3話
3話
「君は自分の行動をどう思うのかね?」
「ただの発想の転換だ。あいつのバンダナを外すにはどうすればいいか? を考えた結果だ」
「発想の転換ではない。普通は考えない方法だろう? 常識的に考えて」
「敵が常識外の強さだったらどうだ? 多くの人を守らないといけないヒーローが、自分の安っぽい常識と、人の命を天秤にかけるのか?」
「あれはそういう状況ではない。彼がクラスメイトを次々倒したとしても無関係の人間が命を落とす事態にはならない」
「飛田の専属研究者と光の専属研究者はかなり立場が悪くなったって聞くけどな。人の命のみがヒーローの守るべきものか?」
マックルーと、遠声を人質にとって勇士のバンダナをはずさせた生徒との会話らしい。
当然九割方の人間が卑怯な行動とみるが、一部の人間は彼の行動はルールの網を使った上手い行動に見えるらしい。
その筆頭があの生徒会長というからまた始末が悪い。
この会話は録音をされて関係生徒に配られた。
「言っている事は間違っていないんだよな……」
「お前が言っちゃいかんだろう!」
勇士も上手い行動に見える人間のうちの一人らしい。
勇士の言葉に箔斗は言う。
「そうだよな……あの生徒会長と同じ意見ってのはいけないよな……」
「そこじゃなくてだな……」
「ダメだよ箔斗君。勇士君の考えもわからないでもないから」
勇士の頭の中を直接読める遠声は勇士の考えを見通しているのだ。
確かに今ヒーロー達には人気争いをしている。だが、そのため人目に触れ人気の取れる仕事の取り合いになってしまっているのだ。
やはり、正面から敵を倒すことばかり考えて人気を得ようとしてしまう。ああやって司令部を狙うのが本来は被害も少なく効率的な戦いであるはずだ。
「彼の行動でここまで憤慨するのがその証拠……って事でしょう? 勇士君」
「そこまで言う気はないが……」
「私は、君の頭の中を見ているんだよ」
「ノーコメ……」
勇士は見透かされているので何を言っても意味はないと感じる。
あれから勇士の事を笑う人間はいなくなったが、だからといって勇士の力が弱いことには代わりない。いちゃもんの類はこれからも続くだろうというのが勇士の考えだ。
「たぶん大丈夫だと思うけど……」
勇士の頭の中を見た遠声が言う。
「遠声……常に人の頭をよむのはやめてくれるか?」
ちょっと痛い目みてもらうぞ。
頭の中でそう考えた勇士は目をつむった。
「きゃぁ!」
遠声はいきなり悲鳴をあげた。周囲は驚き遠声の方に注目した。箔斗は勇士に聞く。
「勇士! 何をしたんだ!」
「昔見た、カエルの死体を思い出した」
勇士にとっては興味津々なものではあるが、女の子の遠声には刺激が強すぎたようだ。
「ごめん……わかったよ……むやみに君の頭を読むのはやめる……」
これで遠声も多少は懲りた事だろう。
「話を戻すけど……」
遠声は口を押えながら言う。勇士の想像のカエルの死体は吐き気をおぼえるほどだったらしい。
「使える能力に種類があるのは貴重だし、そこを考慮すれば十分すごい能力だと思うけど……」
「種類があったって、使いこなせなきゃな……」
箔斗がダメ出し。
一部の人間にしか使いこなせない能力じゃ商品価値も低い。その点を突かれるかもしれない。
「まあ、戦闘の時の君の頭の中はすごかったからね。なんか、次から次に考えが浮かんでいって合理的で俊敏に行動ができてたし全然怖がってなかった」
「遠声。そんなにすごかったのか?」
「うん。あのまま戦ってたら多分箔斗君は負けてた」
箔斗は聞き捨てならないという感じであるが、勝負は流れてしまったので、この場は黙っておくといったところだろう。
「まあいい。授業で取っ組み合える機会は何度かあるからな」
それで話は終わりという感じだ。そこにあの問題の生徒が入ってきた。
「名前は焔 暁君。前々からちょっと怖いって思ってたんだけど」
数人の女子生徒が焔に近づいていった。やはりああいう悪ぶっている男子は人気があるのだろう。
それを確認した後、勇士は一番の問題について聞く。
「そいで、俺の結果はどうなったのかな?」
「ちょっと待ってて。マックルー先生がこっちにやってきているから」
マックルーならわかっているだろう。そして頭の中を読んでみる。遠声は目を閉じた。
「問題ないみたい。君は在学できるみたいだよ」
能力の強さはともかく、あれだけ軒並みクラスメイトを倒していったのだ。当然の結果だろう。
「みんな、席に着け」
マックルーの姿は、ひげをたくわえた研究者といった様子だ。あれが本来の彼の姿なのだろう。
「勇士君。君は学校に引き続き在学してくれ。許可が下りたぞ」
それを聞くと、遠声がマックルーに向けて笑顔でピースをしていた。
