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グレイソウル  作者:
109/148

攻防・8

 ゴ・・・という低く鈍い音と共に、着弾箇所が爆ぜる。同時にウォンの右足から、鮮血が噴き出していた。

 無極之氣を集中させて高めた耐久力でも、この技の反動は防ぎきれなかった。

 ウォンは「ぐおっ」と低く呻いて、大岩の上に倒れこむ。

 遠くでザザザ・・・と、夕立のような音が響いていた。

 ウォンは大岩の上で伏せたまま、苦痛に顔をしかめながら滝を見て・・・我が目を疑った。

 ウォンの技が命中した滝の上三分の一ほどの、そこから上が・・・消えていた。

 そのために、滝の高さは12〜13メートルほどになっていた。滝の両側の岸も、その分深く抉り取られている。

 夕立に似た音が、ようやく止んだ。この音は、ウォンの技で吹き飛ばされた大量の土砂や水が、上流に落ちる音だったのだ。

 

「うおっ・・・さすがは俺、すごいな・・・やっぱり俺って天才・・・だけど、ひどい自然破壊だなあ。悪いことしたなあ・・・それにしても・・・あ痛、たたたた・・・足が痛いぞ、くそっ・・・」

 結局ウォンは、この時の怪我のせいでティエン国の錬武祭への参加を断念することになった。



 ・・・そして現在。


 ウォンは、あの時の技をリャンジエに向けて放とうとしていた。氣勢を、右足の耐久力を限界まで上げ、引き絞った勁力を一気に・・・右足を徹して解放する。

(けっ・・・安心しやがれ、クソ坊主。お前を殺す気はない。だが、それ以上に光栄に思え。お前こそ・・・このウォンの禁断の奥義、『響牙』の犠牲者第一号だっ!)

 

 リャンジエは、ウォンの右足がぼやけるのを見て、(違う・・・これは、風刃脚じゃない?)と思い・・・そこで意識が飛んだ。


 ウォンは、九割の力で蹴りを振り抜き、衝撃波を・・・『響牙』を撃ち出していた。例え全力でなくとも、直撃すればリャンジエの体はバラバラになると、ウォンは確信していた。

 だからウォンは『響牙』の衝撃波が、リャンジエをかすめて飛んでいくように、技の方向を調整していた。

 それでもリャンジエの戦闘力をゼロにするだけなら・・・意識を刈り取るだけの威力は充分にあるとも、ウォンは確信していた。


 そしてその通りになった。

 リャンジエは、体のすぐ側を響牙がかすめたその瞬間に、桁違いの勁力を受けて意識を失った。

 それだけではない。響牙の勁力は、リャンジエの体を木の葉のように舞い上げ、独楽のように錐揉み回転させた。そのまま10メートル近くまで、ほぼ垂直に上昇し・・・垂直に落下して、1回、2回とバウンドして・・・3回目でようやく停止した。

 石畳の上に、リャンジエを中心にして血が円形に広がる。


 リャンジエをかすめて飛んでいった『響牙』は、そのまま警備隊本部の壁に「どごん」という重く派手な音を立てて命中し、壁を粉砕した。それでも響牙の力は収まらず、更に道向こうの壁を粉砕し、その奥の屋敷を木っ端微塵にする。

 そこでようやく響牙の勁力が収まった。


 勿論ウォンは、この周辺の住人が避難していて不在なのは承知していたのだが、それでも響牙を放つ前に氣を探って、技の到達点に誰もいないことを確認してから蹴っていた。

 それはウォンの優しさと同時に、自身の技の破壊力に対する自信の表れでもあった。

 ・・・そしてウォンの右足から、鮮血が噴き出した。


「ん〜ぬっ」ウォンは呻きながら、軸足の左足で器用に一回転しながら、落下の衝撃を減らしつつ転倒した。

「くっ・・・実戦初使用で・・・練習も含めて三回目の挑戦で・・・こんな出鱈目な技を、威力も方向も、ここまで制御できるんだもんなあ。やっぱり俺って天才だぜ・・・しかし、痛えな・・・全力で蹴ってないから、前よりはマシだけどねえ」ウォンは一人でブツブツと喋りながら、足の傷みを誤魔化していた。


「ウォンさん、大丈夫ですか?」慌てて駆け寄るフェイとパイに、ウォンは右手を掲げながら引きつった笑顔を向けた。

「ああ、どうってこたあない。大丈夫かってんなら、そりゃ・・・あいつに向ける言葉だな」ウォンは掲げた右手の示指を立てて、リャンジエを指差す。

 リャンジエは糸の切れた操り人形のようにグッタリとしていた。響牙がかすめていった右半身が、特にズタズタに切り刻まれている。


「あ・・・大丈夫です。彼は生きてます。氣の乱れがひどいと言えばひどいですが、命に別状はありません」

「へへっ、そりゃそうだろうよ。『響牙』がまともに当たってたら、あの坊主は文字通り『この世に存在してない』からな。そうならんように手加減できたのは、俺ならばこそだ」

