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記憶の宮殿の崩壊

作者: 鯣 肴

 記憶の宮殿。それは、古来から伝わる記憶術。巨大な宮殿を頭の中に想像、いや創造する。そして、その内部に配置する。定着させる。記憶を。その記憶に関わりある物品などを配置することによって。


 この老人は、それを実践していた。現代に生きる、記憶の宮殿の主。だが、その男の宮殿にある日異常が見つかる。


 何者かが押し入ったような形跡が見られたのだ。そして、ある記憶に関わる物品が消滅していた。


 男はそれに対して警戒する。






 次の日、男は押し入ったものの正体を見た。宮殿内部を巡回中、近くの部屋から物音がしたからだ。そこは。男の短期記憶が保存されている、走り書きのメモが机の上に広げてある部屋だった。


 男はそこに入り、腰を抜かした。紙が、塵となって消えていっているのだ。泥棒などの不届き者はいない。


 何か大気の歪みのようなもの。だいたい、人の頭一個分くらいの体積の空間が歪んでおり、それが触れたものは、しばらくしたらひとりでに塵となってしまうようだった。


 男は悟る。自身の身に何が起こったのかを。なぜなら、同じような状況に以前、男に宮殿の使い方を教えてくれた師匠がなっていたからだ。


 そのときは、奇妙な話ですね、と男はそれを軽い気持ちで笑いながら聞いていた。


 だが、男の師匠はそれからしばらくしておかしくなったのだ。どんどん色んなことを忘れていき、男にこの前会ったことすら忘れ、終いには長年の付き合いがあった男のことをすっかり忘れてしまっていたのだ。


 男は師匠と同じく、認知症に罹ったのだ。それは記憶に関わる病。記憶が壊れる病。記憶を失う病。


 男は急いで宮殿の最上層へと進み、ある部屋へと入っていく。その部屋には、男がこれまでの人生で関わった人々についての記憶が百科事典並の厚さの大量の本の形で保存されていた。


 男が守りたかったものは、それだった。それを守るために男は無駄と分かっていたが、部屋に入り、鍵を掛けた。


 そして、宮殿全体が揺れ始め、壁に亀裂が生じ、降り注いだ断片で設置してある物品が壊れ、霧消する。跡形もなく。最初から何もなかったかのように。


 揺れは強くなり、とうとう構造物がそれに耐え切れなくなる。


 轟音鳴り響く中、宮殿は崩れ落ちた。そして、瓦礫だけが残った。白一面の世界が明るさを失い、闇へ飲み込まれていく。


 最後には何も残らなかった。

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