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1話

1話


「彼らはこの国を代表し未来を作る若き卵たちです。皆さま盛大な拍手でお迎えください」

 ここは新制能力開発高校という長ったらしい名前を付けられた高校だ。

 高校としての資格は確かに持っているものの、ここは研究施設から派生した高校であるため、制服も真っ白で白衣に似ていると言われている。

 この高校は発足当時から周囲の注目度も高く、制服も公募で決められた。

 候補として作られたデザインは前時代的な地味なセーラーとか真っ黒の学ランとかだった。

 その中で白衣をモチーフにしたというこの奇抜なデザインに票が集まり、この制服に決定したという経緯がある。

 国のお偉方は海外からの注目度の高いこの高校では、日本の型にはまった形式的な制服を採用したかったらしいが、やはりそのような考えは今の時代には会わないらしく、いくつもの地味なデザインが並ぶ中試験としてノミネートされたこのデザインが決まったというのだ。

 新制能力開発高校という名前であるが俗称ではミュータンツと呼ばれる。

 アメコミのヒーロー達が特殊な能力を得た『ミュータント』達であるという事からこの名前が定着したのだ。

 その、ミュータンツの新入生大三期生たちの入学の様子は、テレビ放映で世界中に生放送されていた。

 中にはアメリカやイギリスや中国のテレビ局もやってきている。

 世界的な注目度の高さがうかがえるというものである。

「生徒会長は女の子なのか」

 勇士はその入学式の様子を生で見に来ていた。

 勇士のような野次馬は彼一人ではない。多くの人達が人垣を作りこの国の未来の代表たちの姿を拝見していた。

 生徒達の先頭を歩くのが生徒会長であるという。

 入学試験の成績が一番の一年生が生徒会長をするという決まりがあるミュータンツ。

 どのような人間がこの国の未来を担う人材のトップに立ったのか? それを確認するのも勇士の目的の一つだった。


 入学式の最初にその生徒会長の挨拶が始まる。

 その内容は最初から決まっている。この国の政治家が作った文章で政治演説の教科書というやや皮肉的な見方でとらえられている。

 こういう形式的な事もこの国を担っていく人間の義務の一つ。そういう名目で読み上げさせられる自分の意思とは全く関係ないスピーチ。

 内容は皆まったく期待していなかった。だが期待をいい意味でも悪い意味でも裏切るような顛末になっていったのだ。

 国の総力を挙げて作られた体育館と言う名の公開式場。清潔な真っ白の壇と机。

 その装飾でこの国の未来を担う人間にふさわしい威光を得ていた彼女は、いきなり持っていた紙を空に放り投げた。

 空を舞うスピーチの論文。壇に両手をついた彼女はマイクに向けて大きな声で言う。

「私は選ばれた人間である!」

 国家の未来を担う人間としては明らかに不似合いな事を言い出す彼女。

 日本のテレビ局の人間はポカンとするが、海外のテレビ局の人間はシャッターチャンスとばかりにカメラを回し始めた。

「この力を与えられた人間は人の上に立ち支配する側の人間だ! それは生まれた瞬間に決まった運命である!」

『カメラ止めろ!』『マイク切れ!』

 そう声が上がっていく。

 これは公衆の面前での問題発言。マイクを切ったところで関係ない。彼女の声はこの場にいる人間全員に聞こえるように張り上げられた。

「どのように取り繕うともその事実は変わらない! 我々は、人の上に立つのだ!」

 そこまで言うと女生徒は多くの学校の職員たちにより壇上から降ろされていった。


 次の日、勇士はトレパネーション手術を受けるためにその研究所にまで来ていた。

「昨日の事はニュースにもなってなかったな……」

 日本のテレビ局は途中で放送を止めたがそれは意味がなかった。今はネット社会。海外メディアはばっちりと生放送をしていたのだ。下に中国語の字幕のついた映像がいろんなネット掲示板やソーシャルネットワークシステムにいくつも投稿されている。

