飛翔・4
「えっ?そうだったの?」パイがウォンを見て訊ねた。
「いや、俺もただ、氣配を感じただけだ・・・シュウは?」
「あ・・・俺は、言われてみればそうかなって程度です。・・・フェイはどうだ?」
「僕は分かりました。ラウさんの言う通り・・・正門前で、急に隠形術の波動が派手になりました」
「んーっ、さすがに白仙は、そういうのに敏感だねえ」ウォンが感心したように頷く。
「そう。では何故レン君は、姿を消して来ることを、あなた達に提案したのか?・・・一番考えられるのは、あなた達の・・・実行委員の存在に気付いた警備隊員や一般市民と、あなた達の間で、不測かつ無用の戦闘が起こることを防ぐためです。・・・あなた達からは、血に飢えた獣の臭いがしますからね。・・・そうでしょう?レン君」
「・・・はい」レンは、少し驚いたように小さく頷いた。
「なるほどね・・・じゃあラウの旦那は、レンが空を飛んで見せた時点で、『こいつは敵じゃない』って、確信してたのかい」
「ほぼ、確信していました。・・・でもみなさん、『レン君が敵のような気がしなかった』という点だけは、似たようなものでしょう?」
「まあね」
「ええ」
「はい」
「そうね」
「そういうことだから・・・ヘイユァンも、みんなも、もう帰ってくれないかな?そしたら、戦わずに済むから」レンは、ヘイユァン達を真っ直ぐに見つめながら懇願した。
だがその純真さが、ヘイユァン達の神経を逆撫でした。
「そりゃ無理だ。・・・ラウも言ってたろう。シバは、力と技のぶつかり合いにこそ、意味を感じる男なんだよ。本館に辿り着いたら勝ちなんてルールは、ただの方便さ。・・・ヒム」ヘイユァンはヒムに目配せをしてから、チラリとシュウを見た。
その視線を感じたシュウは、すかさず呼吸を整えると、鋼皮功を発動させる。
そしてヘイユァンが、右手を軽く上げると・・・それが合図だったらしく、ヒムがシュウに向かって突進を始めた。
フェイ達は横一列に並んでいて、シュウはその右端にいる。
ヒムは、シュウの左5メートルの位置にいるラウに邪魔されないように、グルリと大き目に回り込みながら走った。
レンはまた背中から翼を出すと、ヒムの動きを止めようと、3メートルばかり浮き上がってから、滑るように・・・シュウとヒムの間へ移動した。すぐに、ヒムに向けて「風」を放とうと翼を振りかぶった瞬間、ヒムは横っ跳びに向きを変えて、シュウから離れていった。
代わりに左から大きな殺氣が接近してくるのを察知したレンは、宙に浮いたままで殺氣のほうを向く。今度はジュンファが突進していた。ヒムのように大きく回りこんでいないので、ラウも手を出そうと思えば出せる距離だ。ジュンファもそれが分かっているらしく、不規則なリズムで左右に跳びながらシュウに接近する。
レンはジュンファに「風」を当てようとするのだが、その不規則な左右の動きのために、狙いを定めるのに手間取ってしまった。ようやくレンが翼を振りかぶった、その時に・・・
「レン君、危ない!・・・上です!」と、フェイが叫んだ。
レンの頭上・・・上空5メートルほどの所に、リャンジエがいた。
リャンジエは落下しながら体を捻って、レンの背後を取ると、黒い翼に向けて突きの連打を繰り出した。
「うわっ・・・!」レンの叫びと、バラバラに千切れた羽が宙に広がる。
リャンジエは黒鎧氣によって上昇した身体能力を遺憾なく発揮して、空中で6発の拳を翼に打ち込み、最後にとどめの一撃を背中に叩き込むと、余裕を持って着地し、シュウやラウの反撃が来る前に、素早くその場を離れた。
だがシュウもラウも、リャンジエなど眼中に無かった。二人はリャンジエの突きで吹っ飛ばされたレンを追って、脱兎の如く駆け出していた。
レンの翼は深いダメージのために消え去り、あとはただ慣性のままに飛んでいるだけだった。
「よしっ・・・」ヘイユァンが、表情を変えずに呟いた。
ヘイユァン達の狙いはシュウではなく、最初からレン一人だったのだ。単純に能力だけを比べれば、ヘイユァン達はレンには敵わない。だが彼らには、レンには無いものが・・・経験値があった。
まず「ヒム」とあえて声に出して、ヒムを先発させる。レンは当然、ヒムを止めようとする。レンが「風」を出そうとする直前に、ヒムは一時的に離れ、別方向からジュンファが接近する。この時ジュンファが殺氣を大きく放ったのは、ヘイユァンとリャンジエの動きを隠すためだ。
ヘイユァンとリャンジエは、ヒムとジュンファの走ったコースの中間辺りから侵入していた。レンがジュンファの動きに集中したタイミングを見計らって、リャンジエはヘイユァンの肩を踏み台にして大きく跳躍し、レンの頭上から背後を取って攻撃したのだ。
この攻防から一番離れた位置にいたフェイは、逆に一番全体を眺めることができたので、レンの危機に真っ先に気が付いて、警告を発したのだが・・・間に合わなかった。
レンは、シュウに「風」を当てないように、あまり高くは飛ばなかった。ヘイユァン達は、それも計算に入れていた。
それに引きかえ、この世界でただ一人だけ「空を飛ぶ」力を持つレンは、よもや自分が背後を・・・ましてや頭上を取られるなど、考えてもいなかった。
レンとヘイユァン達の、経験の差が如実に表れた結果になった。
シュウは歯噛みをして悔しがっていた。彼は、自分が・・・レンを倒すための囮にされたことを理解していた。
ヘイユァン達にしてみれば、ウォンやラウを囮に使うのは危険過ぎるから、フェイかシュウのどちらかを選ぶしかなかった。その上で彼らの頭には、ティエン国の錬武祭の記録映像で見た、フェイのスピードと攻撃力の記憶が残っていた。
少々賭けにはなるが、消去法でいけば、囮にできるのはシュウしかいない。
(つまり俺は、この中で一番弱いと思われたってことだ)それがシュウには悔しかったのだ。
だがシュウにとってはそんな悔しさよりも、レンを助けることのほうが先決だった。
(あんな子供が、俺を守ろうとして打たれたんだ。何としても・・・せめて、石畳に激突する前に・・・)レンを受け止めようと、シュウは走った。
さすがにラウは距離があり過ぎたが、シュウは何とか着地点でレンを受け止められそうだった。
だが、そのシュウを狙って、再びヒムが走り出していた。シュウがレンを受け止めて、体勢が崩れる瞬間を攻撃するつもりなのだ。
「シュウさん!後ろに敵が来てます!」ヒムの動きに気付いたラウが、叫びながら九節鞭を用意する。
シュウは鋼皮功を発動させたままで、レンに追い付いて・・・その細い体を、しっかりと抱き止める。その瞬間、さすがにシュウのバランスが崩れた。
そこへヒムが、長い腕を振り回して掌打を放つ。
シュウは、バランスを崩しながらも後ろ蹴りを繰り出して、カウンターを狙った。
・・・だが、ヒムの腕の長さと掌打の伸び、それに柔らかい身のこなしは、シュウの予想を超えていた。
ヒムの掌打はシュウの脇腹を直撃し、シュウの後ろ蹴りはヒムの胸を掠めただけだった。