5話
5話
あれから会議らしい会議はなかった。
会議を始めるとみせかけ、勇士と岩水をいじりたおす事を繰り返した生徒会長。
岩水はしびれを切らせて「さっさと会議を始めろ!」と、何度も言っていたが、そのたびにはぐらかされていた。
下校時刻になるまでそれが続き、研究員の指示で下校をする事になる。勇士は、その日も生徒会長に、形ばかりの会議にかこつけてさんざんからかわれていた。
「おお! 見ろよ。あの噂の子だ!」
下校するために学校の入り口を通る勇士の事を指さす一団がいた。
見るからに金持ちの男とその取り巻きの女達といった感じである。
ガヤガヤと騒ぐその一団。後ろにやたらと大きなハイヤーが見える。それに乗ってきたのだろう。
「やあ君。ボクのパーティに出席しないかい?」
いきなりズカズカと勇士の前にやってきた男。
「ボクはこういう者でね」
名刺を見ると大きな会社の社長という事らしい。
「俺はそういうものに出ることはできないことになっています」
適当に言い訳を言う勇士。契約を思い返せばこういう場所にこそ出て、アピールをしないといけないはずだ。
だが勇士としてはこういう男はいけ好かないし、何より生徒会長に遊ばれて疲れている。
だが、その男は勇士に耳打ちをした。
「これがテクノロレックスからの誘いでもかい?」
人気ナンバーツーのヒーローの名を言ったその男。
「スナッチャーもいるわよ」
取り巻きの女の中の一人もそう言いだす。それはナンバーセブンのヒーローだ。
「まあまあ、長いものには巻かれなさい。若いうちから覚えておかないとダメさ」
そう言い、強引に勇士を引っ張った男は、ハイヤーに勇士を押し込んだ。
あれから取り巻きの女からは離れた。
テクノロレックスとスナッチャーの二人。そして後ろに執事の男が控える。
運転手がいない車に乗る四人だけの空間である。
「どうだい? 私をテクノロレックスだと信じたかな?」
自動で走る装甲車を所有している事で有名なテクノロレックス。
他のヒーロー同様、普段の行動は謎に包まれているのだが、まさか街の著名人の一人だとはだれも予想していなかっただろう。
「会社の社長だというのによくバレませんね」
「周囲の目を欺くためにドラ息子を演じている。御蔭で幼馴染からも愛想をつかされているよ」
「まあ、有名なヒーローに近づくと危険も大きいから、自分から離したようなものでしょう?」
「ふん……」
スナッチャーの言葉に鼻を鳴らしたテクノロレックス。
「私達は君に興味が出たの。テクノロレックスは能力を持たないヒーローだという事は知っているわね」
そういうスナッチャーも能力を持たない。正確には他人から生命力や能力を奪うことができるという類いのものだ。すぐにその効果は消えるし、ヴィランから能力を奪わなくては無能力と同じである。
「勇気の能力者か。私としては口を出さないわけにはいかなくてね」
テクノロレックスは言う。
「君は能力はこの世界に必要だと思うか? そもそも能力が存在しなければ私が必要ないからな」
「また聞かれた」
「またって何なの?」
呻いて言った勇士の言葉にスナッチャーが言う。
パワードワンスからもそう聞かれたと言うと、テクノロレックスとスナッチャーは唸った。
「まだ極秘にされているのだが、君が破壊した装置の中にメッセージがあったのだ」
正体不明の装置だ。中を調べて解析しようとするのは当然だろう。
中を調べるとメッセージが掘られたプレートがあり、それがヒーロー達の間で議論を呼んでいるいるという。
ヒーローたちよ。
ヴィランとの戦いに疲れてはいないか?
