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グレイソウル  作者:
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攻防・6

 だがフェイは漠然とだが、この拳は当たらないと感じていた。(もし、ジュンファがこの拳をかわしたなら、攻めながら追い続ければいい。でも恐らく彼は・・・この拳を捌いて、僕の動きを封じに来る。僕は僕で、左腕に接触してきたジュンファの手を通して、彼を崩しながらの打撃を狙うことになるだろう)

 果たしてジュンファは、右肘を跳ね上げるようにしてフェイの左拳を・・・正確には、左前腕の中ほどを受ける。銀衛氣を込めた拳を直接受け止めたりしたら、確実に受けた部位が壊されるとジュンファも分かっているのだ。

 だが彼はそこから、特にフェイを崩そうとはせずに、素直に左拳をフェイの顔面に飛ばす。攻守の切り替えがテキパキとはっきりしていて、迷いが無い。


 フェイはジュンファの左拳を右掌で捌きながら、(速い)と素直に感心していた。

(これは・・・相手がこう打ってきたら、こう捌いて、こう返す・・・というパターンを、幾つも幾つも反復練習して、体に滲みこませている・・・そういう動きだ。でもこれだけでは、基本がよくできているというよりは、例題を多くこなしているというレベルでしかない。仮にも実行委員の一人なんだ。他に何かある筈だ) 

 フェイは慎重に、だが迷いの無い動きでジュンファの左肘の外に粘り付き、そのまま左肩の外に滑り込もうとした。

 ところが、フェイの体が動かない。

(捕まえたっ・・・と)ジュンファが片頬でチラッと笑う。


 ジュンファはフェイに捌かれた左拳を開いて掌にすると、フェイの左手首を内側から掴み、フェイの左腕に粘りつかせていた右肘を滑らせて、左肘を外から押さえていた。

 左肘から肩までを極められる形になったフェイは、ジュンファの死角を取るどころか、ジュンファを封じる手掛かりにする筈だった右手まで、彼から離さざるを得なくなった。

(まずい・・・折られる?)フェイは押さえつけてくる力に逆らわずに、先回りをするように肩を捻りながら左肘を曲げて、固め技から脱出・・・すると同時に、左肩の靠を打ち込む。


 ジュンファは余裕を持ってこの靠を見切り、軽く半歩退がるだけで勁力を逃すと、左手でフェイの左手首を掴んだままで、顔面狙いの右拳背をフェイの左腕の下から振り上げた。

(さあ、どうする白仙?君の銀衛氣は、耐久力には転化できないんだろう?常人同士の攻防なら、右手で受けるとか、顎を引いて額で受けるとか、色々な対応のしようがある。だが、常人レベルの耐久力しか持たない君が、黒鎧氣を纏った私の攻撃を『捌く』のではなく『受け止める』など、不可能だ。この左手は離さんからな。間合いを取って逃げることもかなわんぞ)


 だがフェイは、ジュンファの右拳を受け止めも逃げもしなかった。フェイは銀衛氣を込めた右拳を放ち、ジュンファの拳を打ち砕こうとしていた。

 ジュンファは慌てて右肘をたたむと、拳背での打ちを肘打ちに変化させる。フェイのほうは、ジュンファの拳を砕き損ねたなら砕き損ねたで、構わずにそのまま突きを伸ばす。左肘を封じられたままの不自然な体勢での突きだが、フェイは(銀衛氣を込めているんだ。当たれば効く筈だ)と判断していた。

 ジュンファもそれは承知していたらしく、すかさず変化させた肘打ちでフェイの右肘を跳ね上げ、突きを止める。(危ない危ない。下手に『受け止め』られないのは、こっちも同じだったな)と、苦笑いをしながら、右手で下からフェイの右肘を掴んで左肩のほうへ押し込みながら踏み込みつつ、顔面へ左拳を飛ばす。

 