「なんだもう聞いていたのか」
マックルーもそれだけで理解したらしい。
「それで、この話は終わったわけだが、焔君の問題もある。あれはヒーローとして許される行為だろうかという話だが、これはこのクラスだけの問題ではなく学校と研究所全体の問題となった」
「納得いかない!」
それに声を上げたのは光だ。
「あんな方法でスカーフを脱がせたところで無効のはずだ! 再戦をするべきだ!」
建前ではそう言う。
勇士に負けた人間からしたら、あれを勝ちと認められるのは許せないだろう。
最後の一言は余計な本音だ。勇士にかかされた恥を払拭したいというだけであろう。
「それは問題は焔君にあったのではなくルールの方にあったのではないかと、いう結論になった」
そこに声をかけたのは生徒会長。
「私が焔君の弁護に出たのだ」
入学式での乱行を見て、いい印象を持っている人間は少ない。
だが彼女は教師陣を納得させるだけの論を持っていたというのだ。
「騎士は、強大な敵には真正面からぶつかる事が誇りとされた。侍は強大な敵には仲間を集めて立ち向かう事を考えた。我々は騎士になるべきか? 侍になるべきか?」
生徒会長は言う。
「有名な侍は奇襲や奇策を使って戦うものだからな」
源義経は奇襲、徳川家康は敵を寝返らせて勝ったものだ。
西洋の戦いにも奇襲や奇策がなかったわけではないが、侍は西洋と比べると戦いに対する誇りについては、割と節操がなかったと言える。
「そして、我々は騎士になるべきか? 侍になるべきか?」
自分の誇りを大事にするべきか?
それともヴィランを早期殲滅する事を最重要とするか?
どちらの方が重要なのかは言うまでもない。
「どれだけ能力を磨こうとも負けては意味がないではないか。我らは侍になるべきと考える。風林火山の言葉の通り、早く大きくそして時には静かに構える。手柄を狙って仕事の取り合いをしている今のヒーロー達に必要ではないのだろうか?」
ヒーロー達は侍になるべきであると会長はいうのだ。誇りを守る事よりも迅速に目的を達成する事だけを考える。それを誇りとするべきである。
「彼の行動は理にかなっていると言える。戦いにルールはある。だが、ルールの抜け道を探して戦う事を悪いとは思わない」
生徒会長の言葉を聞きこのクラスの生徒は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
納得できるのか、納得できないのか、分からない言いようだ。
「ルールに書く必要もない事まで書かせるような事をやるほうがどうかしてる! 生徒会長の言いようは詭弁以外の何物でもない!」
「それをヴィランに言う気かね? ヴィランなんて最初からどうにかしているものだぞ」
箔斗の言葉に生徒会長も返す。
「綺麗事だけではやっていけない。ヴィランの犯罪は凶悪化し緻密に高度になりつつある。今のヒーローでは対応できない事件も起こっている」
それから続ける。
ここは研究所であると同時にヒーローの養成所でもある。
生徒会長である自分にも皆の規範となるという役目がある。
自分は将来のヒーローのあり方を見据え、焔の行動を迎合したいというのであった。
マックルーは会長派の人間らしく、周りの生徒が唖然とするなか生徒会長に向けて拍手を送った。
「反論のしようがないな」
「お前なら反論を考えつきそうなんだがな」
勇士の言葉に箔斗が言う。昼休みになって箔斗と勇士は話し合っていた。
「勇士君は食べないの?」
自分で作ってきたという弁当を食べながら言う遠声。口ではそう言ったが、ふと怪しく思った勇士は遠声の頭の中を読んでみた。
『実は作ったのはお母さんだけどね』
そんなとこだろうな……
勇士はそう思う。
「研究室の人に呼び出されていてな。メシはそっちで食うことになってる」
そろそろ時間となるため、勇士は立ち上がった。
「よく乗り切ってくれたな。まさかクラス全員が敵になるとは」
戸塚は話を聞いていたようであるが、あまり深刻そうではなかった。
「私の研究が白紙撤回になるわけではないからな。研究費は減らされるだろうが」
「俺が高校中退になるところだったんだぞ……」
「私は研究者だ」
戸塚は言う。
戸塚は研究者であり教育者ではないと言いたいのだ。生態研究の契約はしたものの、そこまでの心配をする相手ではないという事を言いたい。
「まあ、うまく乗り切ってくれたんだ。ささやかなパーティである」
そう言って出したのは、シフォンケーキにドーナツ。赤飯にゼリーなどだ。
「これしか選択肢がないのか!」
「私が好きなものばかりを集めたのだ。気に入らなかったかな?」
最初会ったときはある程度マトモな人間にも見えたのだが、研究者というのはやはりこういう人間らしい。
