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6話

 生徒会の会議は、今までとは違いマジメなものになった。

 焔は本当に最低限の事しか知らされていないし、尋問くらいで洗いざらい話すものでもない。

 少ない彼の証言によると、彼は能力がばっこしている世界を終わらせるために動いていたという。

「あの研究が何に使われるか知らないがな。奴らは『重要な研究』だと捨て石である俺には言っていたよ」

 焔の言いようから、本当に重要視しているかどうかは疑わしいという意味が込められている。

 盗まれた研究は戸塚の研究だったのだ。

 確かに微妙な能力を使えるようになるだけの研究で、何をするつもりかは、誰もが疑問に思う所だ。

 監視カメラには、一人のヒーローと背格好の似ている男がロープを伸ばして研究の資料を盗み出す光景が映されていた。

「ザ・ロープ?」

 皆がこの盗人の事をそう見る。

 だが、この時間はパワードワンスと共に悪党の成敗をしていたと新聞に載っている。

「ロープを伸ばす能力なんて珍しくない。第一、正義のヒーローであるボクがそんな事をすると思うのか?」

 人気も実績もあるザ・ロープにそう言われたら引き下がるしかない。

 彼を心酔する人々に批判をされる事になるのは目に見えている。

 下手をすればこっちが悪者だ。

「できる事といえば、ザ・ロープに監視をかけることくらいだ」

 生徒会長は言う。

 体格くらいで決定的な証拠にはならない。中肉中背。特別な黒いスーツを着ているため、誰でも彼に成りすます事は可能。

 一度、ザ・ロープの偽物が出たこともあるので、それ以上の追求はできなかった。

「パワードワンスも怪しいな……こんな事を言ったら袋叩きだろうけど」

 勇士は言う。

 パワードワンスはザ・ロープと一緒になって勇士の前に現れたほどの仲だ。もしかしたら口裏を合わせているのかもしれない。

「私も、戸塚研究員の研究は大したことないものだと思う」

 勇士であるから、ここまでうまく扱えるのである。他の者がこのような力を手に入れたところで、勇士のように扱えるとは思えない。

 全員の意見は今の生徒会長の発言と同じである。

「後は証拠にはならなそうな、バックに対する愚痴みたいな言葉ばかりを言っている」

 今回の報酬は雀の涙だったとか、焔は電話の連絡だけでやり取りをしており、連中の顔を一人も見ることができなかった。

 報酬目当てで付き合っていた焔には、必要以上の事は何も言わなかった。

「本当に報酬目当てかね? 雀の涙程度の報酬だったら、あいつが動くか?」

「君に対する私怨かもな」

 勇士の疑問に生徒会長が言う。

「恨まれる覚えないけどな」

 そう言った後、勇士は生徒会長の頭の中を読んでみた。

「ほう……生徒会長も俺の事を焔みたいに思っているんだ」

「君が信用に足る人間だと? そして、私から信用に足る人物だと思われたいのか?」

 二つの言葉で、生徒会長の持つ情報を話さなかったことについて反論をされた。

「お前の信用なんて呪いみたいなもんだ」

 生徒会長にとっては勇士はきまぐれで入れられたメンバーだ。戸塚のために在席しているが、生徒会長の事など、最初からアテにしていなかった。

「生徒会長のヒーロー気分も、早く考えを改めてもらおうと思わないか?」

 岩水が会議が終わった時勇士に話しかけてきた。

 岩水の方から勇士に話しかけてくるのには裏があるかと思ったが、そもそも、この件が解決したら勇士が生徒会にいる理由はなくなるのだ。

 生徒会は生徒会長の私物ではない。彼女の意思だけで勇士をつなぎとめることは難しいだろう。

『その時は生徒会から追い出すチャンス』

 岩水の思考を読むとそんな事を考えていた。