 フェイは、自分の右腕が邪魔で左右への動きができず、左拳での迎撃もできない。かと言って退がれば、また右肘や肩を極められる恐れがある。やむを得ず身を低くして、拳をやり過ごすしかなかった。

 そのまま腕の下を潜って肘打ちを狙うが、ジュンファは右手を下げてフェイの進路をふさぐ。


(巧い)フェイは感心していた。

 ジュンファの技術は、黒鎧氣を纏っている、いないに関わらず、完成度が高かったからだ。

 フェイは立ち上がりながら、その勢いを利用して右手を振り、ジュンファの右腕を盾として利用しようとした。できれば体勢まで崩してしまいたかったのだが、ジュンファはフェイの動きに逆らわずに、粘り付いて随ってくるので、バランスは見事に保っている。


 フェイはジュンファの動きを、柔らかい餅のようだと感じていた。

 ジュンファの動きは一見すると、直線的で速さばかりが目につくが、実際に手を合わせて・・・触れてみると、その動きの中心は柔らかく、粘っこく、曲線的な印象を受ける。

 この動きは、ジュンファの戦術と密接な関係にある。

 ジュンファは基本的に半身にはならずに、相手に体の正面を向け続けている。これは正中線を敵に晒してしまうという欠点があるが、代わりに側面や背後を取られにくいということと、常に両手をフルに使えるという利点がある。


 フェイも両手をフルに使って戦ってはいるが、半身の構えが基本なので、両手がどうしても前後に分かれてしまい、その分僅かながら左右の手の動きにタイムラグができてしまう。その、ほんの僅かな時間差が、腕を封じ合う攻防の中で、ジュンファを有利に導いていた。

 また、正面向きの構えで常に両手を使える状態を維持しようとすると、腰を捻る動きで力を発するのが難しくなるため、打撃の際には柔らかい餅が千切れるような・・・体の中心からパッ!と勁力が拡散するような力の運用をする。

 だから受けから攻めへの切り替えにメリハリがつきやすく、動き全体の見た目は「速い」「鋭い」という印象が強くなるのだ。


 このジュンファの「職人芸」は、フェイの知的好奇心を大いに刺激し、それはフェイの気持ちをかえって落ち着かせていた。

(世の中は広いものだ。色々な戦い方や技術がある・・・腕を、動きを封じる技術に関しては、悔しいけれど、この人のほうが僕より上だ。このままこの人のやり方に付き合っていては・・・キリが無い)

 だからフェイは、自分のやり方を貫くことにした。

 掴まれた腕を極められないように注意しながら、左掌で軽く牽制してジュンファの左手の動きを制限しつつ、左足を跳ね上げる。ジュンファの股間を狙う蹴りだ。


 対するジュンファが、接近戦の攻防で金的蹴りへの対処法を用意していない筈もなく、右膝を僅かに内に捻るだけで、フェイの蹴りは止められていた。

 フェイは諦めずに、そこからジュンファの右の脛骨の表面で左足を滑らせるように下ろして、足の甲を踏もうと試みる。

 だがこれもジュンファは、右足爪先を開いてかわしてしまった。

 フェイのこの一連の攻めは、むしろジュンファに勝ち気を湧かせていた。

(接近戦の膠着状態で、金的蹴りに足踏みだと?ふん、やっぱり白仙ですね。やることが・・・発想が、教科書的過ぎる)

 

 精神的に勢いづいたジュンファは、右足の爪先を戻しながら踏み込み、肘打ちを出そうとした。

 そしてジュンファは、前のめりにバランスを崩していた。

 彼が踏み込んだ右足は、イメージよりも15センチ後方に着地していた。しかも、踏ん張りが効かない。

「んっ?」思わず声に出しながら、体勢を立て直そうとして、フェイを封じていた右手の掴みが甘くなる。

 フェイはこの機を逃さずに、右手を引き抜くと同時に蓄勁し、拳に銀衛氣を込める。

 ジュンファが体勢を立て直した時には、もうフェイの拳が胸に触れていた。

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