04 勇者の胃袋をつかんだ
「知っているみたいだが、住民は無料、それ以外は一人分700ベガだ」
「はい」
ウゴが住民に確認して決めた「住民以外は1食700ベガ」は、パスウェトでの昼食くらいの値段で、決してぼったくりではない。
材料費、燃料費が神パワーなので、ほぼ丸儲けだが、神官長に寄付(名目上)している。
ウゴの生活に金はいらないからだ。
「五人で3500ベガ、ちょうどある。
いますぐ、今すぐ食べさせてくれるか!!」
ウゴはこっそりと勇者を『検索』してみた。
イチノセ・ユウマ 勇者(見習い) 20歳 レベル35
他はどうでもいいので見ない。
名前もあれだけど、状態「ホームシック」って。
やっちまったか。
黒髪、瞳の勇者(仮)は、渡された「親子丼、みそ汁、ポテトサラダ、温かいお茶」をうっとりと見つめている。
そんな恍惚の表情で食事を見ているから、周りが青ざめている事に気がつけ、勇者(仮)!
勇者(仮)の様子に、やっぱりやっちまったな、と思いながらウゴは放っておく。
「うーまーいー」
とマジ泣きしながら食事する勇者(仮)を、パスウェトの住人が避けているのは自然な事だ。
ウゴですら引いてしまう。
気持ちは分かるが。
「ここの責任者のウゴ殿とお見受けします!!」
「人違いです!」
「うえっ?!」
食後に満を持して!と声をかけてきた勇者(仮)をスルーして、さっさと立ち去ろうとするウゴの元へ、空気の読めない暑苦しい神官長、ソバンが駆けよってきた。
「ウゴ様っ、シルグ地区へ配送する食料が足りませぬ!」
「………===ッ!!!」
「はぶぁ?!ぼぅえっっ!?」
とりあえずデコピン二発で、ソバンは沈んだ。
周囲の神官達が(ツィーレ含む)、もの凄く冷めた目でソバンを見ているのは、きっと気のせいだろう。
「で?」
ウゴはもう面倒くさいのでと、勇者(仮)一行の全員に『検索』をかけた。
日本だと犯罪だな、と思いながら。
神パワーを使って個人情報を強制開示するため、普段は使わないが…特別に。
スキルの「全ステータス開示」のようなものだが、魂そのものを見るので、…勇者(仮)一行のメンバーには色々とひっかかる点がある。
関わりたくない、単純にそう思う。
この世界に存在しない料理は、まずかったか…とウゴは手抜きした自分を恨んだ。
勇者(仮)一行のうち四人が転移者で、あと一人は転生者って、召喚主はどんだけ異世界を満喫させる気だ?
しかも転生者の女神官には(前世記憶保持:改ざん)とか出てる。
他にも、なんか色々とひっかかる。
「オレは責任者じゃないぞ。
ただ飯をつくってるだけだ」
ウソは言ってない。
この場では何の権限もない[神]だから。
「頼みがあります。
海苔弁当を作ってください、お願いします!!」
体を直角に折った勇者(仮)の一言に、逃げようと思っていたのに動けなくなった。
ノリベン?!と。
弁当屋には基本の弁当がある。
二本柱が鮭弁当と、海苔弁当だ。
中身の具材は店によって違えども、焼いた塩鮭と、海苔が乗ったおかかごはんは抜かせない。
地方にもよるが、ウゴの知るところではそうだ。
勇者(仮)は食い意地がはっているのか、海苔弁当がどれだけ食べたいのかを、ひたすら力説している。
「…あなたも転移者か転生者なのでしょう?
俺の故郷への料理の哀愁を理解してくれますよねぇっ??」
「あー、あ、うん、まあな」
じりじりっと詰め寄られて、勢いに圧されて思わず答えていた。
自分にもあったもんなホームシック、とか考えて勇者(仮)に同情してしまった。
「俺は勇者として魔王を倒さねばならないのです!