「いちいち勘に障る奴だな」

 勇士はそれだけ言い残した。

 だが確かに生徒会長のヒーロー気分もどこかで改めてもらわなくてはならないだろう。

 これは学生が手を出せるところの話ではないのだ。

 岩水を置いて先を歩き、家路に向かう勇士。

「お兄ちゃん」

 家の近く、閑静な住宅街を歩いている時、背後から声をかけられた。

「勇気の能力者のお兄ちゃんでしょ?」

 どこにでもいそうな子供であった。だが、本能的にただならぬものを感じた。

「ねえねえ。お兄ちゃんの話を聞かせてよ」

 自分に、無邪気に声をかけてくる少年。その子の頭の中を読もうとしても読めなかった。

「ネコをかぶるのはやめたらどうだ……」

 ふと、そう言ってしまう。

「ネコかぶってなんかいないよ」

 少年はそう返す。だが、頭を読めない不思議な少年は、警戒心を抱かせないような笑顔で笑いかけてきた。


 不思議な少年に言われるまま、一緒になって近くの公園に向かった。公園に行くとブランコに飛び乗り、大きく漕ぎ始めた。

「お兄ちゃんの事は知ってるよ。勇気の能力者だって」

 その子は言い出した。それだけをを聞くと、ただの子供の無邪気な言葉だ。だが、ここからが本番だった。

「勇気なんて誰でも出せるものでしょう? そんなものを能力って言わないよ」

「君にはまだ分からないと思う。勇気を出せるって事は大事なことなんだ」

 つまらなそうに聞く少年。

「勇気なんてものはこの世には存在しないよ。僕の友達だって、結局勝てる奴しかいじめないよ」

「おい。何を言ってる?」

 少年は悪びれもせずに言い出す。

「犯罪を正すのは正しい事だけど、結局強弱をはっきりつけたい生き物なんだよ。人間ってさ」

 反撃が返ってこないからいじめる。いじめの原因なんてそんなものである。

「学校の中で上下関係を決めるのがいけないのはなんで? 社会に出たら上司や社長にへいこらしなきゃならないのに?」

 勇士は反論はできただろう。だが、その子の子供らしからぬ考え方に、絶句して言葉が出なかった。

「いじめで自殺をする人間なんて、反撃をしなかったからそうなっただけの事じゃないか。それで自殺すれば問題になるとか、いじめがあった、なかったなんて事をテレビで深刻な問題ぶって真面目に話し合って、バカみたいだって思ったことはない?」

「君は言いたいことを続けなよ」

 勇士は反論をせずに続きを聞く。この子には何を言ってもダメだろう。悪い考えに完全に毒されていると勇士は思い、彼の言葉に聞き入った。

「お兄ちゃんの話を聞くとイライラしてさぁ。弱い人間が強い者に逆らうとああなるってだけの事だよ。そういう事を判断できないバカが死んだところで、社会に何の不利益があるんだい?」

「人が死んだら悼むのが人間だよ」

「違うね」

 少年は勇士の言葉をさえぎって言う。

「人はいい人間のフリをしていたいんだ。自分の事を棚上げしてね。あのお涙ちょうだいのニュースの特番を見て大声で泣ける人間の方が言葉と行動に説得力がでるからね」

 その説得力を得たいから、人はいい人間のフリをするのだと少年は言う。

「本当に優しい人間は、痛みや辛さを感じても耐え忍んでいるものさ。ボクはそんな役は嫌だけどね」

 優しい人間は周囲から好かれる事よりも軽く扱われる事の方が多いものだ。少年の言はそれだ。

「テレビのコメンテーターもカメラが回らない場所では、部下や後輩に偉そうな態度を取って、むしゃくしゃしたら当たり散らしているはずだよ」

 少年はそう言うと少年らしい無邪気な笑顔で、その笑顔に似つかわしくない残酷な事を言い出した。

「そんな歪んだ世界は間違っていると思わないかい? ボクは嫌だね。人の多いところでは、自分は優しい人間アピール。人の少ないところでは弱い者いじめをしてスカッとする」