「いやその、手加減という以前に、普通はあんな技なんか誰にもできませんよ」パイが突っ込みを入れながら、ウォンの額の脂汗を拭く。

「ん。それもそうだな・・・あ痛つつつ」

「もう少し、我慢してください。すぐに止血と鎮痛だけでも」フェイはその場にしゃがみ込むと、無極之氣を練ってウォンの治療を始めた。

 陰包穴、足五里穴、委陽穴に点穴し、傷口の上から氣を当てる。次第にウォンの表情が落ち着いてきた。

 救護班もすぐそこまで来ている。

 

 ヘイユァンは、リャンジエのやられっぷりとウォンの響牙の破壊の跡をみて、しばし呆然としていた。

(ラウにとどめを刺して、さあこれからと思った途端に・・・これだ。ジュンファもやられてるじゃねえか。こいつは、まずいな・・・)

 だが、リャンジエに圧勝した筈のウォンが起き上がってこないのを見て、ヘイユァンの心に微かな希望が湧いてきた。


「ねえフェイ。早いとこ、パパパッとウォンさんの足を治せないの?私の腕をくっつけた時みたいにさ」

「無理です。僕とウォンさんの氣は、僕とパイさんほど波長が似ていません。それに、パイさんの時は確かに大怪我でしたけど、傷の切り口がとてもきれいだったから、繋げ易かったというのもあります。でもウォンさんのこの怪我は、傷が多い上に切り口もガタガタで、全部をすぐにふさぐなんて不可能です」

「あー、そうだろうな。前にこの技で足を壊した時も、丸一日治癒力を全開にして、それでやっと起き上がれるようになったからな・・・だが、さすがはフェイだ。大分楽になった・・・よっと」掛け声と共に、ウォンはポンと跳ね起きると、左足一本できれいに立った。


「ウォンさん、無理なさらずに、これを・・・」救護班が担架を勧めるのを、ウォンは笑顔で制する。

「いや、いい。俺にはまだ、やることがある」

「えっ?ウォンさん、その足でまだ戦うつもりなんですか?」パイが不安そうに訊ねる。

「いや・・・この怪我じゃ、もう右足は軸足にも蹴り足にも使えん。だから、戦うことはできないが・・・パイさんの盾になるぐらいなら、できる」これは、嘘と本音がごちゃ混ぜになっていた。


 右足が使えないというのは本当だ。

 だがウォンは左足だけで跳躍し、そのまま空中で左の蹴りを連射することもできる。だから「戦えない」というのは嘘だ。

 ただ、戦闘力自体は確かに低下しているから、「パイの盾が務まる程度には戦える」というのが正確だ。

 もっともウォンが「戦うことはできない」と明言したのは、作戦のうちだ。

(俺が戦えないと敵に思わせておけば、油断を誘い易い)ウォンはそう考えていた。ならば敵を欺くには、まず味方から・・・というわけで、ウォンは「戦うことはできない」と残念がって見せたのだ。


 ただ、フェイにはその「嘘」は通じなかったようだ。

 フェイはウォンの両足をじっと見比べると、ウォンの顔をチラッと見ながら悪戯っぽい笑顔を浮かべ、舌を出して見せた。

 ウォンはそんなフェイに苦笑を返しながら、「まあ、とにかくだ。これで実行委員は・・・あと一人だ。フェイがジュンファとかいう奴を、きっちり倒してくれたのは大きいな」

「ええ。おかげ様で」

「で、こっちも五体満足なのはフェイだけだ。・・・分かるな?俺は、お前を信用して『使ったらそれまで』の響牙を使ったんだ。締めはお前に任せる、ってことでな。・・・せいぜい期待に応えてくれよ」

「・・・はい」フェイは頷きながら、氣勢を上げる。

 銀髪がざわつき、瞳が強く輝く。


「そうそう、フェイ。あと一人よ。落ち着いて、確実に勝ってよ」パイはウォンの後ろに隠れたままで、フェイに向かって拳を突き出す。彼女は本当にウォンは戦えないと・・・つまり、一時しのぎの盾にしかならないと思っているので、銀衛氣の発動に充分な「恐怖心」を維持している。

 これもウォンが「戦うことはできない」と、あえて明言した理由のひとつだ。

「はい。安心して・・・いや、適当に恐がりながら、見ててください」フェイはニッコリと笑いながら、パイの拳に自分の拳を合わせ、更に氣勢を上げた。

 ピリピリとした振動が、拳を通してパイの全身を小気味よく揺らした。



 攻防・了

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