攻防・3
(奴の『華炎』が込められた攻撃は、確かにすごい。ここは、反撃に繋ぐのは諦めてでも大きく移動して、奴の攻めを確実にかわすべきだ)ヘイユァンはそう判断し、思い切って左に跳んだ。
次の瞬間、ヘイユァンが立っていた空間を、ラウの「槍」が華炎の渦をなびかせながら切り裂いた。
ヘイユァンは念のために、両腕にやや強めに黒鎧氣を込めて掲げ、「華炎」の余波に備える。余裕を持って回避した・・・筈だった。
ヘイユァンは、予測していた着地点に来ても、足が地面を捉えないことに気が付いて愕然とした。全身に鈍い衝撃が広がっていた。彼は、自身の予測のゆうに3倍・・・6〜7メートルは飛ばされてから、ようやく着地した。まだ体が痺れている。掲げた両腕には、チリチリした痛みが虫のように蠢いていた。
(余波だけで・・・この威力か?黒鎧氣を纏っていなけりゃ、一体・・・)背筋が冷たくなる。
だが、驚いてばかりもいられない。ヘイユァンは、黒鎧氣に染まった漆黒の目で、ラウの次の動きを追った。
・・・そのラウの顔を見て、ヘイユァンの背筋が更に冷たくなる。
ラウは、どこまでも無表情だった。
ヒムを一撃で倒したことで、勢いづいたりとか。ヘイユァンを仕留め損なったことを、悔しがったりとか。
そういった心の動きが、顔に全く表れていない。殺意すら無い。
ただ、目の前の敵を倒すためだけに、全力を尽くす。まだ敵が立って動いているから、追う。ただそれだけだ。
(こいつ・・・本当に、舞踊家なのか?まるで殺し屋・・・いや、下手な殺し屋より、よっぽど殺し屋らしいぞ)
ヘイユァンの見方は、ある意味正しかった。
ラウは・・・チャンの命を救ってくれたフェイの恩に報いるために、本気で戦っていた。そして彼は、生粋の「仕事師」だった。自分が今、取り組んでいる仕事を遂行するために、体と心をどのように制御するべきかを、彼はよく心得ていた。
その結果、錬武祭におけるラウは、ヘイユァンの見立て通り、「殺し屋」に近い人格になっていた。別の見方をするなら、「殺し屋」の役作りをして戦いに臨んだ、とも言える。
ここに来てヘイユァンは、ラウの言う通り、自分たちの行動がひどく軽率だったことを思い知らされていた。
(やはり、レンを倒すべきじゃなかった。少しでもあのガキを利用することを考えるべきだった・・・それが、レンを倒し、シュウとかいう警備隊員が倒れて、四対三に・・・こちらが一人、人数で有利になったことで、悪い意味で調子づいちまったんだ。だから、誰と誰が戦うかを、固定した状態で戦り始めちまった。それじゃ駄目だったんだ。レンがいないのなら、せめて・・・最初から最後まで、レンを倒したのと同じように、誰を的にかけているのかを絞らせずに、連係して・・・一対一や一対二じゃなく、四対一を・・・三回繰り返すような状況に、持ち込むべきだったんだ)
だが、後悔先に立たずだ。
ラウの華炎はますます激しさを増し、嵐のように渦を巻いて「槍」に絡みつく。その「槍」が、空間ごと薙ぎ払うような勢いで、ヘイユァンに襲い掛かる。
(くそっ。・・・仕方ない、一か八か・・・)ヘイユァンは藁にもすがる思いで、右手を懐に突っ込む。
ラウはヘイユァンの動きを見て(・・・暗器か?手裏剣か、礫か・・・何でもいい。奴にはもはや、華炎を止めたり捌いたりする力は無い。一気に打ち崩してくれる)ラウはヘイユァンの右手に注意を払いつつも、勢いは緩めずに「槍」を振り抜こうとした。
その振りがヘイユァンをとらえる直前に、ヘイユァンの右手が一閃する。
