7話
学校に登校する勇士。学校の門に着いたとき、通声からのテレパシーがあった。
『大変だよ勇士君』
昨日、遠声がテクノロレックスの偽物に捕まった時の事がネットに流されているという。
編集で、勇士がヒーローの風上にも置けない男として紹介されていた。
そして、テクノロレックスの偽物もその動画のインタビューに出ていた。
『からかってやるだけのつもりだったけど、彼がこんな事をするなんて残念だよ』
「テクノロレックスそのものだ……」
ネットに流されているテクノロレックスの姿は、皆が知っている彼だった。昔に録音された声と照らしあわされ、声紋も一致しており、間違いなくテクノロレックスであると、紹介されている。
そして、その動画は何度も勇士がパイロキネシスを撃つところが流された。
教室に入ると、勇士の事を見る目が変わっていた。
いままでは運よくミュータンツに入れた異物のような扱いであった。
だが今は勇士の事を疎ましく感じているようだ。今まで以上の疎外感を感じていた。
「狭山 勇士!」
教室で勇士の事を待っていた生徒会長。
「私はお前を信じるぞ!」
いきなり脈絡もなく言い出す。
これはありがたいと思えばいい事か? それとも面倒と思えばいいのか? 分からない状況だ。
「勇士君。詳しく話を聞かせてくれ」
戸塚も言い出す。
「このような状況では、まともな授業も無理だろう。研究室に来なさい」
それだけ戸塚は言い、遠声も一緒に戸塚の研究室に向かった。
「信頼を勝ち取るには難しく、悪評を広めるのは簡単である」
戸塚は研究室に着くとそう言い出した。
「言葉が足りない。何から話したい?」
生徒会長が戸塚の言葉に言う。
「では論点の整理から始めよう」
戸塚の話からは焦りが見えた。
あの動画が広がり、戸塚の研究は格好の的になった。被検者ぼ人間的な問題が取り上げられ、研究が止められるという話になっていっている。
勇士がこのミュータンツから追い出される事になるかもしれない。
これが第一の問題。
テクノロレックスがやったことは冗談にしても度が過ぎているという話にもなっている。
彼のヒーローとしての資質も疑われているというのだ。
テクノロレックスは悪評くらいで動じる人間ではないが、見方を変えて言えばこの騒動を沈めようと動くことは期待できない。
これが第二の問題。
「大きな問題としてはこんなところか」
戸塚が言うと生徒会長は話し始める。
「私は学校から研究を盗んだ黒幕と、今回の事を仕組んだ者は同じ者だと思う。タイミングが良すぎるしな」
生徒会長は言う。さすがにその論は証拠もなしに断定をしすぎであると思われる。
「研究を盗んだのはザ・ロープの偽物。君を貶めたのはテクノロレックスの偽物。メタモルフォーゼの能力者ではないかと思う」
ザ・ロープはパワードワンスと一緒に麻薬取引を止めたとき、見ていただけだった。その時のザ・ロープが犯人なのではないかという。
そして、テクノロレックスがこんなくだらない事をするとも思えない。
「というか、そうでなければ君は退学かもしれないぞ」
最後にそう言う生徒会長。
手がかりが一つできたかと思えば、勇士は追い詰められた。
「君がこの件を捜査する理由ができたのだな」
何か調子よさそうな顔で言う生徒会長。自身の在学のために、この件を上手く利用しないといけない。
「この戸塚研究員は顔が広いぞ。多くのヒーローの素顔を知っている」
そういえば、ただの新聞記者がパワードワンスであると見抜いた。他にも顔を知っているヒーローがいるかもしれない。
「私の家はなかなかな名家でな。私もこの件に協力できるかもしれない」
生徒会長も言う。
「なるほど。君の退学がかかっているのか」
最初に行ったのは、テクノロレックスのところだった。
パーティ会場とも見間違えそうな部屋の中心に、ソファーと椅子を置いて勇士達は対面する。
スナッチャーもその場におり、生徒会長と勇士と遠声の三人にオレンジジュースを出して迎えた。
「退学してしまったら、うちに来るのもいい。二代目のテクノロレックスとして教育をしてあげよう」
「それは退学になってからの話にしましょう」
テクノロレックスがそう言い、チラっと生徒会長の事を見た。
テクノロレックスが、勇士を高く買っている事を生徒会長に見せつけるために言ったような様子だった。
「涼火 香妃さん。君はお父様の許可は得ているのかい?」
「私の独断さ」
その会話を聞く。生徒会長は家がどこぞの名家である事は知っているが、一体どのようなところなのだろうか?
