攻防・4
「俺は強いからな。・・・それに、拳の速さは誰にも負けねえ」
「ん?・・・ああ、レンを打った、あれか・・・まあまあだな」
「へっ、スカしてんじゃねえぞ。『風刃脚』さんよ。あんたの蹴りがいくら速いったって、レンみてえに空でも飛ばねえ限りは、蹴りは片足でしか出せねえ。それがこっちは常に両腕だぜ?何であんたが蹴りしか使わねえのかは知らんが、技の回転数に限っていやあ、俺のほうが間違いなく上だ」
「はいはいはい。分かったから、さっさと始めようぜ」
「・・・てめえ、俺を舐めてんのか?」
「冗談抜かせ。敵を舐めるなんざ、一流の武術家のやるこっちゃない。命取りになるからな。ましてや俺は、超一流だぜ?そんなことするかよ。・・・お前は強いよ。けったくそ悪いが、それは認めてやる」
「ちっ。褒められてる気はしねえな」
「当たり前だ。褒めちゃいねえからな。・・・お前は、確かに強い。才能もあるんだろう。だが、それだけだ」
「何言ってやがる。戦うのに、それ以外の何が必要だってんだ?」
「んー、そうだな・・・お前にはね、いわゆる『美学』とか『信念』ってのが、無いんだな。だからお前は、つまらん」
「・・・やっぱり舐めてんじゃねえのか」
「だから、もういいって。さっさと始め・・・」ようぜ、という言葉が終わる前に、リャンジエが跳び出した。
いいタイミングではあったが、こんなことでウォンの虚を突けるとは、リャンジエも思っていない。それでも離れた間合いで風刃脚を連発されるよりは、接近戦に持ち込むほうがマシというものだ。
そして、あと一歩の踏み込みでウォンに手が届くという間合いで、リャンジエは拳の連打をスタートさせた。当たる筈がないのは分かっている。とにかく先手を・・・主導権を取りたかったのだ。
リャンジエは、回転数の速い拳の連打を正面からぶつけて、手数で圧倒・・・するフリをして、ウォンのカウンターの蹴りを誘っていた。
いくらリャンジエが調子に乗っているとはいえ、ただ真正面からぶつかるような真似はしない。なるべくなら、ウォンの側面や背後などの死角から打ち込めれば、それに越したことはない。
そこでまずは、正面から両拳の連打で先手を取ってみせた。
(これでウォンは高い確率で、前蹴りか横蹴りか、とにかく直線的に突き込むような蹴りを出してくる)と、リャンジエは予想していた。そういう蹴りのほうが、回し蹴りのように外から振り回してくる蹴りよりも、カウンターを狙いやすいからだ。
そして、横から飛んでくる回し蹴りよりも、正面から打ち込まれる蹴りのほうが、その外側にずれ込んで死角に入りやすい。
(さあどうする、『風刃脚』ウォンさんよ?あんたが手技も使うってんなら、他にも対応のしようがある。だが蹴りしか使わないとあっちゃ、拳の高速連打で攻められたら、取りあえずはカウンターを打ち込むしかねえぞ?退がって逃げても無駄だぜ。黒鎧氣で強化された心肺機能なら、全開で連打したって簡単にゃバテねえ。いつかは追いつくぞ。それとも手技を解禁するか?へへ、『ウォンに手技を出させた男』ってのも、悪くねえな)
だがウォンは、腰の後ろで組んだ両手はそのままで、退がりも避けもせず、単純にカウンターを打ち込むこともしなかった。
実はリャンジエの放った拳の連打は、連打として成立していなかった。彼が一発目に出した、左拳に・・・ウォンが右の蹴りを合わせて、止めてしまったからだ。
いや、それは正確には蹴りというよりは、足による捌きだった。
左右の連打を繰り出すつもりでいたリャンジエは、当たらない筈の遠間から出した初弾の左拳が急に重くなり、引き戻せなくなったのに驚いていた。
ウォンは涼しい顔をして、リャンジエの左手首から肘の辺りにかけて、右足を添えているだけだ。その状態からリャンジエが左手を外そうとすると、ウォンはその力の方向を察知して、右足を素早く先回りさせ、左手の動きを封じてしまうのだ。
足首を曲げて、絡みついたり。踵で上から押さえたり。踝を引っ掛けたり。
そんな一見、何でもないような接触・・・そう、掴みですらない・・・だけで、リャンジエの左拳は引き返せなくなっていた。
そして、左拳が・・・左肩が引けなければ、右拳は出ない。
無理に出しても手打ちにしかならない。
前に踏み込めば威力のある右が打てるが、左拳を封じられたままで強引にそんな攻撃をすれば、それこそカウンターを取ってくれと頼んでいるようなものだ。
「どうした?ご自慢の、回転の速い連打が止まってるぞ。・・・つーか、連打になってねえな」
「くっ・・・」リャンジエの額に、脂汗が滲む。
「ふん。俺も暇じゃないんでな。そっちが来ないんなら、こっちから行くぞ」
まるで遊びにでも行くような朗らかな声で宣言しながら、ウォンがフワリと跳躍する。
いや、地を蹴って跳ねたというよりは、リャンジエの左腕を踏み台にして駆け登っているようだ。
当然、ウォンの体重を背負い込まされるリャンジエの体勢は、大きく前のめりに崩れていく。
そのリャンジエの顔面を迎えるように、ウォンの左膝が跳ね上がる。
咄嗟にリャンジエは、右拳をカウンターで合わせて、ウォンの左膝を破壊しようとした・・・が。
(無理だ)リャンジエの技術なら、体勢の崩れを逆に拳の威力に転化できるし、その拳速ならウォンの左膝が充分な勁力を発するより先に、当てることもできる。
だが、それでもなお・・・(俺の拳とウォンの膝がぶつかれば、砕けるのは・・・俺の拳だ)と、リャンジエには分かってしまった。
だが、このまま黙って顔面に膝蹴りをもらうわけにもいかない。
リャンジエは一旦左膝に設定した目標を、自らの左腕に粘り付いている、ウォンの右膝に変更することにした。軸足の膝を破壊できれば、仮に左の膝蹴りをもらったとしても致命打にはならない。
リャンジエは、なおも崩れていく自らの体勢を上手く利用して、渾身の打撃をウォンの右膝めがけて放った。
だが・・・ウォンは右膝をわずかに内に捻ることで、リャンジエの右拳をかわしていた。
いや、ただかわしたのではない。ウォンはリャンジエの拳の軌道をギリギリで見切り、それを右膝の外側を滑らせるようにして迎えていた。
そこからウォンが骨盤を捻ると、今度はウォンの右膝が、リャンジエの右肘の外に粘り付く形になった。
いわばウォンは右足一本で、リャンジエの両腕を封じてしまったのだ。
「よっ」鼻歌のような掛け声を出しながら、ウォンが肩と胸を右に捻ると、リャンジエの体が噛み合った歯車のように左に回される。
「あ・・・」リャンジエの悲鳴が終わるよりも先に、彼は完全にウォンに背中を晒していた。
(くそっ・・・俺を、拳の連打だけの男だと思うなっ!)リャンジエは、ウォンに回される勢いに逆らわず、自らも回転することで強引にウォンの足を外しながら、背後の空中にいる筈のウォンに向けて、左の虎尾脚(特に下から跳ね上がる軌道の後ろ蹴り)を放つ。
だがその虎尾脚は、膝より少し高く上がった辺りで止まっていた。
ウォンが左足で踏み付けたからだった。