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グレイソウル  作者:
115/148

新生・1

 シュウは病室の寝台に横たわったままで、ボンヤリと天井を眺めていた。

 と言ってももう夜中で、しかも明かりも点けていないので、特に何が見えるというわけでもない。


 チュアン国での錬武祭が終了してから、もう三日が経っていた。

 ここは警備隊直轄の病院で、シュウだけではなく、ラウやウォン、それからレン、その他の実行委員の四人も入院していた。

 シュウの体は、ほぼ元通りに回復していた。だが・・・気持ちは沈みきっていた。

(錬武祭の実行委員を・・・ラウさんが一人、倒して。ウォンさんとフェイで、三人。パイさん・・・言っちゃ悪いが、あのパイさんでさえそれなりに戦って・・・フェイなんか、実質は二人倒したようなものだ。なのに俺は・・・一人も倒せなかった)

 

 それは仕方の無いことだと、シュウは何度も自分を説得していた。

(ラウさんの言う通り、運が悪かった・・・あのタイミングで打たれては、どうしようもなかった)だが気分は晴れない。

 レンを助けに走った判断は、間違っていたとは思わない。

 ただそのために、満足に戦えなかったというのは、どうにも納得ができなかった。

(本当に・・・フェイには、大きな差をつけられちまった)

 シュウにとって、これが一番辛かった。

(もしもあそこで打たれずに、戦っていたら・・・俺は実行委員を倒せたろうか?)

 意味の無い問いだということは、自分でもよく分かっていた。

(俺は、戦い損ねたんだ。それが全てだ。戦っていれば勝ったかとか、負けたかとか・・・考えてもしょうがない)


 だがそれならそれで、存分に戦うことのできたフェイが羨ましかった。

(しかもフェイは、充分な結果を残している。なのに俺は・・・)

 そんな考えが、頭の中で堂々巡りをしていた。シュウはそんな自分が情けなかった。

 シュウが思い悩むのも、無理はなかった。彼の目的は、シバを倒すことだ。だから錬武祭で実行委員を倒せたかどうかは、シバと戦えるかどうかのそれなりの目安になる。

 その戦いに参加し損ねたのだから、気に病むなというほうが無理な相談だ。


 だがシュウは、いつまでも気持ちの晴れない自分が・・・フェイを羨む自分が、ひどく矮小に思えて仕方がなかった。

(次は恐らく・・・いよいよ、シバだ)

 過ぎたことに囚われるより、先のことを考えるほうがまだましだと思い、シュウは無理矢理に思考を切り替えた。

 だが浮かんだきたのは、シバに打ちのめされる自分と、そこへ駆けつけてシバを殴り倒すフェイのイメージだった。

 

「くそっ」シュウは小さく叫ぶと、拳を押し付けるようにして寝台を叩いた。

 不規則な振動が、苛立ちを増長させる。

 ・・・パタパタと布が擦れ合うような音がする。・・・その、パタパタという音が止まない。

(違う。これは・・・紙が擦れ合う・・・いや・・・羽音?)

 視線を泳がせたシュウの目に、一匹の蛾が映った。


「・・・シュウよ」

 いきなり蛾に名前を呼ばれて、シュウはビクリと体を震わせた。

 無意識の内に体を起こしていた。

 その蛾の声は・・・シバのものだった。

 いや。よく見るとそれは蛾ではなく、蛾を模して紙で作られた呪符だった。


「貴様・・・一体、何をしに来た?」シュウの声は針のように刺々しかった。

 いや、声だけではない。

 さっきまでの沈んだ心はどこへやら。一変して闘氣が跳ね上がり、氣勢がシュウの周りの空気をピリピリと震わせ、呪符に突き刺さりそうな激しさで発散していた。

「ふふ・・・まあ、そんなに熱くならんでもよいぞ。別に戦いに来たのではない。ちょっとお前に用事があってな」

「用事だ?ふざけるな。そんなもの、お前にあっても俺には無い。戦うこと以外はな」


「そんなことはない。お前もワシに用がある筈じゃ。戦うこと以外にな。この声が聞き取れるというのが、その何よりの証拠じゃ」

「・・・何だと?」

「お前は今、怒りと憎しみに囚われ、力を求めている。力が手に入るのなら、どんな方法でも構わんと思っておる。例えば・・・黒鎧氣に頼ってでも、だ」

「・・・黙れ!」

 シュウは右手に火氣を込めると、手刀を一閃させて、フラフラと飛ぶ呪符を焼き払う。呪符はボン、と小さな爆発音を立てて床に落ち、すぐに燃え尽きた。


「ふはは・・・見事じゃのう。だが、無駄なことじゃ」

 今度は背後からシバの声が聞こえた。

 シュウが振り向くと、そこにはまた・・・呪符で作った蛾がヒラヒラと宙を舞っていた。

 シュウは黙って火氣をこめた右手を振り、呪符を焼き払う。

「無駄だ」左から。

「無駄じゃよ」右から。・・・シバの声がした。

 シュウは両手に火氣を込めると、左右の呪符に向かって拳を突き出・・・そうとして、動きを止めた。


 背中に悪寒が走っていた。

(何かが・・・いる。左右の呪符だけじゃない。・・・どこだ?)シュウは感覚を研ぎ澄ました。

「そうじゃ」

「それでよい」

「無駄なことはやめろ」

 声は、左右だけではなく・・・上からも降ってきた。

 シュウはがばと天井を仰ぎ見て、思わず息を呑んだ。声にならない絶叫が、胸の中でこだましていた。


 天井には無数の・・・おびただしい数の呪符の「蛾」が、びっしりと模様のように貼り付き、ざわざわと蠢いていた。

「無駄なことはよせ」

「どの道、今のお前では」

「ワシは倒せん」

「それよりも」

「一緒に」

「こちら側に」

「来るんじゃ」

「お前には才能がある」

「まだまだ」

「お前は」

「強くなれる」

「そう・・・」

「フェイよりも」

「強くなれる」

「黒鎧氣を」

「纏えば・・・!」


 シュウの頭の中で、シバの声が・・・甘い誘惑となって響き始めた。

(違う。俺は、シバを倒すために強くなりたいんだ。フェイは関係ない・・・!)

 シュウは頭を振って、自我を保とうとした。

「だから」

「無駄なことはよせ」

「お前は自我を」

「失ってなどおらん」

「お前は、このワシを倒す力を」

「持っておらん」

「フェイよりも弱い」

「そんな自分が許せずにいる」

「それがお前の本音だ」

「それが今のお前の自我だ」


 呪符は口々に、天井から言葉の雨を降らせた。

 シュウは頭の中でこだまするそれらの声に、ぼうっとするようでもあり、覚醒するようでもあった。

 少なくとも、聞かずにはいられなくなっていた。

「動機など」

「何でもよい」

「強くなりたいと思う」

「そのこと自体は」 

「良くも悪くもない」

「だがお前は、ワシに及ばないという事実と」 

「フェイへの嫉妬心に囚われて」

「強くなりたいと願うことさえ」

「後ろ暗く感じ始めておる」

「その心の闇が」

「お前を」

「黒鎧氣に・・・適応させるかもしれん」

 

 シュウはゾクリとした。

 だがそれが、恐怖なのか興奮なのか、自分でも区別がつかない。

「お前は本来」

「黒鎧氣を纏うのに」

「適した性格ではない」

「だが・・・今のお前は特別だ。だからこの声が聞こえるのだ」

「黒鎧氣を」

「くれてやろう」

「そうすれば、もっと・・・」

「強くなれるぞ」

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