 スマホをいじっていると、今また勇士のフォローしている人があの映像のアドレス付きの発言を拡散希望でアップしていた。

「無能力者たちはそんな事を気にしている余裕もないよ」

 勇士は無能力者だし彼女の言った事は嫌というほどわかる。

 どれだけ取り繕ってもこの世界から差別がなくなることはない。彼女の言葉は人の口に戸をしたくらいの事で止められることではないのだ。

 だがそれはある程度でも能力を持っている人間がすればいい話だ。

 トレパネーションで、もしかしたら力を発現できるかもしれない。最後の希望を持って集まった、ここにいる無能力者たちはそんな事件の事には無頓着である。

 正確にはその話に参加をする権利すらないのである。だから気にしないし口にしない。

 隣に座っていた子供が呼び出された。

 トレパネージョン手術とは頭に電流を流すだけ。そこらの大きめの病院なら大抵の場所でできる手術だ。

 本格的なトレパネーションは専門の研究所でしかできないから、勇士もこの研究所にきていた。だが成功率は薄そうである。

 どんな大きな研究所でも勇士に力を発現させることは不可能であろうと言われてしまった。

 無能力者でも多少の反応はあるのだが、勇士の場合はまったく反応がないのだ。

 ここは日本で能力の研究をしている一番大きな研究所である。

 最後の望みを賭けてやってきたものの勇士はすでに諦めていた。

「君が利根 勇士君ですね」

 すると、前に研究員の女性が現れた。

美山みやま 玲奈れいなと申します」

 そう言い名刺を勇士に差し出す。

「えっと……順番が来たという事ですか?」

「はい。あなたは特別に別室です」

 勇士は不安になりながら玲奈の後をついていった。


「おお! 君が資料の子か。よく来てくれた」

 そう言われ、老人に歓迎されて一つの部屋に通された勇士。

 あたりを見回すとどうやら研究室の一室らしい。

 能力の開発は生物学に分類されるがここでは機械が多い。グリスのような油の匂いもする。どういう事か疑問に思った。

「では、手早く話をしましょう。あなたは能力がまったくなく兆候すら見受けられませんが……」

「待て待て。君はいつも話の順番が間違っている」

 老人は玲奈の言葉を止める。そして勇士の前にまで歩いた。

「君は能力を得ることができる権利を手に入れたのだ。ただ、このスカーフの力だがな」

 勇士が能力を手に入れることができる? その言葉に勇士もその老人の顔をまじまじと見た。

「こういう事だ。魅力的な言葉から先に言う。余計な説明は後だ」

 玲奈に向けて言った後、老人は続けていく。

「このスカーフを頭に巻くと、脳が刺激をされて能力が使えるようになるという仮説になっている。ここに呼んだのは君にはこのスカーフの効果を実証する試験に協力を願いたいからだ」

「ここまでで質問はありますか?」

 玲奈は言う。

 いきなりの事で勇士は何を聞こうか迷った。だが、考えるとまず一番の疑問が浮かんでくる。

「なんで俺なんですか?」

「ふむ。当然の疑問だ」

 それから話し始める老人。

「このスカーフは脳に刺激を与えて能力を使えるようにする。だが、元々能力がある人間にとってはこの刺激は異物として認識されてしまうらしい。だから、このスカーフを能力を持つ人間が使う事は不可能」

「だから俺なんですね」

「その通りだ。能力の兆候すらない個体でなければ、このスカーフの刺激に拒否反応が出てしまう。だから君が適任者というわけだ」

「と……ここでまでがさっき美山君に言った魅力的な部分だ。当然美味いだけの話はない。心の準備はよろしいかな?」

 そう言うと老人は続ける。

「これは研究で君は実験の被検体だ。あえて悪い言い方をするとモルモットである。脳に異常がでる危険性も当然ある。もちろん実験に協力をしてくれた謝礼とか、もろもろの用意はある。だが、君の意思が一番大事なのであるというのは分かってもらいたい」

 それから美山はいろいろな資料を勇士に見せた。

「ここで決断を迫る気はない。とにかくこの実験には細心の配慮をしている。この資料に目を通し熟考をしてもらいたい」

 そして渡された資料。資料の右隅に名刺がクリップで止めてあった。

 その名刺には戸塚とづか 源一げんいちと書かれていた。この老人の名前なのだろう。


 帰って資料を読む勇士。

 詳しく見るとこの資料には魅力的な事が書かれていた。

 このスカーフは常に着用しなければならない。つまり、能力を研究所外でも行使できるという事。

 この実験の口外は禁じ無い事。元々国家公認のプロジェクトである。隠す必要はないし研究内容が外に漏れるのを嫌いはしない。むしろ世界からの資金援助をもらってしているため研究の経過も成果も常に公開をしているのだと言う。

「世界的にも有名人になれる……」

 無能力者としてさらし者になるわけではなく、能力を持った人間として世界に有名になるのである。

「スカーフの力とは言えど使えるのは俺だけだもんな」

 能力を使えるのには変わりないし第一人者である。誇っていいはずだ。

 そして、一番の魅力はミュータンツへの入学が可能という事だ。研究所の監視下に置きたいというのもあるし、他の能力者との比較が実験には必要というのもある。それにはそれが手っ取り早いというのだ。