「聞きたそうな顔だな」
そう答えた後、香妃は会社について説明を始めた。
香妃はヒーローと契約してマネジメントをする会社にいるらしい。
名前の売り方の伝授や犯罪が起こった時に近くのヒーローにそれを伝えるなどの仕事をしている。
「そして引退したヒーローの仕事先の斡旋とかな」
警官として特別に編入をさせたり、警備会社への就職を斡旋したりしているという。
そのため、会社の力を使えば、契約している多くのヒーローと話し合いの場を設けることも可能だと言う。
「メタモルフォーゼとかの能力を持つヒーローを把握しているとか?」
「ん? この場のスナッチャー氏とかは他人の力をコピーできるが?」
「勇士君。話した方がいいと思うよ」
遠声が言う。
「不思議な少年に会ったんです」
勇士はあの少年の事を話し出した。もしかしたら、あの少年が何か絡んでいるのかもしれない。
「多分関係ないと思うぞ」
テクノロレックスは、そう一蹴した。
有名になれば子供が寄ってくるものだし、勇士の見た子供は十歳に満たない姿だった。この件との関係があるとは思えない。
「子供でなかったとしたら?」
生徒会長はそう言う。
「私はこの件の黒幕はメタモルフォーゼの能力者ではないかと踏んでいる」
テクノロレックスは眉根をよせた。
「なるほど。メタモルフォーゼを使えば、私にも、ザ・ロープにも成りすませるという事だな」
テクノロレックスは、それなら香妃の会社に行くのが簡単だという。
「多くのヒーローが私の会社と契約している。もしかしたら、リストにあるかも」
それから、テクノロレックスは知る限りの情報を教えてもらえた。
香妃の親の会社は、一等地に建てられていた。
会社のビルは見上げても最上階が見えないほど高い。
「全五十階だ。データを管理しているのは四十階になる」
遠声もこの大きさに驚いていた。そして、受付は香妃を見ると立ち上がってかしこまった。
「お嬢様。お待ちしておりました」
その一言を聞くと、香妃はニヤリと笑い勇士の方を見た。
『自分が名家のお嬢様である事を自慢してる』
そんなものに付き合う事もないと思い、それには反応をしなかった。
それから担当の社員という者に通される。
会社のデータには、何人かのメタモルフォーゼの能力者が登録されていた。
香妃が操作するパソコンを覗き込む勇士。
「三人か。これから彼らに会いに行くか?」
とりあえず会ってみようと考える勇士。だが何かが違う気がした。
「このマークは?」
パソコンのデータの隅に、マークが一つ打たれていた。
「この世界から能力を消そうという少年の行動に、賛成派か反対派か? のマークだ」
その話はヒーロー達の間では周知の事実となっている。
「遠声君の力があれば、会うだけですべてを洗いざらい聞き出すことができるだろうな」
生徒会長の言葉でこれからやる事は決まった。
本格的に調べるのは明日にするとして、勇士が家に帰ると、郵便物がポストに入っていた。
『勇士君。君のためにテレビ番組に出れるようにセッティングしたぞ』
その一文から始まる恐竜のマークのついた便箋。それはテクノロレックスからの手紙だった。
能力を消す研究をしているという少年がその番組に出るらしい。
勇士はテレビ局から見てもいいネタになるらしいし、研究者の彼は身の潔白を主張するつもりとの事だ。
普通なら会う機会もないだろう。これをよいチャンスにしてくれる事を願う。
テクノロレックスの激励の言葉で、封筒の文章は締められていた。
「あの男も彼なりの協力をしてくれているのだな」
生徒会長にその事を連絡すると、香妃は作戦を考えた。
付き添いとして遠声も同行させる。テレビ番組の舞台裏から、能力を消そうとしている少年の頭の中を盗み見ようというのだ。
「テレビ出演とは、テクノロレックスもどれだけ金を使ったんだ? しかも、あの研究の少年も共演とは。わたしにはこんな大それた作戦は思いつけない」
そう最後に付け加えた生徒会長は、うんうんとうなずいた。
テレビ番組の収録が始まる前、彼の方から話しかけてきた。
「勇気の能力者。君と会えて嬉しい」
勇士は春日根 アレンと握手をした。
勇士にとって、アレンの最初の印象は、人を陥れるような人物に見えないという感じだった。それでも油断なく彼の事を見つめ、自分の席に座った。
「春日根 アレンさんは研究所のテロ騒動の首謀者とされています」
リポーターは言う。
テレビ番組を見ているだけなら、テレビ局の人間の無神経さには気づかないだろう。
槍玉にされる側に立ってみると、ズケズケと物を言うものである。
テレビ番組の企画として、勇士とアレンに討論をしてほしいようである。お互いに向かいの席に座らされる。
「まずはアレンさんの方からどうぞ」
そう司会のタレントが言うと、懇切丁寧にアレンのブイティーアール解説を始めた。
彼は無能力者である事に悩み、能力で差別をされるのをおかしいと思い、能力を消す研究を始めた。
そして能力を使えなくなる音波の開発に成功したという。