 そこまで言うと少年は、勇士に笑顔で笑いかけた。

「ボクはそんな事したくない。逆にストレスがたまると思わないかい? いい人アピールなんてやめて、人の上に立ってスカッとする事だけをやっていたいんだ」

 勇士は少年の言葉で背中がゾクリとして冷たくなった。

「だから、ボクは世界を自分のものにするよ。そう考える方が人間らしいし、逆にストレスフリーの世界になれると思うね」

「それは違う……」

 この少年の言葉は歪んでいる。だが、勇士にはその少年に声をかけることができなかった。

 彼から発せられる悪意を受け止め、背筋が凍っていったのだ。

「ごめんごめん。こんな話に付き合わせちゃって。でもお兄ちゃんの噂を聞くたびにムカムカしていたんだ。本人に反論できてスッキリしたよ」

 不思議な少年は、ブランコから降りた。

「君は何者だ? 何をする気だ?」

 勇士が聞く。だがその子は無邪気な顔で笑っていた。

「ボクの計画は、信頼できる人間にしか話さないよ。勇気の能力者なんかには話さないさ」

 頭の中を読むことのできないその少年。

 後に、その不気味な少年と会ったその瞬間からが、本当の始まりなんだと。勇士は思う事になる。


 生徒会長の捜査は進まないでいた。

「なんか最近飽きてきた」

 きまぐれな生徒会長が、前日の会議でそう漏らしだした。今の態度も積極的とは言えず、机に突っ伏してヒマそうにしていたのだ。

『なら終わりにしようぜ』

 そう言いかけた勇士だが、そう口にしたら意地を張って捜査の再開をするかもしれない。

 下手な事は言わないでおこうと口を閉じる。

「捜査の方法に問題があるのかもしれない。ゼロから考え直す方がいいのかも」

「って言っても、あの研究は盗んだんだし、もうここには用はないんじゃないか? 俺達だけで警察でも尻尾を掴めない奴の捜査なんてできないぜ」

 岩水の言葉。生徒会長は納得いかないようであったが、いつもの減らず口は帰ってこなかった。


 話し合ったところで結論など出ない。

 元々情報が少なすぎる。警察がこの件を追っているのに、それらしい進展がないのだ。

 素人達が、ニュースの知識や、勇士の知っている少ない情報を元に話し合っても進展など出るはずもなかった。

 下校時間になり、勇士は家路を急ぐ。

 勇気の能力者。

 その発言によって一時的には有名になったが、勇士は一介の学生だ。騒ぎの波も小さくなった今、自分に目を向ける者はもういないだろう。

 これから、そろそろ飽きてきた生徒会長を時間をかけて適当に言いくるめて、ただの学生に戻ればいい。

 勇士はそう考えていた。

「勇士君。こっちを見たまえ」

 背後から声をかけられる。

「テクノロレックス……なんで?」

 石垣で囲まれた家の並ぶ閑静な住宅街。その普通の光景の中、それに似つかわしくない姿があった。

「遠声をどうする気だ?」

「君がこの状況でどうするかを見たいのだ」

 テクノロレックスは遠声を後ろから羽交い絞めにしていたのだ。

「私の気分次第で、この子の首の骨をヘシ折る事も可能だ」

 およそ、ヒーローとは思えない言葉である。

 閑静な住宅街。すぐ横には民家の玄関が見え、子供用の三輪車が置かれている、全く普通のこの場所でヒーローが遠声を人質にとっている。

 遠声からのテレパシーが届く。

『私だってヒーロー志望。覚悟はできてる。要求なんて聞いちゃダメ』

『簡単にそうできればいいんだけどな』

 勇士は唸る。遠声を助け、テクノロレックスを捕らえる。

 頭をスッポリと隠す、恐竜の頭のマスクを被ったテクノロレックス。手は肉食恐竜のように長い爪が伸びたグローブをかけている。その爪で遠声の喉をひっかき、遠声の傷から血が滴った。

