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グレイソウル  作者:
11/148

交渉・3

 そんなパイの気持ちなどに構わず、フェイは前に踏み込む。

 右拳を真正面から閃飛角に叩き込む。

 銀色と黒の火花が飛び散り、ガリガリという振動がパイを揺るがす。

 パイは(うー、気持ち悪い。吐きそう)と、声にならない悲鳴を上げた。

 だが、吐き気が胃の中の物を押し上げる前に振動はやんだ。

 閃飛角はかき消されていた。

「おい・・・そんな・・・馬鹿な・・・」ムイは呆然としていた。

 フェイはパイを抱えたまま、歩いてムイに近付く。

 それを見て我に返ったムイは、もう一度閃飛角を放つ。・・・だが、また右拳の一発でかき消された。

 フェイは更に歩き、護霧の発動まで半歩の距離で止まった。

「では、お邪魔しまっ・・・」す、と同時に拳を霧状の黒鎧氣に打ち込む。ザッ、と暴風に飛ばされるかのように、ムイの周囲の黒鎧氣が消えた。

 もうフェイは、ムイの体に拳が届く距離にいる。


「どうしたんです?護霧を作り直さないんですか?」フェイが真顔で訊ねる。

「同じことだ・・・お前にゃ通用せん・・・」ムイは戦意を喪失していた。

「そうか・・・壁ではなく、背中を向けたお前を撃っても、『やりようがある』ってのはこいつか・・・お前なら、振り返って拳の一撃でかき消せる・・・」

「お察しの通りです」

「フェイ、早く早く、トドメよトドメ!今の内に!」パイがフェイの肩をビシビシと叩く。

「指が外れましたね。ちょっとは落ち着きましたか?」

「落ち着けるかっ!・・・あ、でも指は外れたわね・・・ちょっとあの、降りようかしら」

「いいですよ・・・でも、僕のすぐ後ろにいてください」

 パイはそそくさとフェイの背後に隠れた。パイのほうがずっと大きいので、今ひとつ隠れているようには見えないが・・・ここまで状況が好転しても、パイは(まずくなったら逃げよう)という姿勢を崩していない。


「その女の言う通りだ。止めを刺せ・・・いや・・・できれば、その前に教えてくれんか」

「何をですか?」

「お前は・・・その拳に、一体、何を賭けた?・・・どれほどのモノがかかっとるんだ?」

 フェイはムイを見つめながら、少し考えていた。その目には寒々とした色が浮かんでいた。

「・・・僕は、白仙の・・・怪我や病気を治す才能に恵まれました。これは僕の魂のレベルでの才能です。だからその分、人を傷付けるための力を得るには交換条件を工夫する必要がありました。・・・僕の魂は、とにかく力の使用を制限しようとしましたからね。・・・条件の一つは、使用目的の制限です。僕はこの力を、自分の自由意志で発動させることはできません。第三者と契約し、その契約者が危険に見舞われて助けを求めてきた時のみ、・・・その危険を排除するためだけに、この・・・僕だけの無極之氣、『銀衛氣』が発動します」


「銀・・・衛氣?(銀色に輝く、防衛のための氣、か・・・そのまんまじゃない。フェイって、ネーミングセンスはないわねえ)パイは心の中で毒づき、軽く鼻で笑った。

「すみませんね、パイさん。僕には文学の才能はないんです」

 パイは心の虚を突かれてうろたえた。「えっ?おっ?何?・・・聞こえた?」

「僕の仕事の大部分は、人を観察することです。体温、心拍数、呼吸音、氣の状態・・・人がどんな気持ちでいるかを推測する材料は、いくらでもあります」

「はた迷惑な特技ね」

「そう言われても困りますが・・・それに、この特技のおかげで、パイさんという素晴らしい契約者に出会えたんですよ」

「あら、そうなの?」素晴らしい、と言われれば悪い気はしない。

「ええ、考えてもみてください。仮にですよ。必要以上に勇気があって、誰にも頼らずに自分で物事を解決しなければ気が済まない、なんて人と契約したら、銀衛氣が発動する機会などありません」