その手からは、何も放たれはしなかった。・・・だが。
どうしたことか、「槍」を繋げていた土氣が消えて、元の九節鞭に戻ってしまった。
いや、土氣だけではない。ラウの周囲で吹き荒れていた「華炎」までが、消え去っていた。
「・・・えっ?」ラウの顔に、ヘイユァンとヒムと戦い始めてから、初めての表情が・・・驚きの表情が浮かんだ。
ヘイユァンの右手には、先刻空中で掴み取ったレンの「羽」が、三本握られていた。
彼が羽を懐にしまっていたのは、単なる気紛れだった。羽を振ったところで、レンと同じことができるという確信も無かった。
羽で「風」を起こし、「槍」を壊し、「華炎」を消す。全くの博打だった。
だがヘイユァンは、その賭けに勝ち・・・この好機を見逃さなかった。
ラウが華炎を再起動させるよりも早く、ヘイユァンは一息に間合いを詰めて、右の貫手を繰り出した。その手に持っていた羽は、あっという間に粒子化して消えていた。
(へっ・・・さすがに、レン以外の人間が使ったんじゃ、効果は一回こっきりの使い捨てか・・・だが、助かったぜ!)
鍛え抜かれたヘイユァンの貫手が、ラウに襲い掛かる。
ラウも一瞬は驚いたものの、すぐに平常心を取り戻すと、唸りを上げて迫る貫手を捌くべく、左に滑りながら体を捻り、両手でヘイユァンの右腕に粘り付こうとした。
華炎どころか、通常の氣まで揺れているような今の状態では、とても片手で捌けるとは思えなかったからだ。
だが実際には、両手でも足りなかった。黒鎧氣を纏ったヘイユァンと、氣そのものが安定していないラウとでは、地力に差があり過ぎたのだ。例えるなら、猛牛の突進を子供の力で捌くようなものだった。
ヘイユァンの貫手はラウの胸を穿ち、ラウはなす術もなく吹っ飛ばされた。
・・・いや。胸を貫かれないように、自らが跳んで衝撃を逃したのは、ラウがギリギリで出せた「技」だ。「子供の力」で「猛牛の突進」を受けながらも、即死を免れた上に、足から着地できたのは、ラウの高い「技術」があってこそだった。
だが、そこまでだった。ラウはガックリと膝をつき、苦悶の表情を浮かべた。
すぐに呼吸を整えて氣を練り直そうとしたが、呼吸自体がロクにできない。
(くそっ・・・こんな所で、倒れてなるものか・・・フェイさんに、合わせる顔がないっ・・・)ラウは歯を食いしばり、薄れていく意識を繋ごうと努めた。
そんなラウを見て、ヘイユァンは迷わずトドメを刺すために突進・・・しようとして、バランスを崩した。彼も膝をついていた。視界がぼやけて、ひどい脱力感だった。(うぬっ・・・そうか。レンの羽で『風』を起こした時に・・・俺の氣が、ごっそり消費されたんだ)
だからヘイユァンの貫手は、本来の勁力を出し切れていなかった。ラウが即死を免れた理由が、ここにもあった。
とはいえ、深いダメージを負ったラウに比べて、ヘイユァンはただ「氣を消費」しただけだから、回復も速い。すぐに視界が明るくなってきた。その視界に・・・両膝を地について苦しむラウと、そのすぐ後ろでウォンのほうを向いているリャンジエの姿が映る。
「リャンジエ!ラウに、トドメを刺せえ!」ヘイユァンは、力の限りに叫んだ。
少しだけ時間を戻そう。
ウォンと向き合ったリャンジエは、ラウとの戦いから外されたことに、軽い不満を感じていた。同時に、ウォンを一人で倒せれば、自分の名を上げられるとも思っていた。
ヘイユァン達と連係して戦おうという気持ちは、影を潜めていた。
レンとシュウを倒したことで調子に乗っていたのは、ヘイユァンだけではなかったのだ。