居並ぶ強大な敵を倒すのに、故郷の愛が必要なのですっ!!」
状態異常「ホームシック」が怖すぎる!、とウゴは顔がひきつるのを抑えられずに、勇者(仮)を見守った。
その後も、魔王!魔王!とうるさい勇者(仮)の勢いに圧されていたせいで、ふとつぶやいてしまった。
「魔王いないぞ?
なんで召喚されたんだ?」
「「「「えぇっ!?」」」」
女神官以外が見事にハモった。
ウゴには魔王が出現すれば分かる。
神だから、というか…一瞬で調べられる。
今現在、この世界には魔王がいない。
勇者をムダ打ちで呼ぶはずがない。
召喚の儀式には金が湯水のようにかかる、一国の年間予算くらいか。
しかも一人ならともかく、ご一行様呼ぶってどんだけアホが取り仕切ってんだ?とあきれる。
「あの、神託では、5年後に魔王が現れるため、それまでにレベル100になってほしい、と早目に勇者様に助けを求めたのです」
何だそれは。
備えあれば憂いなしじゃなくて、備えておけば嬉しいな、なのか?とツッコミどころが分からない。
どこかで会ったような気がする女神官は、ハージェルス教の金刺繍された神官服を着ている。
なんの義理も恩もないが、とウゴは『世界検索:魔王候補』をかけてみる。
…言われてみれば、何人、何体?かそれっぽいのもいるが、5年後じゃ分からないな。
「あんた何者だ?」
口を滑らせたウゴを、スズキ・ダイスケ 戦士 20歳 レベル34が睨んでいる。
もともと人が良さそうな顔立ちなので、ぜんぜん迫力がない。
こいつも状態が「ホームシック」だ。
いや、やっぱり食い気なのか?
「教えてやってもいいが、お前らを信用できない。
海苔弁当は断る、オレは飢饉で苦しんでいる住民のために来てるんだ」
勇者(仮)となんて関わりたくない、と安楽椅子に向かうと。
「ーーーーーーーーーーーーーっ主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
「あ、…お前等、そこどけっ!!」
音速の壁を超えて、衝撃波と共に金銀の竜身が空から降ってきた。
「こんの、バカ竜っ!」
周囲を焦土に変える直前で、ウゴの神速デコピンがルムスをとらえる。
「うぇブシャァああああぁぁぁっ?!?!?!?」
神官長のスライディングも真っ青の勢いで、もうもうと土煙をあげて転がっていく金銀色の竜。
しかし、この世界の竜は巨大ツチノコに手足っぽいので、なぜだかおもしろ映像にしか見えない。
羽もないのに空を飛ぶ、手足ありの15メートルのツチノコはホラーか?
転がっていく方向を神パワーで調整したので、ケガ人はいないな?、とウゴが確認しながら土煙を見ていると。
「………あぁ」
しばらくして、土煙の向こうから砂まみれで、額が赤くなったルムスが現れる。
瞳を潤ませて、くねくねしながら。
「御主人様の愛の鞭が…」
「帰れ!ドM」
「あぁああんっ、いつも以上に冷たい言葉がっ…コホン」
うっとりと頰を染めて身悶えする砂まみれのルムスを、居合わせた全員が呆然と見ているのに気づいたのか、かなり手遅れの仕事モードへ切り替える。
「御主人様の命により調査致しました所、エストウラの北、ルシュゴーロ山脈にて、人為的な楔をみつけました」
「やっぱりか、何とかなるか?」
「周辺を焼却してよろしければ」
「それはダメだ」
竜が大雑把なのはいつもの事だが、山火事ならぬ、山脈丸ごと火事にしそうだ。
しかもルムスなら、できてしまいそうなのが、困ったものだ。
誰だか知らないが、大陸中央部を巡る地脈の方向性を変えたのか、とマーキンの「普段実らない果菜が豊作」という言葉を思い出した。
楔を抜くのは簡単だが…行くのが面倒くさい。
炊きだしもまだまだ途中で、離れられないし、面倒くさい、ダルいし。
「犯人の目星は?」
「不明です、匂いも魔力の残留も感じられませんでした」
「楔なのにか」
地脈の要にたまたま楔を打ち込んで、たまたま大陸中央部の数国が大飢饉なんて、誰が得するんだ?
