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グレイソウル  作者:
108/148

攻防・7

(しまった!・・・まさか、こいつ・・・)

 そのまさかだった。

 先刻のフェイの細かい蹴りの狙いは、金的でも足の甲でもなかった。

 その途中の、ジュンファの脛の骨を足で擦り下ろすことが、フェイの目的だった。

 脛骨には、下から上に向かって肝経が通っている。フェイはこの肝経の流れを、足で上から下へこすることで氣の流れを乱したのだ。


 肝は筋を司る。肝の氣が乱れたことで、ジュンファの右足は動きが鈍くなり、力も入らなくなっていた。

 また肝は目も司る。だから踏み込みの目測も、正確さを欠いていた。

 勿論肝の氣の乱れは、それほど大きくはない。だからこそジュンファは自身の氣の変調に気付かず、勢いに任せて踏み込んでしまったのだ。

 その結果、ジュンファは前のめりにバランスを崩すことになった。


 その崩れは決して大きくはなかった。だが、その崩れを予想していたフェイにとっては、それで充分だった。

 フェイは余裕を持って、ジュンファの胸に銀衛氣を込めた拳を叩き込む。

 ジュンファは「ぐぶっ」と一声叫ぶと、10メートルばかり水平に飛行して、着地・・・というより石畳に足が引っ掛かって、そのままゴロゴロとまた10メートルちょっと、口から血をまき散らしながら転がって、ようやく停止した。

 勝負ありだ。

「よしっ・・・!」フェイの後方で、パイがガッツポーズを取る。

 少しだけ安心したのか、パイの額とフェイの髪と目の銀色の輝きが弱まった。

 

「パイさん、まだまだですよ」

「分かってるわよ。・・・ええと、ウォンさんとラウさんは・・・」

 そして、ウォンとラウの姿を探すフェイとパイの目に、信じ難い光景が映った。

 半死半生でふらつくラウ。

 その向こうで、「リャンジエ!ラウに、とどめを刺せえ!」と叫ぶヘイユァン。

 ラウのすぐ後ろで、ヘイユァンの叫びに反応するリャンジエ。

 そこから少し離れた位置で、慌てた表情のウォン。


 だがウォンの表情が慌てていたのは、ほんの一瞬だった。彼はすぐに腹をくくった顔付きになり、「え〜い、ラウの旦那!伏せろおお!」と怒鳴った。

 ラウにとどめを刺そうとしていたリャンジエが、ウォンの怒鳴り声に釣られて振り向く。その背後でラウの倒れる音がした。

(ラウの奴、伏せるまでもなかったか・・・?ウォンの奴は一体・・・)

 ウォンの周囲で、ガツン、と氣勢が上がる。

(風刃脚か?あそこから追いかけたんじゃ、間に合わねえと踏んだか。それで、ラウに伏せろと・・・へへっ、残念だったな。この距離なら、いくら風刃脚を撃ってきても何とか捌けるぜ。技が途切れた瞬間に、ラウにとどめを刺してやる)リャンジエは両腕に黒鎧氣を集中させながら、ニヤリと笑った。


 ウォンは、氣勢を限界まで上げていた。その脳裏に・・・2ヶ月前の記憶がよみがえる。



 ・・・チュアン国の錬武祭より2ヶ月前。つまり、シバが世界に「錬武祭」の開催を告げてすぐの頃に・・・ウォンは、サントン国国境沿いの山奥で、山篭りをしていた。

 ウォンは定期的に・・・大体半年に一度、1〜2週間ぐらいの期間で、主題を決めて山篭りをして、自らの技の向上や調整を図っていた。

 今回のウォンの山篭りのテーマは、「全力での蹴り」だった。

 魂との交渉によって、風刃脚を手に入れてから9年。その間ウォンは、一度も全力での蹴りを出していなかった。


「滅多なことでは全力の蹴りなぞ出すでないぞ」と、魂に忠告されたからというのが一番の理由だ。

 何しろ、7割程度の力で蹴りを出すと、もうその時点で膝から下が壊れてしまいそうな負担がかかる。結局、足を壊したくなければ全力で蹴るな・・・魂はそう言いたかったのだろうと、ウォンは解釈していた。

