4話
4話
あれから勇士はむすっとしていた。
「あの子の事悪く言うなよ」
テロリストの襲撃の時、無謀にテロリストに立ち向かった少年の事だ。
マックルーが来ると信じていたあの子はテロリストの銃を奪おうとして射殺された。
この一部始終を勇士は話した。監視カメラの映像とも証言は合致した。
だが世間の印象は勇士の持ったあの子に対する印象とは大きく違っていたのだ。
「無能力の子供が無謀な事を」
何の力も持たない子供が無謀な事をしただけと皆思っている。
無謀な子供の行動。母親の涙する姿が報道陣に流れたが、子供自身の自業自得というのが大半の人間の考えだ。
「無能力の奴が何をやってんだ。何の力もないのに……」
昨日は箔斗もそうつぶやいていた。
その時勇士の胸の内にたまっていた感情が爆発した。
「あの子に力ならあった。お前が逆立ちしたって手に入れられない力がな」
勇士は箔斗に迫っていった。
「何の能力もないだろう? 何を言ってんだ?」
「勇気だ」
この研究所の人間は能力が使えないと知ると逃げ出した。戦おうとした者は一人もいなかった。
だがその中であの子だけは戦おうとしたのだ。
あの子に思慮はない。勝機なんて微塵もない。そんな事は関係なしに、あの子は、最も重要で高潔な力を持っていたのだ。
「あの子は勇気の能力者だ」
この勇士の言葉はお笑い種として、学校中で語られていた。
「お前の考えは分からんでもないが、周りの人間には無茶に見えるんだ。その気持ちは胸に仕舞っとけ」
勇士は箔斗から諭される。
この言葉に感銘を受けた人間なんていなかった。
正確には感銘を受けた人間はいた。だが勇士にとって最悪な相手であった。
いきなり教室のドアがドカンと大きな音をたてて開けられた。
「狭山 ゆうしぃぃぃぃいい! いるかぁぁぁぁああ!」
そう大声で叫んだのは生徒会長だった。
返事などせずにむすっとしたままの勇士を見つけた生徒会長は勇士の近寄りがたい雰囲気も気にせずにずんずんと進み出ていった。
「はっはっは! ぶち上げてくれたな! なるほど! 勇気の能力者か! 実にバカらしい!」
「なんだと……」
「だがそのバカが研究所を救ったという事実がさらにバカらしいではないか! 私はあの放送を聞いて逃げ出した! 無能力者である愛と勇気の戦士が研究所を救った英雄となるのだ。私が炎の力を持っている事なんてただのバカだったのだよ」
言いたいことは分かる。ひねくれた言い方をしているが、これは勇士の事を賛美する言葉だ。
ただ、褒められて嬉しい相手かどうかは別の話である。
「そりゃどうも」
そっけなく返す勇士に、さらに生徒会長を続けてきた。
「ゆーちゃんと呼んでいいかな? 君の名前は読めないからな」
「ねぇよ! 苗字を読めないと言われたことはあっても、名前を読めないと言われたことはねぇよ!」
勇士が生徒会長に言うが、生徒会長はまったく気にした様子もなく、はっはっはと笑っていた。
「君を生徒会の雑用係イコールパンダマンとして招待したい。異論は認めんぞ。来るんだ」
「雑用係は分かるがパンダマンってなんだよ! 何をするのが役目なんだよ!」
「パンダの能なんて客寄せくらいのものだろうが」
生徒会長の言葉で勇士は大体理解した。
「研究所を救った英雄なんだから使い道はあるわな」
「うわー。自分の事を自分で英雄って言ってるよこの子。さむーい」
「このヤロウ!」
生徒会長につかみかかった勇士だがそこに聞きなれた声が聞こえてきた。
「勇士のぼっちゃま。お戯れが過ぎますぞ」
「はぁ!」
声は聞いた事があるが、聞いたことがないくらい気持ち悪い口調だ。
その言葉を言ったのは戸塚 源一だった。
「研究費の工面に協力してくださり、世界一周旅行と全国食べ歩きの無料券を、私にくださる生徒会長涼火 香妃様に向けて無礼はあってはなりません」
「めちゃくちゃ買収されてんじゃないか!」
「これで念願だった、店主が本場フランスで修行をしたという名店のシフォンケーキとプレッツェルが食べ放題になる」
「もう、喉につまらせて死にやがれ!」
勇士が何を言っても生徒会長はとまらなかった。
専属である研究員である戸塚が買収されてしまっている以上、勇士は従うしかない。
「それで。放課後にでも生徒会室に行けばいいのか?」