裏に何がいるのか分からないのは、きな臭くて面倒だと思っていると、スズキが突然つめ寄ってきた。
「か、彼女は何者だっいや、ですかっ!?」
顔に「好みストライクど真ん中!」と書いてある。
ルムスの容姿は確かに良い。
人とは隔絶するレベルで整っている。
今は砂まみれで髪もぼさぼさだが。
金銀の髪、金と銀のオッドアイ、豊かな胸にすらりとのびた手足、人形のような端正な顔立ち。
…本体が金銀の15メートルのツチノコに手足で、さらにドMの戦闘狂でもいいのなら、だが。
竜のメスは自分より強いオスとしかつがわないし、ルムスは実際に竜の頂点、八大竜王筆頭だ。
人族の戦闘職で、レベル150前後?で対等だろう。
先は長いな、レベル34のスズキ!と心の中でエールを送った時。
「我は御主人様の忠実な下僕です。
御主人様の命令なら火の中、水の中も喜んで参ります」
おバカ竜が笑顔で爆弾を投下した。
「「ご、ご、ご、御主人様っ!?」」
勇者(仮)イチノセとスズキは、死んでしまえ!と言いたげな顔でウゴを見ている。
ルムスが落ちてきたときも、その後も言ってたのに、聞いてなかったのか?
他の女メンバー達は凍死しそうな目つきで、ウゴを見ている。
大いに誤解だ!
大体15メートルのツチノコ相手にどうしろっていうんだ。
目があえば「模擬戦闘を!」とか言ってくるドMの戦闘狂なのに!
面倒くさいので、ウゴは現状を動かす事を選んだ。
「こいつはルムス、正体を知りたいなら教えてやる。
ただし交換条件だ」
いろいろ面倒だったので、ルシュゴーロ山脈の面倒をルムスと勇者(仮)に押しつける事にした。
首都の高い壁の外で、ルムスは泣きたいのを我慢していた。
なにしろ御主人様が「オレのために頑張ってくれるなんて、ルムスは本当に優しいなぁ」と笑顔で言ってくれたのだ。
いや、御主人様は笑わないわけじゃないけど。
あんな笑顔で頼まれたら……あれ?なんか騙されているような?
「た、頼みますよルムスさん」
考えているのを邪魔され、ルムスは苛立って言いかえす。
「我は八大竜王筆頭、金銀の竜王ルウォルフェムスぞ、人族ごときが軽々しく名を呼ぶなっ!」
背中からひぃっとかうぇ〜とか悲鳴が聞こえたのを無視して、ルムスは御主人様のためにルシュゴーロ山脈へ飛んだ。
人族を背中に乗せるという、屈辱に耐えながら。
面倒ごとを勇者(仮)とルムスに押しつけて、ウゴはさくさくと晩飯の調理にとりかかっていた。
元気になった住人が参加してくれるようになり、神パワーの使用量が減っていた。
今は食料以外はマンパワーで回せている。
それでも、ダルい。
風邪で熱が下がったときのダルさだな、と鍋に材料を投入し薪で火力を調整した。
ちょっとムダ遣いもしたしな〜と、勇者(仮)とルムス撃退が面倒だった、とまとめる。
ダルさの本当の原因は、食料だけで数十万人分を『創造』しているのと、周囲に人が多いことだ。
基本がひきこもりなので、たまの大都会が怖い!というか、人ごみって疲れる〜というアレだ。
「寝るから、火をまかせたぞ」
側にいた住人に声をかけて、安楽椅子でぐうたらしはじめた。