まあしょうがないことだとあきらめた勇士は出されたケーキを食べる。
「まだ、話すのは早いと思っていたんだが、敵も速攻をかけてきたんで話しておこう。研究所はいかに自分の研究が崇高で有効なものかをアピールし続けなければならない。研究費がないと研究ができないからな。私の場合は、被検体さえあればあとは電気代だけで研究が続けられるだけの状態ではあるが」
それでも慢心していると研究室そのものを取り上げられかねない。
勇士としても学園に在学を続けるために頑張らなければならないという。
「デカい事件でも起こって、それを君が颯爽と解決すればいいんだが……」
「物騒な事を言うな……」
「いやいや、最近こういうものがあってな……」
そう言い、コンピューターを動かす戸塚。
スキャンしてメモリー保存をしているらしい。
「無能力者は人類の落伍者……うんたらかんたらとかいう内容だ。こういう手紙を送ってくる者も多いんだ」
戸塚のところに送られた誹謗中傷のメールだという。
こんな研究は時間と金と労力の無駄であると言いたい。そういう内容なのだという。
「今朝のスピーチも聞いただろう。昔は超能力そのものが、研究する価値のないものだったのだ」
無能力者の能力の開発など無駄で、高能力者の能力をさらに上げる事が今は求められている。戸塚はそう言いたいのだ。
研究者としてはこの状況を迎合したものかどうかわからないのだという。
有名になればこういう事にはなる。だが、単純に面倒極まりない。
「こっちの問題はこっちで解決するからいいとして、言いたいことはミュータンツの中と外にも同じ考えの人間がいるという事だ」
スカーフを常に着用する事は契約で決まっている。だがそれはこういった人間からの視線との戦いにもなるというのだ。
「悪いやつを見つけたら、バンバン捕まえてくれよ。こういう奴らが黙るように」
戸塚も勇士の事を心配しての忠告という事でもないらしい。最後はその言葉で締め相変わらず水も用意せずにならべられた料理を食べ始めた。
勇士は研究所の廊下を歩いた。あれから戸塚の用意した食事をたべ、戸塚は見事に喉に詰まらせていた。
食べ物ばかりで飲み物を全く用意していなかった戸塚に、急いで勇士は水を用意してきて事なきを得た。
だが、その直後にまた懲りずに水無しでモチモチのドーナツをほうばりはじめていた。
無駄だと感じた戸塚の事には見切りをつけ勇士は廊下を歩く。
勇士のように研究所に能力の発現に最後の望みをかけてやってきた子供達の姿があった。
母親に付き添われここにまでやってくる。ついこの前まで、自分もその一人であったことを思い出す勇士。
勇士と同じくらいの年の少年が、数人の大人を連れているのが見えた。
「どこぞのおぼっちゃまか?」
能力が発現するしないは生まれに関係はない。ああいう子がこういう研究所に来ることもあるのだ。
勇士はそれを見るとまた教室に向けて歩いて行く。
金属でできた輝く壁を曲がった先で銃声が聞こえてきた。
『キャー』などと女性の悲鳴が上がっていく。
箔斗達の残る教室に、緊急事態を知らせるアラームが鳴った。
『緊急事態です。テロリトグループによる襲撃がありました。生徒の皆さんはただちに避難をしてください』
その校内放送に、恐怖を浮かべるものの方が少なかった。
彼らはヒーローを目指す生徒たち。そのテロリストをどうやって倒すかを考え出す者の方が多い。
普段はそんな様子にも見えない遠声もビーロー志望という事だ。テロリストグループに立ち向かおうとする者の中の一人であった。
「読めない……なんでだろ?」
遠声は能力を使ってテロリストグループの居場所を探ろうとした。
だが何も声が聞こえてこない。
そして、次々に驚きの声が上がる。
『透視ができない』『未来が見えない』『テレポートができない』
次々に能力を使う事ができないという事態になったのだ。それに生徒達は次々顔を青ざめさせていく。
「俺のチタンも……ダメだ。うんともすんとも……」
箔斗も金属を操ることができないのだという。
「みんな逃げろ!」
能力が使えなければ、自分たちなど一般人と同じ。
誰かが言い出した言葉を皮切りに、一人、また一人と、放送に従って避難していった。
「我々は研究の一つをもらい受けに来た」
テロリストの声明はこうだ。
どの研究を狙っているかわからないが、言語道断な話だ。
だがテロリストは人質を取っている。その場にやってきていた一組の親子に銃口が付きつけられていた。母親の方は怯えているが、子供の方はテロリストに敵意をむき出しにしていた。母親は抑えるのに苦労しているという感じだ。
無能力の人間を狙って人質に取ったのならば卑劣極まりないことだが、それだけというわけでもないらしい。
