。

 そして・・・シバとの出会い。


 レンは、シバのことを話し始めた途端に、フェイの表情が厳しくなったことに気付き、悲しくなっていた。

 シバは世間的には悪人だということは、レンにもよく分かっていた。だがレンにとっては、シバは「翼をくれた」恩人なのだ。

(でも、この・・・フェイという人は、きっとシバのせいで、とても悲しい思いをしたことがあるんだろう)レンはそんな風に想像して、申し訳ないような気持ちになっていた。

 フェイはフェイで、そんなレンの心中を察して、自分の怒りがひどく大人気ないように感じていた。

 それでもレンの口振りには、シバへの感謝の意が滲み出ていた。それほどレンにとって、シバは・・・シバに黒鎧氣を分けてもらったことや、そのおかげで氣の制御能力が増して、空を飛べるようになったこと・・・は、大きなことだったのだ。


「最初に・・・シバから黒鎧氣を受け取った時は、ちょっと苦しかったけど。すぐに慣れたよ。それから、氣を練って、高めて、『飛びたい』という気持ちを具現化して・・・できたのが、あの翼なんだ」

「レン君は、ただ空を飛びたいと・・・それだけで、あの黒い翼を作ったんですか?」

「そうだよ」

「翼が起こす『風』で、他人の氣を乱すことができるとは、思っていなかったんですか?」

「全然。・・・僕が飛んでいるのを、シバが見ていて・・・それで、いきなり『ワシが近付くのを、その翼の風で止めてみろ』って言われて。やってみたら、シバがフラフラって座り込んじゃって。・・・それが、あの黒い翼を武器として使った最初だよ。だから・・・シバに言われなきゃ、翼にあんな使い方があるなんて、気が付かなかったかもしれない」


「うん。・・・あの風の力は、黒鎧氣の攻撃性が君の翼の力を借りて・・・ある意味『暴走』したものなんでしょうね」

「僕もそう思う。だって僕は・・・あんな力、欲しくはなかったから・・・」

「ただ、飛びたかっただけ?」

「うん。・・・初めて、自由に空を飛んだ時は・・・本当に嬉しかったよ。高く、高く昇るとそれだけ・・・お母さんに近づけるような気がして・・・でも、もう・・・」レンの目に涙が光る。


「ふう。・・・なんだか、ひどい悪者になった気分だな・・・」ドンヅォが神妙な表情で、ポツリと呟く。

 パイはドンヅォをチラリと見ながら、(悪者ねえ・・・うん。あなたが言うと、説得力があるわ)と、一人で納得していた。彼女自身、レンにすまないような気分になっていた。


「レン君。そんなにガッカリすることはありませんよ。黒鎧氣の力があろうと、無かろうと・・・心さえ自由なら、あなたはいつだって飛べます」フェイは淡々と、当然のことのように告げる。

「そ、そうそう!翼なんてのはね、背中から生えてりゃいいってもんじゃないのよ。心の翼を広げれば、思いは一瞬でどこへでも飛んでいけるんだから」パイが調子に乗ってフェイに続く。彼女なりの、レンを元気付けたいという気持ちが込められた言葉だった。

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