「あー、そうよね。・・・ちょっと、それってつまり私は臆病で、逃げ腰で、すぐ人に頼る性格だってこと?」

「いや、そこは程度問題でして。・・・パイさんの場合は臆病というよりも、危機意識が強いというべきなんです。自分の力で対処しきれないと感じたら、意地を張らずに助けを求める。助けが来ないなら無理せず逃げる。あなたはそういう人です」

「う・・・あまりカッコ良くないわね」パイの口がへの字になる。


「ふ・・・ま、それはそれとしてだ。たぶん、他にも条件があろうが?」

「あります。銀衛氣の使用方法の限定です。銀衛氣は、氣弾として撃ち出せないのは勿論、蹴りにも肘打ちにも乗せられません。銅貨にも鉄扇にも込められません。耐久力に転化することもできません。ただ、拳に込めて打つのみです」そこでフェイは、ムイに拳を向ける。「・・・その代わり、この拳の威力は半端ではありません」

「まったく、馬鹿げた威力の拳だな・・・だが、ワシが一番興味があるのは・・・一体何故そこまでして、白仙のお前が人を傷付ける力など欲しがったのだ?」


「・・・復讐です」フェイの目の色が、一層冷えびえとした。「僕は元々、ペイジ国の人間です」

「何だと?・・・じゃ、ひょっとして5年前・・・」

「5年前に、シバはペイジ国の警備隊本部を襲いました。この時の人的被害は、軽傷8名、重症17名、死者36名・・・この、死んだ者の中に・・・僕の妹がいました。・・・まだ18歳でした」

(聞くんじゃなかった)パイは唇を噛んだ。

「僕は、警備隊本部と同じ市内にある病院で働いていました・・・昼前でしたか。警備隊の方角から、怒りと憎しみに満ちた、巨大な氣を感じて・・・飛んでいきましたよ。でも、もうシバは去った後だった・・・黒くて禍々しい氣を、そこら中に残してね。分かるでしょう?黒鎧氣ですよ。・・・僕はそれからの5年間、シバを倒すために・・・それだけのために、力を求め続けました。・・・あなた達を殺したくなる理由が判ったでしょう?あなた達は、黒鎧氣を纏っている・・・シバと同じ匂いがするんです」フェイの髪と目の銀色の、闇の部分が濃くなった。


「復讐か・・・なるほどな。その想いと、お前の才能があれば・・・それだけの拳が作れるかもしれんな・・・いや、納得がいった。・・・そうだ。お前にとってワシらは、仇の仲間・・・いや、仇の一部というべきか。待たせたのう。さ、討てや」ムイが溜め息をついた。

「慌てないでください。・・・言ったでしょう。あなたにはまだ、聞きたいことがあります」

「ん・・・何だ」

「あなたも、魂と『交渉』をしましたね」

「えー?このむさ苦しいオッサンが?」パイがムイを指差して叫ぶ。

「むさ苦しくて悪かったのう」ムイに睨まれて、パイの背筋が凍る。

「・・・よく分かったな」

「いや・・・あなたの体格と身のこなしを見ていて思ったんです。あなたは元々、突き蹴りが得意な武術家なのではないか、と。でも、あなたは閃飛角や護霧のような、氣弾を使うスタイルで戦っていました。イメージと実像が一致しなさ過ぎる・・・そこで推測しました。あなたは『交渉』で氣弾を手に入れたのではないかと」


 ムイは、脱力して天を仰いだ。

「・・・ワシは・・・餓鬼の頃、殴り合いで負けたことがなかった・・・」

「そうでしょうね。あなたは体格に恵まれてますから」

「そうだ。向かい合って同時に手を出せば、相手の攻撃はワシには届かず、逆にワシの拳は必ず当たった。体がデカイ分、力もあったしの。大体、最初の一発で勝負がついたな。・・・ワシはだんだん、一撃にこだわるようになっとった」吐き出すような声で、ムイは続けた。

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