私はこの装置で世界中の能力を消すことができる。
ヒーロー達が能力の存在しない平和な世界を望むなら、私の元に集いなさい。
「私の元って言っても、どこの誰か分からないじゃないか」
「分からない事もない」
勇士の言葉にテクノロレックスは言う。
ある天才科学者が能力を無効にする研究をしているという。その勇士よりも少し年下の子は神童と呼ばれていて、資産家の息子という事もあり社交界では有名人であった。
「証拠がないから捕まえることもできないし、資産家の父親がかばっていて、警察も手を出せないという事だ」
そして、その彼の元に密かにヒーローが集まりつつあるという。
「それでさっきの質問になったわけだ。私はこの世界に能力は必要だと思う」
テクノロレックスは言う。
「私は無能力者だから能力者に負けまいと考えた。だから死に物狂いで修行をしたよ」
社長である父が母と共に暴漢に襲われて死んだあと、会社が経営陣に乗っ取られそうになった。それを乗り越えた後、両親を殺した暴漢を突き止めて、修行をして得た力を使って戦いを挑んだ。
「だがその暴漢は何のちからもない男だったよ。能力すら持っていなかった」
しかも両親を襲った理由は、金を持っていそうであった両親を襲って金を奪うつもりだったという。裏に巨大な陰謀があるわけでもなかったのだ。
「その時悟ったよ。本当に怖いのは結局人なのだと」
それからテクノロレックスは得た力で悪人を成敗する事を心に誓ったのだという。
人は絶対に殺さないという信念を基にして、普段、ヒーローが寝静まっている夜の活動を主として戦っているのだ。
「自分語りが多くなってしまったな。結局何が言いたいのかというと、怖い物は結局人だ。能力のあるなしは関係がない」
それから、テクノロレックスは備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出した。
「オレンジジュースだ。ただし、一本五万円する最高級品。これで乾杯をしよう」
テクノロレックスが言うと、執事の男がグラスを用意して乾杯の用意をした。
「話してみて君がどういう人間か分かったよ」
ニコリと初めて笑ったテクノロレックスはグラスを掲げる。スナッチャーもグラスを掲げ、それにならって勇士もグラスを上げる。
「君の勇気に乾杯。君は正義の戦士だ」
テクノロレックスは勇士に祝福の言葉を投げた。
「おはでーす」
投げやり気味に教室の生徒に声をかける勇士。
教室に入った瞬間にそこかしこで含み笑いが聞こえてくる。
「あー、しかも通声もいるよ」
勇士の事を見つけたら、ズンズンと歩み出てきた。
真っ赤な顔をして涙目になっている通声は、勇士の前に立つと無言でポカポカと勇士の胸を叩きだした。
「すいません。ホントすいません……」
とんでもない事をした勇士は通声に向けて謝った。
「とにかく今回の事はいいよ……」
通声の一言で事件は終わりになる。その日の昼休みの時、勇士は通声達と一緒にいた。
「ずいぶんと注目されているみたいだね」
「さすがテレパシーの能力者」
通声はパワ-ドワンスとテクノロレックスに会った事を言っているのだ。
「能力がこの世に必要かどうかね……上の人達の間ではそんな話になっているんだ」
「俺たちには関係ない話だがな」
箔斗は悠長な事を言う。
「俺は当事者の一人になったし、お前も専属の研究員の考え次第で巻き込まれるかもしれないぞ」
勇士の言葉に箔斗はたじろいだ。
「能力がなくなったら、俺たちは高校の勉強を一年生の一学期からやり直すハメになるぜ」
ここは能力開発校だ。
一般教育は行われていないため、他の高校に入り直すと考えると、勉強のやり直しになってしまう。
「私は小学校からだ。頭が痛いよ……」
話を聞くと、通声は小さなころから能力の高さを買われてミュータンツに入ったのだという。
「そりゃ絶対反対しないとな」
「そういう言葉は、世界の犯罪はなくならなくていいと言っているのと同じだ。と言われるかもしれない」
箔斗が言うのに勇士は言う。
「ねえ勇士君。今度デートしない?」