「おや? さっきまでの威勢はどうしたんだ? もうちょっと無駄な抵抗をしてくれる子の方が私好みなのだが」
「お前の口調はさっきからケンカ売っているようにしか聞こえないんだよ! 俺を本当に生徒会にいれたいのか!」
それから戸塚が仲裁に入り詳しい話がされたのだ。
「私も金には弱いのだよ。多分一般人以上に」
「研究者だからな」
研究者は生きていける金があばいいというものではない。
研究には多額の資金が必要で、それが無ければ研究者として生きる事ができなくなる。
だから戸塚は人間として生きる事はとうに捨てていると言っていた。
みっともなくゴマをする。人間の尊厳などかなぐり捨てる。それを厭いはしないという。
「食生活は人間に戻そうな」
戸塚の覚悟のほどはともかく、勇士の言いたいところはそこであった。
「私はブタの餌でも問題ないがね」
「何? 分かってて言ってんの? それとも天然なの?」
戸塚との話はここまでにする。
戸塚から聞かされた生徒会長からの提案はこうである。
生徒会長も勇士の発言には同意である。勇士を生徒会の役員にパンダマンという役職として入れる事でそれを周りに知らしめたい。
「とりあえず、役職の名前を変えてもらえるように猛抗議してもらえるか?」
「何を言うんだ! あの人のご機嫌を損ねてはいけない。名前なんてなんでもいいだろう。無意味な抵抗はよすんだ」
「そこだけは全力で抵抗しないといけないところだろう!」
生徒会の一員となればミュータンツで生き残り争いに躍起になるような地位はでなくなるから、戸塚も安心できるし勇士の生徒の地位も安泰だ。
昼休みの時間に研究室で今後の方針を話し合う事になった。
今は戸塚の研究室に向かっているところだった。
「君。狭山君ね」
そこに声がかけられた。女性の記者である。
その後ろにはサポートの男とカメラマンという感じの勇士よりも少し年齢が上の少年がいた。
「取材かね? 電話番号を教えるから後にしてもらえんか?」
「研究所の所長から許可を取っております。何かあっても大丈夫ですよ」
女性の記者はにこやかな顔をして言った。
だがうしろの二人は顔をひきつらせた。
勇士が怪しく思って後ろのサポートの男の頭の中を読む。
あんな強引な方法で、別の方向で問題になりはしないかな。
「遅刻くらいならおおめに見てもらえそうですよ」
戸塚もそれを聞いて大体察したようである。
「そうか。君に問題が無いならいいがね」
戸塚はそう言う。
「あまり長い時間をとらせないほうがいいとおもうぞ。彼は学生なんだし……」
後ろのサポートの男が言うと、女性は男の足をハイヒールのかかとで思いっきり踏みつけていた。
「わかった。君の言うとおりにするよ」
その様子を見るに男は女性には頭が上がらないようだ。
内容は、勇士がテロリストを撃退した時の状況などの取材であった。
「君。犯人の手がかりになるようなものは持ってる?」
女性が聞いてくる。警察にも一応聞かれたが、ただの生徒である勇士に、そんなものが思いつくはずがない。
ただ、脳裏をよぎるものがあった。
「そういえば、数人の大人を連れている、金持ちっぽい子がいたけどな……」
銃だの能力を使えなくする装置だの、あんな大層な物を用意できる人間なんて金持ちくらいしかないだろう。勇士は短絡的にそう考えて言う。
「何か証拠でもあるのかな?」
サポートの男が言うと女性は肘で脇腹を突く。
「証拠なんて必要ないの。面白い証言がとれればいいんだから。協力者を委縮させるような事言わない」
「す……すまなかった」
協力者の男はそういう。
それからインタビューは続く。
「私は会社に戻って記事にしてくるわ」
聞きたい事を聞いたら女性記者はすぐに帰っていった。
「すまない。これから雑誌に載せる写真を撮らせてもらえないか」
それが目的で残った男が勇士を研究室の一角に立たせた。カメラマンの少年もその前に立つ。
「勇士君。君は目の前に立つ男がパワードワンスだとしたら驚くかね?」
研究所の隅に立った勇士は言われる。
「ザ・ロープもお忘れなく」
男がいきなり切り出した言葉に勇士は面食らった。
「そろそろバラしてもいいのか」
戸塚も言う。
ザ・ロープは研究所が襲われたときにやってきたヒーローだ。
そしてパワードワンスとは人気ナンバーワンのヒーローだった。
