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グレイソウル  作者:
110/148

油断・1

 ヘイユァンは、すっかり落ち着きを取り戻していた。

(・・・よし。どうやら当面の敵は、あの白仙一人のようだな。・・・あいつなら対策が立ててあるから、何とかなるだろう。ウォンだって、片足とあっちゃあ俺の敵じゃねえ。・・・うむ。白仙とウォンの奴を殺ったら、残りは雑魚ばかりだしな)

 戦いの展望が開けていくのに比例して、ヘイユァンの周囲の残忍な闇がより濃厚さを増して、霧状に渦巻いていた。彼は自分自身の嗜虐性が具現化した空間に浸って愉悦感に震え、それが更に黒鎧氣を練り上げていた。


 フェイは片手を上げながら本館へ目配せをして、方々に倒れ伏している実行委員の回収を頼んだ。それを受けた救護班は、素早く三方に散って、ヒム・ジュンファ・リャンジエを回収する。

 救護班は最初、ヒム達を枷や呪縛縄で拘束しようとしていたが、すぐにその必要は無いと・・・それほどヒム達は、ひどい重傷を負っていると気付き、とにかく迅速な回収・撤退を優先した。

 その間フェイは、ヘイユァンが救護班に手を出さないように、氣圧をぶつけて牽制していた。

 だが元よりヘイユァンには、救護班を襲う気は無いようだった。


「・・・随分と落ち着いてますね」フェイが皮肉を込めて挑発する。

「ああ。どうせなら、仲間の応急処置ぐらいはしてもらっとこうと思ってな」

「仲間思いで結構なことです。でもどうせなら、応急処置ぐらいはなんて言わずに、しっかりした治療を受けさせてあげたらいいんじゃないですか?・・・もう、あなた一人だけなんですよ。無駄な争いは止めにしませんか?」

「へっ。いかにも白仙らしい説得だな・・・あいにく俺は、戦うのを止めるつもりは無いぜ。確かに実行委員の残りは俺一人だが、そっちだってお前一人だろうが」

「そんなことはありません。パイさんも、ウォンさんもいますし、本館の屋上には氣弾の遣い手が大勢います」

「えっ?・・・いやその、私は頭数に入れてくれなくてもいいのよ」パイが謙虚かつ無責任に戦闘を拒否する。


「フハハッ・・・。全く、頼りになるお仲間だな。いや、仮にその女がやる気満々だったとして、現実に何ができる?ティエン国じゃ、腕を斬られてオタオタしてただけだろうが」

「うるさいわね。あんたに言われたくないわよ。大体あんただって、さっき仲間の坊主頭がぶっ飛ばされるのを見て、呆然としてたじゃない」パイはウォンの後ろに隠れたままで、ささやかな反撃をする。

 実はパイとしては、さっきの弱気発言は半分は本音だが、半分はヘイユァンを油断させるためのフェイクのつもりだった。

 結果としてヘイユァンは目論見どおり、パイを戦力外だと笑って切り捨てる形になったが、こうもあからさまに侮られては、いい気はしない。


「ああ・・・そうだな。さすがに『風刃脚』のウォンは恐ろしいと思ったね。だがそのウォンも、今は片足だ。俺一人でも何とかなるさ。ましてや、レンの『風』を受けて、未だにフラついてるような屋上の連中なんぞ、問題外だね。・・・俺は、この白仙とウォンを殺す。それから雑魚共を適当に血祭りに上げて、車を一台頂いて、そいつでヒム達を回収して、悠々と帰還させてもらうよ」