 マスクを被れば誰でもなりすましは可能。彼が本物かどうかがまず怪しいところだ。

「君は目障りなんだよ。勇気の能力者。この言葉に感化される者も多いんだ」

「あんただって共感してくれたじゃないか」

 勇士がそう言うと、テクノロレックスはクスリと笑う。

「この状況が分かっていないのかな? 君は」

 テクノロレックスは言う。

「状況は分かっているが、お前からの要求がないじゃないか」

「ふむ。それはそうだな。どうしよう?」

 テクノロレックスは言う。

「どうしようとか言いつつ、もう決めてあるんだろう?」

 勇士はテクノロレックスの頭の中を読む。

『こいつには、勇気がまるでないような醜態を晒してもらわないといけない』

 不思議な事を考えているテクノロレックス。

 勇士に勇気が無かったらどうだと言うのか? これは明らかにおかしい。

「こっちから行くぞ」

 勇士は手を前にかざした。

 パイロキネシスで炎を撃ちだしたのだ。

『チッ……攻撃をしてきたか!』

 テクノロレックスはさらにそう考える。

『人質がいてもかまわずに攻撃してきた。これで十分だ』

 そして、ドローンでこの状況を撮影しているらしい。人質がいるのにも構わず、テクノロレックスを攻撃した。これで十分な事であるというのがよくわからなかった。

 テクノロレックスは、遠声を放り捨てて、逃げ出していった。

「走るのか?」

 テクノロレックスは脚力で飛び回って移動をする。彼の行動は、まるで別人がした事のようであった。

「勇士君……」

 勇士の前にやってきた遠声が言う。

「髪がコゲちゃったけど、助けてくれてありがとう」

 むすっとした顔の遠声。

「怒られついでにちょっとテクノロレックスのところに付き合ってくれないか?」

 勇士から帰ってきた言葉に、遠声はムスッとしながら従った。


「勇士君。話というのは?」

 テクノロレックスは大会社の社長だ。だが、仕事のほとんどは部下に丸投げしており、昼間から女を侍らせている。対外的にはそうなっていた。

 受付で話をして、社長室にまで勇士たちが登ると、テクノロレックスは女たちに小遣いを渡して帰らせたのだ。

 部屋には価値のありそうな壺や絵が飾られていて、いかにも成金の部屋といった様子だ。社長室とは名ばかりで、お客を呼んで遊べるパーティー会場のような内装であった。

 勇士と対面すると、テクノロレックスはヒーローの顔になる。顔を引き締め、眉根を寄せて勇士の言葉を聞いた。

「私の偽物が現れたという事だな」

「遠声を人質にしている映像を撮影してあるらしい。どこかに流されるかも?」

「悪者扱いをされるのは慣れているさ」

 警官殺害の罪をかぶせられたこともあるテクノロレックスは、悪評くらいなら慣れている。だが、その悪評がどのように使われるつもりなのかが問題だ。

「それに……」

 ザ・ロープと思われる者が研究所の研究を盗み出したという事も伝える。

「それは聞いた。ちょうどその時間はパワードワンスと一緒にヴィランの麻薬取引を暴いていた」

「時間がピッタリすぎて怪しすぎる……ですか?」

 テクノロレックスは時間ぴったりにパワードワンスとザ・ロープが事件を解決したのを疑問に思っているらしい。ヒーローにとっては、ヴィランを退治するなどいつもの事だ。わざわざ撮影して映像を残しているのが逆に怪しい。

「パワードワンスが一人で事件を解決したようなものだった。ザ・ロープは見ているだけだったよ」

 そうは言えど、パワードワンスの無茶苦茶な強さがあれば一人で十分だというのはよくわかる。

「私はまた悪者扱いをされるだろうな。だが、私のやる事に変わりはない」

 落ち着いた様子で言うテクノロレックス。それ以上の話の進展はなく、勇士は帰宅をする事になる。


「あれは絶対にテクノロレックスじゃなかった……」

 テクノロレックスが勇士のしょぼいパイロキネシスくらいで逃げるはずがない。

 そして、あのテクノロレックスの偽物は『これで十分だ』と考えたのだ。

 勇士が遠声を攻撃した事に意味があるのだろうか?

 勇士は夜遅くに机に座って考えた。

 今回、自分の存在はこの事件では大きいものであるようだ。

 生徒会長もこの件を追っている。彼女の力も借りるべきかもしれない。

「嫌だけどな」

 彼女の力を借りるのは御免こうむりたいところだ。

「俺にできる事は……」

 この何かがうごめいている今の状況で、自分に何ができるだろうか? 何をするべきだろうか? それを考えた。

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