背広を脱いだ男。
「なんで……」
背広の下から、いつもテレビで見るパワードワンスのスーツが出てきたのだ。勇士がはたまらずに呻いた。
「こいつも見てくれ」
カメラマンの少年も荷物の中からマスクを取り出す。いつもテレビで見るザ・ロープの姿だ。
「君も難儀だな。女の尻に敷かれながらセコセコ働くなんて」
「私からは研究者の方が狂っているように見える。お互い様だろう」
パワードワンスは戸塚から勇士の方を向く。
「君と秘密の対談をしたかったんだ」
そして、ソファーに腰を下ろしたパワードワンスは話し出した。
「君は勇気は能力だと言った。私も同意見だよ」
パワードワンスの前に座った勇士。隣にはザ・ロープもいる。
二人の前に飲み物もなしにカステラを置いた戸塚は秘密の対談に耳を傾けていた。
「私は最強の能力を持っているし、それを皆のために使っている。それを誇りに思っているしな」
パワードワンスは話し始める。
「だが、前々から疑問に思っていた。そもそも能力が無けりゃ、私が働く必要はないんじゃないかと」
パワードワンスはこの世界はおかしいと思っているという。
能力があるから人は争う。それを止める者が自分だ。
だが、犯罪はなくならず、自分の力では助けられない人も多い。
「この世界に必要なのは勇気の能力のみであると私は思う。君はどう思うかね?」
パワードワンスはそれが聞きたかったのだという。
「考えたことなかったです。俺は無能力者でした」
無能力者として育ってきた勇士は力を持たない人間がどのような扱いを受けるかを身をもって体験してきた。
「能力に憧れた事はあったけど、能力がなくなればいいと思ったことはなかったです」
それが、今答えられる勇士の全部の言葉だ。
「そうか。難しい話だったかな。能力がなくなればこの世界はよくなると思う。まあ、研究者の前で言う言葉ではないが」
「私は聞きに徹する。気にしないでくれ」
パワードワンスが言った言葉に戸塚が返す。
「人間の進歩は争いなしでも十分にしていける。そもそも能力ができる前は、銃や爆弾の開発なんて世界の中でも切り離された一部で行われている、世界に必要ないものだった。それが今では能力の開発は研究所を建てられて公然を行われており、その研究所に入る事が多くの子供たちの夢となっている。こんな世界はどう考えても間違っている」
熱のこもったパワードワンスの言葉。
「本当に平和を望んでいるのですね」
勇士はパワードワンスに向けて言う。
「私は平和の使者だ。君以上。そして他の誰よりも、それ以上にな」
パワードワンスのその言葉。勇士の胸を熱くさせるのだった。
「時間も少ないし、私の言いたいことだけを言おう」
あんな話の後に生徒会でどうこうするなんて話し合いをする気分にはならないだろう。
そう言って切り出した戸塚は簡単に話した。
「私としては君が生徒会に残ってくれればそれでいい。研究を止めろとでも言われない限り残ってくれという立場だ」
それだけである。勇士も余計な事は考えずにその言葉に頷いた。
勇士は生徒会室の前に立っている。
ノックをすると生徒会長とは違う優しい声でどうぞと声がかかる。
ドアを開けると上級生の女子がいた。
「君が狭山君ね。えっと。勇士君でいいかな?」
「はい。苗字は読めないですからね」
言われる前に答える勇士。
「私は書記の笹波 ちゆ(ささなみ ちゆ)えっと。香妃ちゃんはハイブリッドスーパーパンダゼットという役職と言っていたけど、これ何?」
「悪化してやがるぞあのヤロウ!」
役職の名前は絶対普通のものにする事を心に決めた勇士。
「生徒会の役員になる人間の言葉じゃないな。俺は副会長の岩水 颯太だ。短い付き合いになるかもしれないがよろしく」
「短い付き合いだといいですね」
勇士は心の底からそう思っていた。
「すぐに追い出してやる」
戸塚には生徒会に残るように言われたがそれもいい。
勇士は実力もあるし、また競争しなければならない立場になっても残る自信がある。
「それで、今回の問題の中心人物である生徒会長がまだ来てないわけだが」
岩水の言葉に勇士も気が抜けた。
「なんだよそれ。呼び出しといて留守かよ」
「まったくそうだな」
二人はそう言い合った後離れたに座った。
「生徒会長の遅刻はいつもの事だし、大丈夫だよ」
