飛翔・5
「よしっ!」今度はヘイユァンも、僅かに笑っていた。レンだけでなくシュウも倒せれば、大きなアドバンテージだからだ。
ヒムはラウの攻撃に備えて、シュウから跳んで離れた・・・が、何故かヒムは着地と同時に転倒すると、石畳の上をゴロゴロと転がり始めた。
そのまま転がりながらヘイユァンの側に戻ったヒムの顔を見て、ヘイユァンは思わず「おい・・・どうした?」と訊ねていた。
ヒムの顔全体から脂汗が噴き出し、顔色は真っ青だった。
「あの野郎・・・化物だ・・・掠っただけなのに、肋骨を2本、やられた・・・」ヒムが途切れ途切れに答える。
つまりヒムは、シュウから跳んで離れたのではなく、シュウの後ろ蹴りで吹っ飛ばされたのだった。
それでも肋骨2本で済み、意識も失わず、転がりながらでもラウから逃げ切れたのは、黒鎧氣で強化された体があってこそだった。
「落ち着け、ヒム。あっちはあっちで、レンとお前がぶっ叩いた奴にかかりっきりだ。今のうちに、氣で痛みだけでも鎮めろ」
「ああ。・・・今、やってる」
ヘイユァンの言う通り、フェイ達も今はレンとシュウに集中していた。
・・・いや、ウォンは実行委員の奇襲に備えて、フェイ達には背を向けてヘイユァン達を睨みつけていた。
フェイはすぐに、レンとシュウを診た。二人共ひどいダメージを負っている。
だがシュウは、脂汗を流しながらも立ち上がると、「俺はどうってことはない。早くその子を診てくれ」と、かすれる声で呟いた。
誰の目にも、シュウの虚勢は明らかだった。
だがフェイはシュウの気持ちを汲んで、レンを診ることに専念した。本館からも救護班が駆けつけていた。
「翼は・・・僕の、翼は・・・」レンの意識は朦朧としていた。
「翼どころじゃありません。怪我も氣の乱れもひどくて、命も危ない状態です・・・取りあえず、氣の流れを操作して・・・」
フェイは、レンの背中の神堂穴、大椎穴、氣海穴に点穴をしてから、脊柱を軽くさすった。レンは、波が引くように苦痛がやわらぐのを感じていた・・・が、すぐにその表情が険しくなった。
「フェイ・・・さん?僕の・・・翼を・・・」
「・・・仕方ないんです。君が翼のために使っている力は、半端ではありません。今はそれを、君の命を繋ぐことに使わなければ」
「でも・・・それじゃ・・・」
「フェイさん」ラウが叫ぶ。フェイは驚いてラウを見た。
「・・・お願いです。その子の・・・翼を、奪わないでください。この子が・・・この翼のために、一体、どれほどの犠牲を払ったか・・・」言葉が詰まった。ラウは、自分自身の興奮に驚いていた。(自分を遥かに越える才能に接することは、心をこれほどまでに揺さぶるものなのか)・・・ラウはそれを、初めて知ったような気がした。
「犠牲・・・か」ウォンはフェイ達に背を向けたまま、自分の掌を見つめた。
「とにかく、今は・・・安静にして。眠ってください」フェイは淡々とした口調で、レンの額の印堂穴と、頭の上星穴、百会穴に点穴した。
それだけでレンは目を閉じて、静かに寝息をたて始めた。
リャンジエに打たれて飛び散ったレンの羽の全てが、ようやく地に落ちようとしていた。
ヘイユァンはその数枚を、無造作に空中で掴んだ。
「術者以外の人間が、手に取れるほど実体化した、氣の羽・・・か。全く、恐ろしいガキだな・・・」ヘイユァンは今更ながら、レンを倒せたことを奇跡のように感じていた。
(レンがあと数年、実戦で経験を積んでいたら・・・俺達が束になって、どんな連係を駆使しても、勝ち目は無いだろうな)ヘイユァンは背中に悪寒を感じて、軽く身震いをした。
飛翔・了