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グレイソウル  作者:
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攻防・1

 レンは応急処置を受けると、眠ったまま救護班の担架に乗せられ、後方へ退避させられた。

 そんなレンを見ながら、ヘイユァンは少し溜飲の下がる思いをしていた。

「ふん。前から気に入らねえガキだと思ってたが、これでスッキリしたぜ」

「へへ。けど、シバは複雑な気分だろうな」リャンジエが、鼻の頭を指先で捏ねながら、少し不安そうに呟く。

「ああ・・・直接レンをぶちのめしたのは、お前だからな。シバの奴、きっと怒ってるぜ」

「悪い冗談はよしてくれよ。レンを片づけなきゃ、こっちが危なかったんだぜ?」

「はっ、すまんすまん。・・・なーに、いくらシバがレンを気に入ってるったって、あれだけ露骨に裏切りやがったんだ。シバも文句は言えんだろう」

「ああ」リャンジエにも、そんなことは分かっている。分かっていてもなお、シバの機嫌を損ねるような真似は、できればしたくない・・・リャンジエだけでなく、ヘイユァンもヒムもジュンファも、全員がそう思っていた。

 それほどシバは強いのだ。


 ヒムは座り込んだままで静かに氣を練って、シュウの蹴りで折られた肋骨の治療をしていた。あと少しで、何とか戦えるまでに回復できそうだった。

 フェイは、ヒムの回復状況を観察しながらシュウの側に寄ると、重い口を開いた。

「さて・・・シュウ。あの男は、じきに戦えるようになりそうです。その前に、あなたを・・・」

「ああ、応急処置か?別にしなくてもいいけどな。念のために受けとくかな。これからが本番だもんな」

「いえ・・・応急処置はしますが、それは文字通り、ちゃんとした治療の前の間に合わせの処置です。あなたを・・・戦わせるためではありません」

「おい。・・・そりゃ、どういう意味だ?」


「シュウ。あなたにも、分かっている筈です。いくらあなたの鋼皮功の耐久力が高くても、黒鎧氣を纏った者の一撃を、まともにもらってしまっては・・・どうにもなりません。あなたが蹴り飛ばした・・・ヒムとかいう男の怪我は、肋骨が数本、単純な物理的損傷を受けただけですから、応急処置だけでも何とか戦えるようになります。でも、あなたは違う」

「どう違うってんだ?」

「・・・あなたの体は今、黒鎧氣を込めた一撃を受けて、氣の流れが完全に乱れています。とても・・・すぐには、戦える状態にはなりません」

「・・・おい。ふざけるなよ、フェイ。俺はこの通り、立ち上がってピンピンしてるんだぜ?なのにあそこで、俺に蹴られて、座り込んでグッタリしてる奴は戦えて、俺は無理だってのか?そんな馬鹿な話が・・・」


「シュウさん」いきなり、ラウが割り込んできた。

「・・・あ・・・何ですか?」

「鋼皮功は、発動できますか?」

「できますも何も、戦闘開始からずっと発動させっ放しですよ」

「・・・結構です」ラウは突然、右拳をすっ、と伸ばして、ラウの腹を突いた。

「ラウ・・・さん?」シュウの目が限界まで開き、膝からその場に崩れ落ちる。

「おいおい、ラウの旦那?」ウォンが少し驚いて振り向く。ただ、それでも実行委員を氣で牽制し続けているのはさすがだ。

「うわっ・・・」パイは絶句して、自分の腹を押さえた。ラウの突きを見ただけで、胃袋が曲がったような気がしたのだ。それほどラウの突きは、静かだが力が込もっていた。


「もう終わりです、シュウさん。この程度の突きを耐えられないようでは、とてもこの先の戦いにはついていけません。・・・運が悪かったんです。レン君を受け止めて、バランスを崩したところに掌打をもらってしまった・・・それが黒鎧氣を纏った者の一撃だったにも関わらず、あなたは生きている。それだけでも大したものです。だから、今は・・・休んでください」そしてラウはシュウの肩口に、手刀で駄目押しの一撃を加えた。

 目の焦点が合わなくなって前のめりに倒れるシュウを、ラウはしっかりと抱きとめた。

 

「すいません、フェイさん・・・でもあなたも、こうするつもりだったのでしょう?」

「・・・はい」

「はあ・・・しかし、ラウの旦那も、思い切ったことをするねえ」

「・・・そう言うウォンさんだって、これ以上シュウさんを戦わせるわけにはいかないと、思ってたでしょう?」

「んー、まあな。・・・けど、そうやってシュウを止めるのは、基本的にはフェイの役目だと思ってたんでな」

「ええ、その通りです。でも・・・そのために、フェイさんの拳が鈍るようなことがあってはなりませんからね」

「・・・あ」フェイの心拍数が、一瞬上がった。(確かに・・・シュウを、この手で戦いの場から引き摺り降ろすような真似をして、それでも全く動揺せずにいられると・・・言い切る自信は、無い)フェイは改めて、自分の弱さを見せつけられたような気がした。


「申し訳ありません。ラウさん・・・」

「いえ。謝るのは、むしろ私のほうです。本来ならばフェイさんの役目である筈なのに、出過ぎた真似をしたんですからね」

「そんなことは・・・」

「ですから、お詫びと言っては何ですが」

「・・・え?」

「シュウさんの分も、私が戦いますよ。・・・さあ、そろそろ奴らも動きそうです」ラウは本館のほうを見て、軽く手を上げた。救護班を呼ぶ合図だったのだが、ラウが合図をするまでもなく、救護班は担架を持って走り出していた。


「ちっ・・・これだから舞踊家ってのは。カッコつけるのが上手いよなあ・・・」美味しいところを取られて、ウォンはふて腐れていた。

「その苛立ちは、実行委員にぶつけてください」

「そのつもりだよ・・・だから下手すりゃ、ラウの旦那の出番は無いぜ」

「心強いことです」ラウは担架で運ばれていくシュウを見送りながら、再び九節鞭を手に取り、氣を整えた。


 実行委員側では、ようやくヒムが回復して立ち上がっていた。

「いけるか?」ヘイユァンが無表情なままで、一応の確認をする。

「当然だ。本番はこれからだろうが。特に、ラウの野郎は間違いなく仕留めねえと」

「ん。その意氣なら、大丈夫だな。・・・じゃあ取りあえず、ヒムは俺と組んで、ラウと当たろう」

「えっ?ずるいなあ。じゃ俺達は?」リャンジエの口の端が歪む。

「お前はウォンの相手をしろ。ジュンファは、あのフェイとかいう白仙だ。二人共、無理はするなよ」

「へいへい」

「分かってますよ」

 

 フェイ達は、再び横一列に・・・左がフェイ、中央がウォン、右がラウの順に、5メートルと少しの間隔を空けて並んだ。

 そして、フェイの前にジュンファが、ウォンの前にリャンジエが、ラウの前にヘイユァンとヒムが、ヌルヌルと歩み寄った。その足取りは殺氣を含み、既に戦いが始まっていることを告げていた。

 実行委員達の殺氣は、レンとシュウにだけ向けられていた先刻とは違い、今は放射状に発散されていた。

 その殺氣に当てられて、パイの「恐怖心」がビビッドに目覚める。

 そして、パイの額と、フェイの髪と目が・・・銀色に輝き始めた。

「いいタイミングです、パイさん」フェイは半分だけ振り返って、パイに微笑んで見せた。

「分かったから、前を見て!戦いに集中しなさいっ!」パイはジュンファを指差しながら怒鳴った。

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