 それに実用上でも、半分以下の力の蹴りで敵を倒すことが可能だったから、全力の蹴りなど必要なかったということもある。人殺しをしないのが信条のウォンにとっては、必要なのはむしろ手加減する技術だった。


 だが、そんな抑制が死ぬまで保てるほど、ウォンの好奇心は大人しくはなかった。

 折りしも錬武祭の開催を知り、主催者のシバの映像を投影玉で見たウォンは、その強さを直感で捉えていた。・・・これが直接のきっかけになった。

「この、シバという男は・・・全力の蹴りを出さなければ倒せない」そう判断したウォンは、山篭りを決意した。そして「全力の蹴り」を使いこなせるようになった上で、錬武祭に参加するつもりだった。

 全力で蹴れば足が壊れるかもしれないのだから、人里で試したほうが、病院が近くにあっていい筈だが、カッコつけのウォンとしては、練習で怪我をしたところを人に見せるのは避けたかったのだ。

 

 ウォンは片足に10キロ・・・両足で20キロの重りを装着して、足の耐久力の向上を図りつつ、適当な試し撃ちの場所を探して、山中を歩き回った。

 移動を続けること3日。

 ウォンはようやく「これだ」という場所を見つけた。

 そこには、高さ20メートル、幅10メートルほどの滝が流れていた。

 滝つぼから15メートルほど下流に大岩があり、その上に立つと、ちょうど滝と向かい合うことができた。

 足に着けた重りを外すと、負荷をかけ続けた両足は見事に筋肉が締まり、氣の循りもより活発になって、耐久力の上昇が見込まれた。


 ウォンは大岩に飛び移ると、その足で滝に向かって3割の力で風刃脚を連射してみた。

 さしも風刃脚も、轟音を上げて落下を続ける圧倒的な水量には敵わず、パキン、ペキンという、刃というよりは枯れ枝でもぶつけたような貧弱な音を立てて、跳ね返されてしまった。

「よしっ。・・・これでいい」ウォンは満足そうな笑みを浮かべると、更に氣勢を上げ、足の耐久力を上げてから、8割の力で・・・この時点で、もう初挑戦だ・・・風刃脚を放った。


 途端に足の周囲に、斬りつけられるような痛みを感じる。予想していたような、筋や腱、靭帯に無理が掛かっての痛みとは違っていた。

 だが、その痛みに対する見返りは確かにあった。8割の力の風刃脚は、滝を横一文字に切り裂いたのだ。

 実は、ウォンが放ったこの蹴りは、既に風刃脚ではなかった。

 この時ウォンの蹴りの速度は、ほんの僅かだが音速を超えていた。そのために発生した衝撃波が、滝を切り裂いたのだ。

 だが発生した衝撃波は、それを生み出した物をも破壊しようとする。

 ウォンの足が受けたダメージは、自らが生み出した衝撃波によるものだった。


「・・・やれやれ。8割の力でこれじゃ、全力で蹴ったらどうなることやら・・・」ウォンは途方に暮れたが、全力で蹴ってみたいという誘惑には勝てなかった。

 結局その日は山歩きで酷使した足をゆっくり休ませて、氣も練り直し、更に耐久力を上げてから、全力での蹴りに挑むことにした。

 そして翌日。

 ウォンは再び大岩の上に立って滝と向かい合い、今度は限界まで氣勢を上げてみた。

 ガツン、という硬質な地鳴りが空気を撹拌し、ウォンの皮膚をピリピリと刺す。

 練り上げた無極之氣を右膝から先に集中させて、耐久力を高める。そのまま滝の上部三分の一ほどを睨みつけながら、ウォンは静かに息を吐いた。


(妙な・・・静けさだ)鳥の鳴き声が消えていた。(俺の氣勢が恐いのかな・・・ごめんよ、鳥さん)

 刹那。

 ウォンは15メートルの距離をも吹き飛ばすかのように、全速力の蹴りを・・・横一文字に、切り裂くように滝めがけて振り抜いた。

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