通声がいきなり言い出した。勇士が通声の頭を読んでみる。
『この子は頭はいいからくいっぱぐれることはないでしょう。今のうちに誘惑して私にメロメロにしておけば、もしもの時に役に立つかも』
「お前は転んでもタダでは起きないな!」
呆れた勇士は言う。
その日の放課後に生徒会室に行く勇士。
「前日のテロリストの件だが。狙いが分かった。カッコ笑いようだぞ」
「カッコ笑いってなんだよ!」
生徒会長の言いように反応したのは勇士だけだった。
笹波と岩水。書記と庶務として生徒会室に座っている二人はそれには慣れたもののようである。
「君の専属研究員の研究。カッコ笑いらしい」
「はぁ! なんで俺のとこなんだよ!」
戸塚の研究であるという。
だが勇士の微能力を得るのが限界の研究がわざわざ狙われる理由がわからない。
「目立ちすぎたな。研究員達が深層心理的に結託して、今ヒーロー界からも注目される研究を引き釣り降ろそうとしているのだ。頭のよろしい研究員の方々が、こぞって屁理屈を考えて、君の研究を攻撃。あわよくばつぶそうとしているのだろう」
「あー、なるほど。それでカッコ笑いね」
大人の事情というものである。
「真実なんて、みんなどうでもいいのかよ」
自分の都合で、他人の研究を蹴落とそうと考える研究員達。
「どうでもいいという事はないぞ。皆、自分に都合のいいことが真実であればいいと願う。そして、それを裏付ける証拠を必死に探すものだ」
「そういう事を言っているんだがな」
会長の言いたいことはよくわかる。
「真犯人の真の目的を暴くのを最優先にするべきじゃないのかね」
「私もそれを目指しているのだよ」
会長が言うと、生徒会の面々は舌打ちした。
していないのは、オロオロしている笹波とその部分には同意の勇士くらいである。
ヒーロー達も、自分の手柄と名誉を得るために割のいい仕事を取り合っている。
それをしていないのは、目撃もされないところでも、悪事を暴いて闇から闇に消えていくテクノロレックスくらいである。
「表の犯罪が消えるだけいいことじゃないか? 誰もタダでは動かないぜ」
「それはもっともである、昨日、苦い失恋を経験した岩水君よ」
「苦すぎるっつうの」
生徒会長の嫌味にそう小さな声で反論してから生徒会長の言葉の続きを聞く。
「我々生徒会にそこまでの力はない。だが、真実を守るために自分達にできる事もあるはずである」
「真実を守るのはいいが、こいつを守るのはな」
「ちっ……」
会長の言葉に、岩水の嫌味、勇士の舌打ち。
だがそんなものにかまっていたら、話が進まないのも事実だ。会長はそれに構わずに話を続ける。
「さて、昨日テクノロレックスから聞いた話を教えてもらおうではないか」
「俺はそんなに口の軽い男じゃない」
「え? この学校一番の能力者を呼んで君の頭を読んでもいいのだぞ」
「このヤロウ」
生徒会長にその能力者を呼べるかどうかは知らないが、そんな事になったら勇士が黙っていても意味がないし、余計な事まで知られるかもしれない。
勇士が言うと、生徒会の面々全員が唸る。
「俺たちからしたら迷惑な話だな」
「それを議論するのは大人たちに任せるとして、我々は、真実の究明をしてテロリストの目的を捜索をするべきだ」
「それも大人に任せようぜ」
「大人はアテにならないのをさっき説明したが?」
生徒会長は支離滅裂に見えて建設的な説を持っている。生徒会長の言葉には、説得力があった。
面倒そうにした岩水は言う。
「内容次第。メンドそうならパス」
それで話をつづけた生徒会長。
「おやおや、これはお嬢様。いつもお世話になっております」
戸塚の言葉だ。ここは戸塚の研究室である。
「研究の詳細について聞きたくてな」
研究というのは成功ばかりではない。失敗の積み重ねだ。失敗が転じてノーベル賞ものの研究に発展した事も多い。
もしかしたら、戸塚の研究の失敗が奴らの目的である事も考えられるのだ。
「お嬢様。なんというご聡明な事でしょう。わたくし感服いたしました」
「戸塚のじいさん。あんた疑われてるんだよ」