「笹波さん。それ、全然大丈夫じゃない」
笹波のフォローにもそう答える岩水。
生徒会長がいないと何も話せることがない三人は無言で時間が過ぎていく。
「笹波さん。生徒会長を探してもらえるか?」
ふと言い出した岩水。
「そうだね。私が探してくる」
笹波としてもこの空気の悪いところに長く居たくはないようで、そう言われるとすぐに立ち上がった。
生徒会室のドアが閉められる。笹波の足音が聞こえなくなると岩水は切り出した。
「なあ。お前の目当てはちゆか?」
「笹波さんの事か? そもそも、あの人の事はいまさっき知ったばっかだよ」
「ふん。ならそこはいい」
そして黙った岩水。
「面倒だな……」
岩水の頭の中を読んでみると、思わず勇士は吹き出した。
「何いきなり笑ってんだ?」
「ちょっとばかし人の頭の中を読む能力が俺にはあってね」
「てめぇ! 俺の頭の中を読んだのか!」
「生徒会役員の言葉遣いじゃないな」
くっくっくと笑いながらさっき岩水に言われた言葉をオウム返ししてやった勇士。
「取らない取らない。確かにかわいい人だし、ちょっと怖がりで守りたくなるし、趣味が編み物であんたと意外と気が合うし、あんたが滅茶苦茶惚れこんでるけど、全然取ろうとは思わない」
「テメェ!」
岩水はそう叫んで勇士の胸ぐらを掴んだ。それでも勇士はニヤニヤしながら岩水に言った。
「生徒会役員が暴力ですかねぇ?」
そう勇士が言うと岩水は手を放す。
「ああそうだな。お前はあの生徒会長に惚れてる趣味の悪いやつだからな」
「けっ……」
岩水の言葉にそう吐き捨てる勇士。
「なんだ? お前の好みの女ってのを言ってみろよ」
「君の趣味を暴かれたからって、俺の趣味を聞き出そうってんですかね?」
さらに顔をヒクつかせた岩水。
「まあ、言ってやろう。俺のクラスメイトに通声っていうのがいるんだが、笹波さんに負けず劣らずかわいい。怖がりってことはなくて茶目っ気があってな。お母さんの作ったお弁当を自分が作ったと嘘言って見栄を張ったりするところも面白くてね」
「ふん。素直に答えられても何言っていいかわからんね」
そこにいきなりドアが開けられた。
やたらとニヤついた顔をした生徒会長と顔を伏せている笹波がいる。
その反応を見ると、明らかに二人の会話を聞いていたようだ。
「青春だねぇ」
ニヤニヤ笑いながら頷く生徒会長。
それに岩水と勇士はイラついたが、生徒会長にイラつくなんて初めての事ではない。それよりも気になるのは、生徒会長が今度は何をやったかだ。
「生徒会長が来たなら会議始めようか? どうやってこいつを生徒会から追い出そうか? って会議をな」
「それよりも君ら二人には重大な事態が起こっている」
香妃はズカズカと歩き机の下をまさぐった。
盗聴器がそこから見つかる。
「なんと今の会話は校内放送で流れていたぞ」
「クソ生徒会長めが!」
岩水と勇士はそろって叫んだ。
この生徒会長ならやりかねない事だ。
「噂の勇気の能力者の普段の姿を見せようと思っただけなのだが、思わぬ収穫だったよ。これで君の好感度もウナギ上りだろう。男子同士で恋バナなんてなかなか乙女チックな事をするじゃないか。私も興味津々だった」
そう言われると勇士と岩水はそろって頭を抱えた。
「あの……岩水君。私は自分にはそういうのはまだ早いと思うから……」
笹波は岩水に向けて言った。泣きっ面に蜂とはこの事である。岩水にはとてつもない痛い出来事だろう。
「速攻でフられたな。これも青春の苦い一ページとなり、いずれはいい思い出になるだろう」
「苦すぎて飲み込めねぇよ! 直視できねぇ現実だよ!」
思わず生徒会長に文句を言う岩水。笹波はその岩水にさらに追い打ちをかけていく言葉を言う。
「あと、私のいないところで私の事をちゆって呼ぶのもできればやめてほしいな」
「今はやめてあげて! 笹波さんは死体蹴りしているから!」
思わず勇士も岩水の弁護に入る。
「傷の舐め合いとは早速仲良くなっているではないか。いいぞ。男というのはお互いに傷を負い合う事でしか友情をはぐくめない生き物であると聞く」
「傷の舐め合いとか、傷つけた本人が言うんじゃねぇ!」
勇士が生徒会長に向けて言う。
まったく気にした様子のない生徒会長の涼火 香妃は、はっはっはと能天気に笑っていた。