駆けつけてきた者は一様に狼狽するだけで何もできなかったのだ。
「透視が効かないし……」
勇士は他の能力もまとめて使えなくなっているのに気づいた。
「ここの警備は能力頼りだというのは分かっている! 早く出さねば痛い目を見るぞ!」
テロリストは周りに聞こえるようにしてそう叫んだ。
ここにいる人間ならあんな連中は能力で一発だが、その能力が使えないのだ。
警察も能力だよりである。無能力で戦える特別チームの編成にも時間がかかるだろう。テロリスト達が十分に荒らしまわるだけの時間はある。
「こんな事をしてたら、マックルーがすぐに助けに来るぞ!」
無能力の少年の一人が言う。
テロリストの男はその言葉を鼻で笑う。
「やめろ! 大人しくしろ!」
物陰からその様子を確認していた勇士だが、その子供に向けて言う。テロリストの男は、勇士の方を向いた。勇士の事も見つかってしまった。テロリストの短銃の銃口が勇士に向く。
「マックルーはすぐ来るんだ!」
『来ないんだ……』
まだ、マックルーがここに駆けつけてくると信じている子供の叫びは達成されない。
「ガキ! 暴れるな撃ち殺すぞ!」
「マックルーが来たら!」
その子には今の状況がわからないらしい。母親と思われる女性はその子の口を押えた。
両腕でその子の事を押さえつけて必死に止めようとしている。
だが、テロリストから銃を取り上げようとして飛びかかっていった。
「やめろ!」
たまらず勇士は飛び出していった。子供の無謀な行動を止めようとしたのだが、勇士が到着する前に不幸が起こった。
銃声が鳴ったのだ。
その球は子供の腹部に命中する。
母親の悲鳴が上がり、テロリストの男も呆然とする。
勇士はそのテロリストに飛びかかっていった。
どうやら大した訓練も受けていないらしい。勇士の事を引きはがそうとするが、大した抵抗ではなかった。
勇士は自分のスカーフをテロリストの頭に押し付けた。
「がっ……」
スカーフから発せられる能力音波で頭を掻きまわされたテロリストは、気を失っていく。
「こんな使い方があるなんて……」
スカーフの拒絶反応で失神させることができるかもしれないと考えたのだ。とっさに思いついた行動だったが上手くいった。
勇士は短銃を手に取った。
「やっぱりゲームと違うよな……」
ズシリとした重み。冷たく硬い感触。ヴァーチャルリアルゲームでの感触よりも、何倍も恐ろしく無機質な印象があった。
勇士はその短銃を持って奥に向かっていく。
「明らかにあれだよな……」
警戒心をあらわにして周囲を警戒する三人の男がいる。その中心はあのおぼっちゃまだと思われた少年だった。
彼は患者に紛れ込んでこの研究所に侵入をしたのである。今後、こういう事のないように、治療施設と研究施設を隔離する必要があるだろう。
「そんな事を考えるのは職員の仕事だが……」
勇士は彼らの後ろにあるスピーカーとパアボラアンテナを見る。
「あれから電波なり音波なり……」
出されているはずだ。能力が使えないのも、その音波なり電波なりの影響なのだろう。
手には短銃を持っていて、敵はこちらに気づいていない。そして何を壊せばいいかは、はっきりしている。
「狙撃だ……」
ゲームでの感覚を思い出す。それに今の状況を追わせて感覚を修正していく。
だがそんなもので上手くいくだろうかとも当然思う。だが、その考えを振り払って、スコープを覗いて照準を付ける。
敵がこちらに気づいているかどうかも、慎重に気を配りながらスコープにパアボラアンテナの姿を映し込んだ。
「当たれ……」
小さくいった勇士は引き金を引く。
能力が使えるようになると、すぐにヒーローの突入があった。
「ヤロウ……能力が使えないというから来てみたが……」
「いやいや、何事もないならそれが一番じゃないか。それが一番ハッピーだからね」
その二人とはビーストクローとザ・ロープの二人だった。
ビーストクローは強力な回復力と手から伸びる爪で戦うヒーローだ。肉弾戦の経験の深い彼が呼ばれたのだろう。
ザ・ロープはロープを飛ばすだけの能力である。彼の人気の理由はそのコミカルな語り口にある。
「何もなかったわけではないようだが……」
ビーストクローが壊れたパラボラアンテナを見ながら言う。
「大したガッツだ。君は僕以上のヒーローさ」
ザ・ロープはこれを勇士が壊したのだと聞き、勇士に声をかけた。
「褒めるな。学生が一人で突入なんて褒められたことではない」
「僕はすごいと思った。だから褒めた。それだけさ。君は研究所の職員でもないくせに余計な事を考えすぎじゃないかい?」
No3ヒーローのビーストクローとNo4ヒーローのザ・ロープはそりが合わないらしい。