「いい事ばかりだ……」

 あの生徒会長の発言は問題があると思う。もしかしたら、あの生徒会長の鼻っ柱をへし折る機会にも恵まれるかもしれない。

「若気の至りって言うには、事が大きすぎるからな」

 彼女の発言は若者の思慮の浅い行動と一言で片づける事の出来るようなレベルの事ではない。ネットでも彼女に対する反感の声も大きいのだ。

 自分が代表者になってやるつもりで、勇士はその資料の通りに被検体になる事を決めた。


「そうか、引き受けてくれるか」

 名刺に書かれた連絡先にそれを伝えると、戸塚は満足そうに言い研究所にまで足を運ぶようにと言われた。

 今勇士は研究所のあの研究室に来ていた。

 相変わらず生物学の研究をしているとは思えない研究所。また機械が増えている気すらする。

「では、これにサインをくれたら契約成立だ。そしたら早速スカーフの力を使ってみようか」

 契約書の内容を見ると、渡された資料と同じことしか書かれていない。それにサインをすると、スカーフを渡された。

 それを頭に巻く。

「私も無能力者でな、能力の使い方は分からん。感覚でいいみたいな事はよく聞くが」

「でもどんな能力が発現するのか?」

「それは分かっとる。私の頭の中を読もうとしてくれ」

 なんだテレパシーか……

 攻撃的な能力が手に入るかと思ったが期待外れらしい。

「えっと、おもち……プレッツェル……こんにゃくゼリー……これは何?」

「私の昨日の晩飯だ」

「また何を食ってるんだよ。まともな料理が一つもないじゃないか」

「それはほっとけ。もちもちした食感のものが好きなんだ」

「その年でそんなものばっか食っていると、のどに詰まらせて死んでも知らないぞ」

「心配無用だ。いままでで五回、病院に搬送されたわい」

「全然心配必要じゃないか! 六回目は死ぬかもしれんぞ!」

 しかし、テレパシーの能力者などミュータンツに入学するレベルであれば、相手の深層心理まで暴き出し、過去の記憶などを引き出すこともできるものだ。これではあまりにもしょぼい。

「次にだ。手から火を出そうとしてくれ」

「ん? ほかにもあるのか?」

 あっちに向けてくれ……と向ける方向の指示をされ、そちらに向けて炎を放つ。

「おー、なかなかだな」

 源一が言うように火炎放射器で炎を撃ちだしたような強烈な炎を放った。

「パイロキナシスも使えるんだな!」

 これは攻撃的な能力である。勇士はこういうのを待っていた。

 だが、炎の能力者など燃えるを通り越して爆発を操ることができる。その気になればビルを吹っ飛ばすような威力を出すことも可能なのだ。

 やはりこれも明らかにショボい。

「まだあるぞ。テレポートだ。行きたい場所を念じてくれ」

 これはショボくない事を願う勇士。

 勇士は自分の部屋を想像した。目を閉じると視界が暗転する。テレポート中は異空間にいるなどという話を聞いたことがある。

 テレポーターに聞くと移動中は真っ暗で何も見えなくなるというのだ。これがその感覚なのだろうと思う。

「ん? 全然移動してないぞ」

 視界が明るくなっても今も変わらず研究室の中だ。

「成功しているぞ! やはり私のスカーフの力は本物だ!」

 満足そうにうなずく戸塚。

「いやいや! 全然移動してないって! 研究室から一歩も外に出てないし!」

「わからないかね?」

 そう言うと、戸塚は勇士の隣にまで行く。

「きみはついさっきまで私の立っている場所にいた。これだけ移動したんだ」

「やっぱりこれもショボい!」

 距離にして一メートルというところだろうか。これだけ移動したところで何になるというのか?

「さらに怪力だ。身体能力もアップできるぞ」

 戸塚はノリノリになって続ける。だが勇士は疑いの目で見ずにはいられなかった。

「さあ、百キログラムのバーベルを持ち上げてくれ!」

「やっぱりかよ!」

 身体能力の強化の能力者は片手でダンプカーを持ち上げられるほどの力がある。ひと昔前ならオリンピックに出れただろうが、今のオリンピックは最低が十トンからだ。

 勇士はそれでもバーベルを持ち上げてみた。

「うんぬううううううぅぅぅ!」

 かなりの重労働だ。だが百キロのバーベルを自分が持ち上げることができるなど、普段からは考えられないことだった。これもスカーフの力だろう。

 見事にバーベルを持ち上げると源一はパチパチと手を鳴らした。

「素晴らしい! やはり私は天才だ!」

「俺は?」

 源一がどれだけすごいかはわからないが、これは明らかにショボい能力ばかり。

 こんな能力を持ったところで何もうれしくはない。

 そうは思ったが完全にそうとも言い切れなかった。

「ないってわけじゃないけどさ……」

 やはり、力を手に入れるのはうれしい。でも不安要素もある。

「こんなショボい能力ばっかでミュータンツに入るなんて……」

 ビルを吹き飛ばしたり人の過去を洗いざらい暴いてしまうような奴らの集まりだ。そこに入っていくのに、こんな微能力ばかりしか持っていないなんて不安しかない。

「能力は普通は一人につき一つだ。いろいろな種類の能力を使えるのなんて君だけだぞ」

「ゼロこんまゼロいちの能力がいくつあっても。百とか千とかクラスの奴らにかなうわけないだろう」

 現実は非情なり。このような状況でミュータンツに入らなければならないとは、逆に晒し者になるようなものである。

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