だが、その音波を発生する装置が何者かによって盗まれ、ミュータンツの襲撃事件に使われたのだ。
次は勇士の番だった。
昔から能力を使えなかった勇士は研究に拾われて能力を使う事が可能になった。
ミュータンツで起こったテロ事件を一人で解決し時の人となったのだ。
彼は周囲からの羨望を集める勇士は『勇気の能力者』の言葉で、大きくヒーロー界をにぎわす事になった。
「まず勇士君。あの映像なんだが、あれは本当にあった事と認めますか?」
「はい」
勇士が言うと、周囲の者達が唸った。
「君。人質を敵とまとめて攻撃をするヒーローがいると思うかね?」
どこかの偉い教授の言葉だった。
「パイロキネシスの炎でちょっと焙られた程度でケガをするものではありません。髪がちょっと焦げるくらいでしょうか」
「ちょっと髪が焦げるっていってもそれは大問題だよ。人質を見殺しにする警官やヒーローがいるかね?」
それから話は飛躍していく。
いいがかりにしか思えない事をいくつも言われる。そもそも、関係があるのか分からないような飛躍した意見で責められる。
テレビ画面越しに見ているのと、実際にこの場に立つのとでは、かなり感覚が違う。
勇士は収録の合間の時間に、撮影セットの裏に行って心労で溜息を吐く。
「勇士君。大変だったね。あれだから報道ってのはいかん」
パワードワンスが勇士に声をかけてきたのだ。
「春日根君の護衛として来ているんだ。本来の目的は君に会う事だけどね」
ここにいる理由を言ったパワードワンス。
「君のあの時の事情はわかったよ。ニュースを見ているだけでは視点が狭くなっていけない」
遠声に攻撃をした件についてはパワードワンスも納得してくれたようであった。次の話の本題の方に入っていく。
「彼とも話をしてもらいたい。君が彼に同調をしてくれたら、研究を阻む者もいなくなるだろう」
「能力自体は社会の役に立つと思います。能力がなくなったところで差別は無くなりませんし。消すべきとは思いません」
パワードワンスにそう答えるとパワードワンスはかぶりを振った。
「残念だ」
それだけ言うと、パワードワンスは勇士から離れていった。
「遠声。どうだった?」
「パワードワンスは能力は消すべきだって考えてる。テクノロレックスの偽物の件については何も知らないみたい」
勇士はそれを聞いて目を伏せた。
アレンの関係者がテクノロレックスのフリをして勇士にあの選択を仕掛けて来たのかと思っていたが、そうではないのだろうか?
パワードワンスは研究所の襲撃に関係がなくて、アレンの研究にも、力を貸している。それだけであるようだ。
心の中を読む限りでは、テクノロレックスの偽物はパワードワンスも春日根 アレンも無関係らしい。
「一般人のイタズラだったのかね」
他に、勇士の考えが都合の悪い人物もいるだろう。
勇士の知らないところの人間が原因だったら、調べようがない。
「勇士さん。スタンバイお願いします」
勇士はまた収録に呼ばれた。スタジオに入って特別ゲストが入ってくるのを待つ。
その特別ゲストというのはアレンのような少年だった。
どうやら、アレンと敵対しているという研究者のようだ。
「君。能力ってのは怖いものじゃない。使う人間が怖いから危険なものになるのさ」
収録が始まって言い出すその少年。
「君はテクノロレックスのような事を言うね」
勇士はテクノロテックスの考えにも賛成だ。だが、彼が言うと納得できない感じがしてくる。
「勇気の事も能力の一つみたいに言う人もいるようですが……」
「危険な使い方をしなければいいだけだ。それは個人の裁量によって決めるものです」
それにパチパチと拍手の音が鳴った。
確かに能力を使って利益を得ている人間にとっては、彼の言葉に乗らざるを得ないだろう。
「いくら、自分が信じている事のためと言えど、研究所を襲うなんて言語道断。そんな犯罪者の言葉に耳を貸す事はない!」
「待て! あれはボクじゃない!」
春日根 アレンが言う。
「そう言うでしょうね」
「本当だ! 研究所の研究なんて盗まなくても、あの研究は全世界に公開をされている!」
そうアレンが言うと、勇士もはっとなった。
あれは能力を持たない社会的弱者を救うための研究として、世界に公開をされていた。
「そんなバカな。大事な研究が公開さんてされるはずがない」
「後で調べてみろ! 検索すれば出てくるはずだ!」
そうすると、セットの裏でスタッフがパソコンを使って検索をするのが見えた。
それからしばらくして、カンペで『公開されています』と出た。
「確かに公開をされているようです。犯人はなぜ、わざわざ盗んだのでしょうか?」
司会のタレントの言葉で、あの少年はあんぐりと口を開けた。
アレンと敵対した少年は沼倉 憐介という名前だった。
「あいつ……何を考えている?」
沼倉の言葉が、妙に勇士には引っかかった。
「憐介の頭の中を読もうとしたけど読めなかったよ」
遠声は収録の終わった勇士の前に出て言った。収録が終わり、入口で待っていた勇士は遠声の言葉を聞いて考える。
勇士は沼倉 憐介の事がどうにも引っかかった。