「それは、無理です。・・・さっきから、あなたの身体や黒鎧氣の状態を観察していましたが・・・あなたの耐久力では、僕の銀衛氣を込めた拳に耐えることはできません」

 脅しではなかった。フェイは観察から導き出した結論を、飾らずに淡々と述べただけだ。


「そうかもしれんな・・・だが、いくらお前の拳の勁力が桁違いでも、当たらなきゃあ意味が無かろう」

「へえ・・・僕の拳を、捌ききる自信があると?分かってませんね。『当てる技術』も威力のうちなんですよ」

「ふふん、どうかな。やってみりゃ分かるだろ」

 言葉に含みを持たせながら、ヘイユァンは無造作に歩き始めた。

 フェイもヘイユァンが間合いを詰めるのを、ただ待ったりはしない。すぐに歩を進めて、ヘイユァンにペースを握らせないようにする。

 あっという間に二人の距離が縮まる。


 先に手を出したのはヘイユァンだった。両手を下ろしたままのフェイの顔を狙って、右の貫手を突き出す。

 この時フェイは、まだ間合いを詰める意識のほうが強かったので、まるで不意打ちをされたような気分になっていた。実際、届く筈がないと思い込んでいる距離から飛んでくる攻撃は、限りなく不意打ちに近い。それほどヘイユァンのリーチは長かった。

 だが、予想外の遠間からの攻めだからとて、反応できないフェイではない。慌てずにヘイユァンの右手を狙って、銀衛氣をこめた右拳を放つ。

 相手の攻撃力に、耐久力が追いつかないのはヘイユァンだけではない。それはフェイも同じだ。だから貫手を捌くよりもいっそ、より高い攻撃力で相手の武器から確実に壊す・・・それが、銀衛氣発動時のフェイのスタイルだ。


 これに対してヘイユァンは、体の捻りを少し強めて貫手の軌道をずらし、フェイの右拳の外側に滑り込むように粘らせた。

 途端にヘイユァンの右手に、半端でない量の衝撃が伝わる。

(くっ・・・黒鎧氣を集中させた掌で、しかも完全に側面に接触したってえのに、これだけガツンと来やがるか・・・こりゃあ確かに、まともに一発もらったら終わりだな)ヘイユァンはフェイの拳の勁力に驚きながらも、冷静に右手を粘らせて、フェイの右肘を捉える。

 そのまま腕を引き込みつつ、死角に入ろうとして、ヘイユァンは妙な違和感を感じた。

(・・・軽い?)


 フェイはヘイユァンの引き込みに逆らわず、歩を進めながら左に回旋し、囚われていた右肘を外しながら、ヘイユァンの傍らをすり抜けつつ左の拳背を顔めがけて振っていた。

 ヘイユァンは舌打ちをしながら、横っ跳びに間合いを離してフェイの拳背の振り打ちをかわす。

(今の俺じゃ、こいつの拳を受けるのも捌くのも無理だ)ヘイユァンはこんな状況でも、客観的な分析をする冷静さを保っていた。

 だが、ヘイユァンの真の恐さは、この冷静さなどではなく・・・ましてや、リーチと破壊力に優れた貫手でもなかった。


 フェイは振り打ちをかわされたと見るや、すかさず左腕をたたんで旋回を終わらせ、その勢いを鋭い追い足に転化させて、ヘイユァンとの間合いを詰め直す。

 追い足がそのまま踏み込み足になり、右拳が飛び出す。

 いいタイミングだった。

 黒鎧氣を込めた貫手での迎撃気味の捌きは一度見ているので、またヘイユァンがその手で来たら、今度こそその貫手を潰す自信が、フェイにはあった。

 

 だがヘイユァンは、防御しようという素振りも見せない。

 そしてフェイまでが何を思ったのか、右拳を途中で止めてしまった。


「フェイ!何やってんのよ!どうして打つのを止めるのっ?」パイが怒鳴る。

「あの野郎・・・ふざけた真似を・・・」ウォンが唸った。

「・・・え?あのー、ウォンさん。あいつ、何かしたんですか?」

「ああ。あの野郎、黒鎧氣を・・・いや、自分の氣の全てを・・・!」


「右手だけに・・・集中させたんですね?」フェイがヘイユァンに、驚きの眼差しを向ける。ゾッとするような歪んだ笑顔が、そこにあった。

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