勇士が呆れて言う。
「私の研究が目的であったとしたら、敵よりも先に分かれば、対策も立てれるというものですよ」
戸塚がいう。
「だがそれはナシだ。失敗が相手の目的なら、たしかにさっさと渡してしまうのも手だろうな。相手が誰かは分かっているんだし」
研究で必要なのは成功例だけだ。
失敗例はむしろ邪魔である。
ただ、これからの研究の指標とするために保管をしておく必要があるものだが、後生大事に持っておくものではない。
相手は誰かは分かっているのだから、自分から渡しに行ってもいいのである。
だがそれは生徒会長にとってはありえない事だ。
「相手はテロリストだ。自分の保身のためにテロリストに共謀するような事を考えているのなら断じて許さないぞ」
「し……失礼おば」
そもそも生徒会長の資金提供がなければ研究は苦しくなる。生徒会長に逆らう事の出来ない戸塚はそれで頭を下げた。
あれから生徒会長は、研究室から出ていき捜査の続きを始めた。
「やれやれ、厄介なスポンサー様だ」
「金をもらっているからにはああいう事にも付き合わないと」
戸塚が言おうとしていた言葉を先読みしていう。
「私の研究が広まるのならば、その方がいいのだが」
これが世界に広まれば無能力で悩む者はいなくなるだろう。戸塚はそのために研究をしているのだ。
「生徒会長様に任せておこう。研究員達が私に言いがかりをかけてくる事もなくなるだろうからな」
他の研究員から研究を止めるようにチクチク言われるのだという。とりあえず、それがなくなれば戸塚としては安泰だというのだ。
暁は夜の学院にいた。
研究員達の目をかいくぐってある場所を目指している。
「あんな研究何に使うんだ?」
焔 暁は炎の力を使って前を光を灯して前に進んでいった。
一部の人にしか使えない研究で、微能力を得るというだけの効果。その研究をテロリストになってまで手に入れようとする理由は、全く分からない。
ヒーロー社会に終止符を打つという彼らの思想には共感するところだが、何をどうしようとしているのだろうかとも思う。
「俺はただの兵士だ。あいつらにとってはない」
人の下に付くというのは、彼の性分的に合わないのだが、黒幕から信頼をされて、全てを話してもらえる事を期待などしていない。
何も知らされずに踊らされるのは不快であるが、ゴマスリをして信用してもらおうとは思わない。
そのスタンスが彼の性分には一番合っていた。
「焔 暁くんだな?」
暁の背後から声がかけられる。
「君とは気が合うかもと思っていた。私にすべてを話してくれないか?」
暁が振り返ると、涼火 香妃がいたのだ。
「俺は友達が作りたいわけじゃない」
暁が言う。生徒会長にバレてしまえば、捕まったようなものだ。
自分の炎の力では、生徒会長には勝てない事を分かっている。
「能力に溺れたお妃さんよ。俺はどうすればいいかな?」
観念した暁はわざとらしくかぶりを振って言う。
「君は意地だけは張っている男だ。素直に話してくれるなどとは思っていない」
冷静な事を言う生徒会長。
「尋問はきついらしいぞ。私がやるわけではないが」
投げやりな態度の生徒会長。自分の携わらない事に対しては、興味は薄いようだ。
そこに警報が鳴った。
「どうしたのだ? これは私ではないぞ!」
いきなり鳴った警報に、生徒会長は言う。
「くっくくくくく……そういう事かよ。確かに合理的だ」
焔の言葉に、生徒会長は怪訝な顔で言う。
「君は囮だったのだな」
焔はこの作戦の囮として使われた。
焔に皆の目が行っている時に、本体が作戦を達成するという算段だったのだ。
「君は捕まえないといけない。私はここを動けない」
そして、研究を狙う犯人を捜しているのは生徒会長だけだ。これでは、犯人を追う者は一人もいない状況である。
「言っておくが俺は何も知らされてねぇぞ。人から信用されるような人間ではないんだよ」
自分が捨て石にされる作戦。その役目が当然であると考える。
いままでの不可解な依頼者の行動の意味を、見せつけられると焔は笑えてしまったのだ。